第18話 揉めごと
三日間繰り広げられた「稽古」という名の暴力は本当にただの暴力だったようだ。
私としては、暴力だーと言っていたのはあくまで有意義だと思っている自分を素直に認めたくなかったからなのに、本当にそうだと話違ってくるわ!
「……ひどくないですか? それ」
「なぜだ?」
「なぜもなにも、ただ私をいたぶって楽しんでたって今自供したじゃないですか!」
「何を言っているんだ?」
「何って」
「叩きのめす意識を持つのは当然だろう。そうしなければ緊張感が出ない。それでは稽古の意味がない」
「それは、そうですけど……」
「それに――
ジリジリと忍さんに押されている。
「そもそも、楽しむとは? マキといることで何か俺に楽しいことがあるのか?」
ちょっと待って! これって遠回しに「お前つまらねぇな」って言われてるってこと!? それはさすがにひどくない!?
私は一体忍さんにどう思われてるの? いや、知りたくないけど!
……ダメだ。このままではどんどん良くない方にしか考えられない。
「……もういいです。私が悪かったです。なのでもうこれ以上言わないでください……」
これ以上は私が持たない。
「そうか」
「……」
今回の稽古はこれで終わった。
いつもの稽古なら散々叩かれて相当体力を消耗するけど、早めに終わった今日はそれほどだった。その代わりに心を大きくすり減らした気がする。
――美味い!!
すり減った心はすぐに修復した。心の傷にも鍋は染み渡るらしい。
体も心も満たされた後、ようやく町に立ち入ることになった。
前の町より大分広い! たくさん人が歩いていて酔いそうだ。
忍さんは何処に行くとは言っていない。つまり私が自由に散策しても良いんじゃないか?
いつもなら忍さんより後ろを歩くところを、私は忍さんより前に出てテキトーに歩き出す。やはり忍さんは何も言わずに付いてきた。
私も別に目的があるわけではないけど、たまには忍さんを従えて歩くのもありだ。
とりあえず人混みは避けたい……。何も言わない忍さんを無言で人混みの少なそうな通りに誘導した。
自ら選んだわけではあるけど、同じ町でも人の量の違いに驚かされる。
酔いそうな程に人だらけの通りもあれば、今歩いているような、あまり人が歩いていない落ち着いた通りもある。私はなんだかんだこういう場所の方が好きだな~。
人混みが少ないということはそれなりに治安も悪いかもしれないけど、そこはまぁ忍さんいるし何とかなるだろう。
特に目的もなく歩いていると少し遠くから男の人の怒号が聞こえた。
「忍さん。何か揉め事ですかね?」
「さあな」
興味なし! 忍さんだし、それもそうか。
「ちょっとだけ見に行きません?」
私もいつもならわざわざ面倒そうなことに首を突っ込むことはないけど、今日はなんだか見てみたい気持ちに駆られた。大きな町に少し舞い上がっているのかも。
「見てどうする?」
「うーん……、それは見てから決めます!」
私が歩き出せば忍さんは黙って付いてくる習性を利用し、半ば強引に忍さんを連れて声のした方へ向かった。
人だかりが出来ている。周りで見ている人に混じって様子を見ることにした。
少し小汚い建物の前に派手派手な着物を着たガラの悪い三人組の男が立っていた。全員刀を差している。
三人の前にもう一人、こちらは鮮やかで高そうな服を着た、親分という感じの男がいて、対面に男を睨む女の人が立っていた。
背筋の伸びたスラッとした長身にしなやかな黒髪を後ろで束ねた、ものすごい美人! 既に完璧美女であるにも関わらず、あろうことか大きいお乳まで持っていらっしゃる。いや、お乳の大きさは背筋が良いからそう見えるだけかもしれない! そうであってほしい。そう思ってしまうほど完璧なまでにイイ女だ! その人は木刀を握りしめていた。
「護身剣術道場?」
その人の背後にある建物の看板にそう書いてある。
建物の奥の方にビクビクと震えながらその人の背中を眺める女性達が五人ほどいる。道場ってことだからおそらく門下生なんだろうか。そうなるとあの女の人は道場主ってことかな?
横目にチラッと忍さんを見てみると、無表情で見てはいる。けど、何故か少~しだけいつもより真剣な眼差しに見えた。
ハッ!! まさかあの美人なお姉さんに見惚れているとか!? 確かに他の女の人達はビクビクしている中で一人だけ凛とした佇まい。見惚れてもおかしくはない。でも、さすがに忍さんのことだからそれはない、かな……?
「おい! お前もう一回言ってみろ!!」
親分っぽい男がいきなり大きな声を上げた。私は思わずビクッとなったけど、美人なお姉さんは一切動じていない。
「何度でも言います。お引き取りください」
「何だとテメェ! 俺は弱そうなお前らに親切に剣を教えてやるっつってんだよ! 手取り足取り丁寧にな?」
「必要ありません。あなた方から教わることは何もありませんので」
「あぁ!? 女のくせに剣なんか習っても意味ないだろがぁ! 痛い目見ねぇと分からねえか? なら、道場破りしてやるよ! 負けたら俺の言いなりな?」
「痛い目を見ないうちにお引き取りいただくことをお勧めします」
うわぁ……。明らかにヤバい雰囲気だ。
女の人は木刀だし勝ち目ないでしょうに。あんな態度だと後が怖いんじゃ……
これは何とかした方が良いよね!?
私は忍さんにツンツンして小さい声で話しかけた。
「忍さん忍さん! あれ止めた方が良いんじゃないですか?」
「なぜ止める必要がある?」
聞かれないようにと、ひそひそ声にした私の心掛けを無視するように忍さんは普通の声で返答した。
「しーーーっ! 声が大きいです! なんでもなにも、明らかに女の人達が危険じゃないですか!」
「依頼があれば報酬に基づき行動するだけだが、依頼されていないだろう?」
「報酬なんて助けた後で貰えば良いじゃないですか!」
「マキは求められてもいないのに勝手に割り込んで報酬まで払わせるのか?」
「いやそういうことじゃなくて!! ……って、やば!」
ついつい大きな声を出してしまった。
私は口を押さえてキョロキョロと周りを見てみたけど不穏な空気に気を取られているのか、誰も聞いていないようだった。ふぅ……
忍さんにとってこの状況なんてどうでもいいんだろうか。
「女の人達がやられるのを黙って見てるつもりですか!?」
「マキに連れられなければ見るつもりもなかったがな――
本当にどうでもいいだなんて……。そんなのおかしいよ!
「それに」
忍さんの言葉は続いていた。
「やられるのはあの男達だろうしな」
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