第43話 過去の因果

 ベイは鞘伏を不審な目で見つめ、途中までは無言で歩いていたが、たまりかねてか、ついに口を開いた。


「鞘伏さん! あの二人を問い詰めなくて良かったんですか? 男の方なんてめっちゃ怪しかったじゃないですか! 依田って名前もどうせ偽名でしょ!?」

「あぁ、おそらくそうだろうな」

「じゃあなんで!?」


 鞘伏はゆっくりと瞬きした。


「ベイ。お前は龍刃についてどんな印象を持っている?」


 いきなりの問いに、ベイは目を丸くした。


「え? そりゃあまあ、世間の皆さんが思っているものと一緒だと思いますよ。戦闘狂って異名そのままだなぁ~って。気の向くままにただ暴れ回るというか。たしか戦争で功績上げたんですよね。ぶっちゃけあの人を認めたくない人は多いと思いますよ。だってめちゃくちゃな太刀捌きだし。それでいて理不尽に強いし。でも、今日のは何だったんですかね? あんなに動揺して」

「あいつはな、戦争前は今のような感じじゃなかったんだよ」

「ええぇっ!? マジっすか?」


 素っ頓狂な表情でベイは少し声を上擦らせる。


「あいつは愚直に剣を極めるようなやつだったんだ。一切妥協せず、究めた技術に自信を持ち、そこで満足せずひたすら研鑽を重ねるような、そういうやつだった。これは余談だが、昔は背も低かったんだぜ?」


 鞘伏の口から語られる斬原の姿が印象とかけ離れていたからか、ベイは言葉を呑んだ。


「今とまるで正反対じゃないですか……。剣にしたって型とか無視して、それこそ獣のように斬りかかるような人っすよ?」

「まあ想像できなくても無理はねえよ。戦争であいつは変わったんだ。最初は俺だって動揺したさ。でも何があったのか、あいつは一切話さなかった。ただ一言、『俺は本当なら死んでいた』とだけ言った。今日のあいつを見てようやく分かったよ。あいつはおそらくあの戦争で、あの依田と名乗る男と戦ったんだろう。そして負けた」


 ベイは言葉を失い、顔を引きつらせた。


「て、てことは、あの赤髪も戦争に参加していたってことですよね!? でも何で? だってあの赤髪は武人っすよね? ならムサシの軍勢のはずじゃ……?」

「どういう経緯かは俺には見当付かねえが、龍刃の態度を見るにまず間違いないだろう」

「でも負けたけど生き延びたってことっすよね? だったら良かったじゃないですか!」


 その言葉を聞き、鞘伏は一瞬だけ顔を強張らせた。


「戦争とは当然だが真剣勝負だ。それで負けたとして、にもかかわらずあいつは殺されなかった。その意味が分かるか?」

「え? 全然」

「はぁ……。武人としてこれ以上の屈辱はないはずだ。それはもう武人としての全てを否定されたようなもんだ。剣への自信をへし折られただけじゃなく、尊厳まで傷つけられたわけだ。そのせいでああなっちまったんだと思う」

「そういうことっすか。アレは……、は、今のハチャメチャな太刀捌きですら手をつけられないと言われているのに、ちゃんと剣技をやっていたってことは、きっとその時は今より強かったんですよね? そうなるとあの赤髪、よっぽど強かったんすね……。俺はそんな人に斬りかかろうとしてたのか……」

「だから命拾いしたっつったろ! さすがにあの男も殺す気はなかったかもしれねえが、その気だったらお前が動く前に真っ二つだっただろうな。ったく、感謝しろよ!」

「ま、マジ助かりましたぁ! 神様、仏様、鞘伏様~!!」

「うわきっしょ。近寄るな」

「えぇ……」


 ベイは鞘伏に振り回され、ジトっとした視線を向けた――



 マキもジトっとした視線を赤髪の忍に向けながら、あからさまに見せつけるよう頭をさすっていた。


「忍さん。さっきは何でいきなり頭叩いたんですか!? 結構痛かったんですけど?」

「あの場で忍という情報を知られるのは良くなかったからな。あれ以外止める方法がなかった。忍というものは大っぴらにするものじゃない。少しは考えろ」


 赤髪の忍は大袈裟に頭をさするマキに関心を示す様子はなく、観念したマキはさするのをやめた。


「ま、まぁ確かにそうですね。でも普通に口で言ってくれれば良かったのに……。というか忍さん、斬原って人が店にいるから近寄らなかったんですか?」

「あぁ。何者かまでは知らなかったが、警戒すべきではあると考えた」

「それも言ってくれれば私だって……」

「マキだけが団子屋に行ったところで特に問題ないと思ったからな。そもそも先に伝えたところでマキは団子を食わずに済んだのか?」


 鋭い!


 赤髪の忍の鋭い指摘に、マキは目を横に向ける。


「……はい、そうですね。そこは認めます。そんなことより!!」


 マキは自分に不利な展開を勢いで強引に終わらせた。


「あの斬原って人とは知り合いだったんですか?」

「知り合いというよりは、昔戦ったことがある。ただそれだけだ」


 ……相変わらず情報量が少ない。どうせ聞いてもはぐらかされそうだし、そこはもういいか。それよりも聞いておきたいことがあった!


「そういえば忍さんは依田さんって名前だったんですね! どうして今まで教えてくれなかったんですか! 恥ずかしかったとか??」

「何を言っているんだ?」

「はへっ?」


 赤髪の忍は見下すような目でマキを見た。


「そんなの偽名に決まっているだろう」

「あっ、へっ? あっ。そうだったんですね……」

「あいつらには勘付かれていたと思うが?」

「むっ……」


 今の一言、わざわざ言わなくても良くない!? わざと追い打ちかけてきたよね!? 意地悪だわぁ。


「ちなみに依田という人物自体は実在した武人だ」


 赤髪の忍は鞘伏達に見せた木の板を再び取り出した。


「これは、前にその依田から奪ったものだ」

「奪った……」

「ムサシ刀剣連盟の登録証だ。この登録証なく剣を所持することは違反とされる」

「よく照合とかされませんでしたね……。そんなのすぐにバレちゃいそうなのに」

「確認のしようがないからだろう。そもそも連盟は登録証が盗まれることを想定していない。盗まれるような未熟者が悪いという考え方だ」

「持っていないと違反なのに、盗まれたり失くしたりしたらもう剣持っちゃいけないなんて、武人の世界も意外と厳しいんですね」

「登録証は一年ごとに新調される。だからその間だけ警志隊に見つかりでもしなければ特に問題はない」

「へぇ~」


 意外とあっさりなのね。


「そうなると今の依田さんの登録証の期限が切れたら困りますね」

「なぜだ? 期限が切れたら別の奴からまた奪えば良いだけだ。偽造するより楽で良い」


 いや、あっさりし過ぎでしょ……。当たり前のように奪うなんて言われても。


「ちなみに私の分はないんです? 一応私も、短刀とはいえ持ってますし」

「提示を求められる機会など早々ないからいらないだろう。そもそもバレないための短刀だ。どうしても欲しいのなら自分で奪え」

「えぇー……」


 忍さんはそういう準備に抜かりがないような印象なのに、私については雑過ぎない!?


 マキは再びジトっと視線を送ったがすぐに諦めた。


「まぁいいです。ところで、これからどこ行きましょう? さすがに鞘伏って人が言ってた大会なんて興味ないでしょうし」

「いや、剣術大会は中々悪くない」

「えぇ!?」


 マキは予想外の返答に驚く。


「忍さんがそういうのに興味を持つなんて」

「それなりに人が集まるだろうからな。それに伴う依頼もあるかもしれない。そういう意味では都合が良い」

「あ、そういうことですか。よし! じゃあ行きましょう!」


 マキ達は剣術大会に向けて、街を目指すことにした。

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