第19話 自由時間

「えぇ!? 本当ですかっ!? あっ……」


 また大声を出してしまった。幸いまた誰も聞いていなかった。むしろ逆になんか悲しくなってきた。誰か一人ぐらい反応してくれてもいいでしょ…………って、何を期待してるんだよ!


「どうしてそんなの分かるんですか!?」

「あの女は俺の知る限り最も剣の才能がある。あの人数ならまず負けないだろう」

「え? それってまるで会ったことがあるような口振りですね」

「あぁ」


 ……相変わらず、具体的に聞かれなきゃ一切答えない。もはやこだわりか何かなのか?

 おっと、そんなことを思っていると親分っぽい男が抜刀した。


「後で泣きついても許さねえぞ!」



 バッシーーーン!


 瞬きをしたつもりはない。だけど気付いたら男の手に木刀が当たっていて、男が持っていたはずの刀が宙を舞っていた。刀は回転しながら飛び、後ろにいる男達の足元近くに刺さった。


「痛ってぇな! テメぐぉふぉっ!?」


 叩かれた男が言葉を言い終わる前に、二発目の木刀が今度は男の脳天を強襲していた。

 またしても瞬きはしていないはず。なのに私には女の人の動きが全く見えなかった。

 動く前と後。私の目には止まっている女の人の姿しか見えていないんだ。まるで動いていないように見えても、束ねられた髪が遅れて付いていくようにパラパラと流れていることで動いたのだと認識できる。

 この人は強い! 考えるまでもない。

 忍さんとどっちが強いのかは分からないけど、少なくとも張り合えそうなぐらいの実力者だと感じた。忍さんの強さなんてまだほとんど知らないようなものだけど。


 後ろにいる男達は一気に血の気が引いたようだ。親分っぽい男が一番強かったからなのか、それとも私と同じくあの女の人の動きが見えなかったからなのか、はたまたその両方か。多分両方だな。


「ちょ、ちょっと待ってくれお嬢ち……、お姉さん!」

「俺達はあんたにもう危害をくぐぅわぁぁぁ」


 いつの間にか男達の前に移動していた女の人は、またまた気付かぬうちに男達を倒していた。どうしても動いている途中の姿が捉えられない。まるで絵を見てるみたいだなぁ。


「あの人スゴいですね!」

「そうだな」


 忍さんが素直に認めた! ちょっと羨ましいけど、でもそりゃそうだわ。


「アヤメちゃんスゴい! ありがとう! 助かったよぉ」


 怯えていた女の人達が駆け寄っていく。


「さぁ、この人達を詰所まで連れていったら稽古再開しましょ!」

「はい!!」


 女の人達は汚なそうに男達を引きずり、笑顔で詰所へ向かっていった。


「アヤメさんって言うんだ! 覚えとこ! ところで忍さんはどこでアヤメさんを知ったんですか?」

「昔一度会ったことがある」

「へぇ~、一回だけなんですね~」


 忍さんが一度会っただけの人を覚えているなんてきっとそんなになさそうじゃない?

 美人で強くて優しそうで慕われてて忍さんも認めてて。カッコいい! あの道場なら私も入りたいわ。


 アヤメさんは素直に尊敬できる素敵な人だと思う。ただ一つだけ気になることがあった。

 男達を連れていく前、アヤメさんの笑顔に少しだけ引っ掛かった。なんだか無理をしているような? 何か抱えているものがあるのかもしれない。まぁでも私が気にしたところでどうしようもないだろう。


「そろそろこの辺りから離れるか」

「アヤメさんに会わなくて良いんですか? 向こうも忍さんのこと知っているんでは?」

「会う必要はない。それに俺のことは認識していないだろう」

「まぁ忍さんがそう言うなら良いですけど」

「剣を習うならあの女に習った方が良いかもな」

「私もちょっとは思いましたけど、そもそも私は魔法を習いたいのであって――

「そうか」


 最後まで喋らせないとは……



――とりあえず道場を離れた後、再びぶらぶらしているけど特に目的がないので手持ち無沙汰になってきた。

 山歩きは歩くだけでも神経使う上、合間に稽古を挟み続ける過密な日程だったけど、何にもないとそれはそれで退屈なのかも。まぁそもそも基準がおかしいけど。


「忍さん、これからどうします?」

「俺は町の外に出る」

「えっ?」


 まさかの外に出る発言。ということは。


「……私は?」

「適当に時間を潰しておけ」


 えぇーーー!? まさかの放置!


「テキトーにと言われましても……」

「ふむ。なら手を出せ」

「え? あ、はい」


 チャリーン


 な!? こ、このずっしりとした重みは……!


「ま、まさか、おこづかいですか!?」

「何に使っても構わない」

「ほっ、本当にいいんですか!? ありがとうございます! おこづかいなんて初めて貰いました!」

「そうか」


 相変わらず忍さんと私の温度差がえげつない。私はこんなにも感無量だというのに!

 農民の生活におこづかいなどという概念はないも同然。そんなお金があったら少しでも良いものを食べたいし。

 何よりも驚きなのは金額。多分この町で一番高いものを食べても余裕で余りそうな額。忍さんはムキムキなのに、これは太っ腹!

 こんなお金をさっと出せるなんてやはり金持ちだ! 忍がそんなに儲かるのか、それとも忍さんはボンボンなのか。


「それほど長時間にはならないが、襲撃者がいるかもしれない。警戒は怠るな」

「任せといてください!」


 忍さんはすぐに去っていった。


 …………さあ! 何をしよっかな~!

 解き放たれたような気分! 私は自由だ~!! 何この解放感!

 今私はなんでも出来るんじゃないかとすら思えてくる!

 今まで全く理解出来なかったけど、露出狂というのはこういう感覚なのだろうか。

 お金の使い道どうしよっかな~ 全部使っちゃおうかな~ やっぱり残しておこっかな~!

 えー、決められないぃぃぃ!


 思い出すと恥ずかしいくらい浮かれていた私だけど、唐突に頭をよぎったことがあった。


「実は忍さんが見ているとかない、よね?」


 実はこっそり見ていて私を試しているとか?

 高速で首を振り周囲を見渡したけど、姿は確認出来なかった。

 さすがに大丈夫だよね。まずもって、おそらく……多分…………


 仮に見られているとしても、すでに醜態を晒してしまっているし今さらどうしようもない。もう割り切っていこう!

 とりあえずご飯!!

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