第42話 戸惑い

 刀同士が小刻みにぶつかり甲高い音を鳴らす。


「あぁー!! さ、鞘伏さん! 戦闘狂がぁ!!」

「おい! 龍刃テメェ! いきなり何やっ……、龍刃……?」


 鞘伏は斬原を不審な表情で見つめる。斬原は一太刀だけですでに息を荒げ、眼球をピクピクさせていた。


 び、びっくりしたぁぁぁ……。腰抜けた。足に力が入らない。まだ手が震えてる……。でも、このままここにいたら忍さんの邪魔になっちゃう!


 マキは腕の力だけを頼りに、何とかお尻を擦りながら後ろに下がった。

 斬原の一撃を毅然とした態度で受け止めた赤髪の忍も、彼の様子に違和感を覚える。


「どうした? 手が震えているぞ?」

「お前を、斬るためだけに……」

「ん? お前は俺を知っているのか?」

「……くっ!!」


 二人のやりとりを鞘伏は怪訝な表情で動こうとせず、ただ眺める。


「鞘伏さん、あの人、何か様子おかしくありません?」


 奇妙なものを見る表情でベイが言う。


「あぁ……。龍刃がまるで怯えているような」


 力強い声とは裏腹に、斬原は目の焦点が定まらない様子で闇雲に刀を振るう。


「おらぁ! おら! あああっ!! 避けんなぁあ!!」


 一度間合いを取るため後ろに下がった斬原は目を血走らせ、握り潰さんとする程に強く柄を握りしめて一心不乱に刀を振るが、精細を欠いた大振りの太刀筋が赤髪の忍を捉えることはなく、野太い音で空を切り続ける。ベイはそんな斬原に、汚いものを見るような視線を送る。


「うわぁ~。なんて野蛮な動き。あれは確かに獣と言われても仕方ない動きっすよ。普通じゃない。鞘伏さんもそう思うでしょ?」

「……確かに普通じゃないな」


 鞘伏は力のない声で返答する。

 ようやく足に力が入るようになり、静かに立ち上がっていたマキは冷静に様子を見ていた。


 大丈夫だ。忍さんなら今のこの人には負けないと思う。相当強い人だって話だったはずだけど。

 この人は何で取り乱しているのかはよく分からない。でも、どれだけ強くてもあんなに取り乱していたら忍さんを出し抜くなんて無理だろう。


「いい加減反撃してみろやぁ!」

「何故だ? 俺には特にお前と戦う理由がない。応戦すべき状況になれば当然手を出すことはあるが、今のところ必要ない」


 赤髪の忍は涼しい顔で斬原の刀を軽々と躱しながら答える。


「ざけんなやぁぁぁ!」


 斬原は叫び、赤髪の忍の腰をめがけ、渾身の力で薙ぎ払ったが、またもや呆気なく受け止められた。迫り合いは続くものの、斬原だけが息を切らし、対する赤髪の忍は汗一つかいていない。赤髪の忍は一切表情を変えていないが、斬原のことを少し腑に落ちないといった様子で話しかけた。


「話にならないな。お前は何がしたいんだ?」

「そんなの決まってんだろ! お前をぶった斬るだけだ!」


 荒々しく斬原が言い放つ。


「捻りのない単調な剣筋。動く前から読める軌道。果ては、力みすぎて刃へ伝わる力が分散し逃げている。ここまでくると本当に斬る気があるのか疑わしい程だ」

「んだと……」

「これではまるで、斬るフリをしているだけで、わざと斬られようとしているんじゃないのかとすら感じる」

「なっ……?」

「お前の目的は知らないが、俺にはお前を斬る理由はない。斬られたいのなら他所でやれ」


 言い終えた赤髪の忍は斬原の様子を見て少しだけ目を見開いた。


「……なるほど、そういうことか」


 赤髪の忍は唐突に刀を鞘に納めると無表情で斬原を見た。


「おい、斬原と言ったか。死にたいなら勝手に死ね」


 その言葉が発せられるとすぐ、斬原の顔から血の気が引いた。


「あっ、ああああっ……」


 突然握力を失ったかのように、斬原の手から刀が落ちた。彼は目を大きく開け、下を向いたまま頭を抱える。息を吸う音が大きく、雑になっていく。


「そんな…………俺は…………なんで、お前は、また…………」


 手を震わせ、激しく目を動かす斬原。額からは大量の汗が噴き出る。


「……そういうことか、龍刃」


 戦意を失い、呼吸もままならず小さくなっている斬原の肩に、鞘伏が優しく手を乗せた。


「もうやめとけ龍刃。今のお前じゃコイツには勝てない。落ち着け」


 斬原は下を向いたままで何も言わなかったが、乱れていた呼吸が少しだけ落ち着いた。


「いいか龍刃、これは独り言だ。ここから少し先の山の麓に山賊の潜伏先がある。今日俺とベイが行くつもりだったが、予定が変わって明日の夜に襲撃する。それまでに壊滅してたとしても、俺は山賊同士の抗争があったと見なして特に詮索はしない」


 斬原は無言のまま鞘伏の言葉を聞き終えると立ち上がり、弱々しい足取りで去っていった。


「龍刃。自信を取り戻せ。お前は強いんだから……」


 小さくなった彼の背中を眺めながら鞘伏は呟いた。

 ベイは呆れ顔で鞘伏を見る。


「良いんすか? あんなこと言っちゃって」

「別にいいんじゃね?」

「何でそんなに胆据わってんすか……。普通に職権乱用でしょ」

「独り言を聞かれちまっただけだ。実際、山賊の相手なんて一々してられねえのも事実なんだから、むしろ名案だろうが」

「はぁ。はいはい。もう良いっすよ」


 ベイは気だるそうにため息を吐いた。


「ところでベイ。真面目な話、俺らが追うべきあれの件はどうだ?」

「あれって、あぁ。神出鬼没の山賊のことですか。奴は本当に急に気配消えるんで、ぶっちゃけ追えないっす」


 気配を消す山賊? それってまさか、私を拉致した男じゃない?

 忍さんですら気配に気付けなかったぐらいの謎の人。見た目はいかにも凡って感じの人だったのに侮れないという。この人達も警戒していたんだ。


「ハァ。追跡だけがお前の良さっつーか存在意義みたいなもんなんだから、そこでも劣るなら、もううるさい口しかの残らねえな」


 憐れみを込めた目で、鞘伏はベイの肩に手を乗せる。


「や、やかましいわ!」


 ベイは肩に乗せられた手を大袈裟に振り払った。


「てっきり戦闘狂なら野生の勘で見つけたりしないかなと思ってみましたが、宛が外れました。まぁ、あれは単に興味がないから探さないってだけかもしれませんが。とにかくその山賊については特殊というか、なんとなく俺と同じような……、うーん、言い表しにくいんですけど、そんな気がするというか」

「なるほど。そりゃかわいそうだ」

「んだとこらーー

「あのっ!」


 しびれを切らし、話に割って入ったのはマキだった。


「漫才やってるとこ悪いんですけど、もう私達行きますね」


 鞘伏は一瞬虚ろな目をした。


「ま、漫才……。まあいい。そうだな。お前達にもう用はないしな。引き留めて悪かった。ところで、お前の名前も聞いておいて良いか?」

「私はマキです」

「覚えておこう。ではマキ……いや、マキさん」


 鞘伏は真剣な眼差しでマキを見た。


「貴女に話したことを理想で終わらせることの無いよう、この国がそれほど捨てたものじゃないと思ってもらえるように結果を以って応えてみせます」

「は、はぁ」


 この人は変な人だ。ふざけていると思ったらいきなり真剣になって。でも、やっぱりこの人は悪い人じゃない。目から覚悟が伝わってきた。


「それと、依田!」


 鞘伏は赤髪の忍を見た。


「お前には正直色々と聞きたいところだが、とりあえず今はいい。ちなみに、近々剣術大会が開催される。一応俺が主催のな。興味があれば出場してくれ。別に出場できるからよ」


 そう伝えると鞘伏達は去っていった。

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