第15話 価値観の相違
目の覚めるようなという言葉の意味を体で体感できた…………って、そんなことどうでもいい!! 痛っ! ほんと超痛い!! 涙出てきたぁ……
「ちょ、何をするんですか!」
「叩いた」
「それは分かってますっ!」
分かりきっていたことではあるけど、忍さんには微塵の悪意もなかった。まぁでも、それもそうか。忍さんは叩くと言って叩いただけだ。何も間違ってないと言うだろう。
そんなことは分かってる。だけどジンジンとくる痛みが私の感情を焚き付ける。
「強度増しすぎでは……」
焚き付いていたはずが鎮火寸前かっていうぐらい、なんとも弱っちぃ抵抗だった。痛みも拍子抜けしたかのようにちょっと収まった気すらする。強く言った後、何言われるかと思ったら怖くなって押し負けたー。はぁ、情けない。
「事前に伝えた」
鉄のように固い枝を持った忍さんが冷え切った目で言い放った。
全くもってその通りですね。何なら、「そんなに強く叩いていない」と言いそうなことまで分かってますよ。えぇ。
「そうだとしてもやり過ぎですって……」
ぼそっと言ってみた。というかぼそっとしか言えなかった。
「この結果になったのには何が原因だったのか分かるか?」
「枝の強度では?」
「本当にそう思っているのか?」
ぐぬぬ……。割と思ってますよ?と言いたいけど、そうじゃないことぐらい私にだって分かる。
「マキは刀を振る時に瞬きをした。だからそれに合わせて枝を振り下ろした」
「そうだったんですね……」
「敵を斬るには敵の動きを観察することだ。敵の間に合わせる必要はない。自分の間に引き込むことだ。相手の間に合わせているように思わせるのも一つの手ではある。敵の癖を探り、欺き続けろ」
「とりあえず相当大変だってことだけ分かりました。出来る気がしませんねぇ」
「安心しろ。これから体に叩き込む」
……全く安心できませんよね、それ。
――案の定、私の不安は的中した。
「体に叩き込む」と言っていたが、結果的には忍さんが私を叩き続けただけだった。
私は忍さんに言われた通りに、忍さんの動きをしっかり見て仕掛けたつもりだ。でもどれだけ見ようが全く動きが予想出来なかった。というかほぼ動いていなかったし。あ、そっか。その時点で忍さんの間に呑まれていたんだ。今気付いたわ……
当然ながらそんな状態だった私があわあわしながら刀を振ったところで忍さんを出し抜ける訳がなく、容赦なくカッチカチの枝を浴びさせられた。体が青あざだらけになっていそうだわ。
接近していく時に絶対瞬きしないよう意識しすぎたせいか目が乾いた。喉もカラカラ。
一体どれだけの間稽古をしていたんだろう? 永遠に終わらないんじゃないかと思ったくらいだけど。考えるだけで疲れるわ。もう終わったんだし、そんなことはどうでもいいか。
「忍さんの動きを観察しても全然ダメでした。ちょっとぐらい隙を見せてくれたって良いじゃないですかぁ……」
「確かにそうだな」
おっ!? はじめて忍さんが私の言葉に納得した気がする! 何この、胸の奥底から込み上げてくる熱い気持ちは!?
「確かに。わざと隙を見せ、そこに飛びつく時が自分の隙になりやすいことを体に教え込むべきだった」
「は、はぁ……」
込み上がったと思っていたけど穴開いててダダ漏れだったわ……
「それはともかく、もっと早く音を上げると思っていたがマキは思いの外、根性がある」
「えっ!? あ、ありがとうございますっ!」
感情の上げ下げに忙しい! 落としたと思ったら持ち上げる。忍さんがよくやりがちな手法。こんな単純な手口で私のやる気を引き出そうとでも言うのだろうか? ……それとも私がただ単純なだけ?
ようやく息が整ってきた。けどもうちょっと休憩したい。
「そろそろ行く」
忍さんは私の心を読んでいる……? 怖くなってくるぐらい見事に忍さんは裏をついてくる。
そもそも歩き疲れたから休憩して、休まったからまた歩きだすのが普通だと思う。歩いて稽古して歩くという行為の中に休憩という概念なくない!?
「……分かりました」
休憩は欲しかったけど、休憩しないと絶対動けないってわけではないから抵抗しなかった。それに加えて、なんとなく早く行った方が良さそうな雰囲気がしたんだ。
歩き出した後に改めて考えてみても、やはり忍さんの雰囲気に少し違和感がある。
稽古のときも思ったけど、心ここにあらず?な感じ。忍さんに心があるのかという問題については置いておくとして。
ソワソワしているわけでないし一見するといつも通りなんだけど、なんとなく緊張感があるような。山賊の動きがそれほど気になるのだろうか?
まぁ私ごときが気にしたところでどうにもならないか。とにかく忍さんの行動に合わせよう。
しばらくの間、黙々と歩き続けていると忍さんがふいに立ち止まった。
見渡しても木々しかない。何かあったのだろうか?
「忍さん、急にどうしたんですか?」
「そろそろ体力も回復した頃だろうし続きをやる」
「ん? どういうことです? …………まさか」
また稽古の時間がやってきたらしい……
謎が解けた。どうやら忍さんにとって歩くという行為が休憩だったようだ。どう考えても消耗しかしていないんですが。
――結局のところ、内容もさっきと時と同じく私が永遠と木の枝でぶたれ続けただけだった。
これ周りの人がみたら暴行だと思うんじゃない!? 私もそう思ってるし!
前回の反省を活かしてとか思ってみたけど何も変わらなかった……って、無理もなくない!?
稽古の内容は全く同じに終わったけど、一つだけさっきと違う部分があった。
稽古中は気付かなかったけど、終わって足を休めようと忍さんから距離を取ったとき、一瞬何かに触れた感覚があった。
この感じには覚えがある。今朝、宿の部屋を出た時に感じたものと同じだ。よくよく思い出してみると、あまり気にしてはいなかったけど、忍さんが薬物売買組織の男達を倒してくれた後に近寄って行ったときにもこの感覚があった気がする。
「忍さん、ちょっと聞いても良いですか?」
「なんだ?」
「今さっき何もないはずのところで何かに触れた気がしたんですけど、何なのか分かりますか?」
私の質問を聞いた忍さんの表情が一瞬固まった。ほぼ表情ないけど、間違いなく固まったと思う!
「……今の話は本当か? 本当に触れた感覚があったのか?」
「え? あ、はい。何なら今朝の宿も昨日もあったと思います」
「…………」
声には出さず、ただ目を見開いただけで特に取り乱したわけではない。だけど私が見てきた忍さんの中では一番驚いているように見えた。
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