第9話 初仕事
人生何が起こるか分からないものだ。
農家として生まれ、そのまま細々と死んでいくだけだと思っていた私が、忍さんという謎の人と一緒に生活することになるとは。
お父さんもお母さんもいなくなってしまった以上、今まで通り農家として暮らしていく理由はない。私がいなくなったところで夜逃げくらいにしか思われないだろう。
私を救ってくれた忍さんとのドキドキワクワク新生活が今始まろうとしていた、のだけど……
「まずはこの死体を片付けるぞ」
忍さんはごく当たり前のように言った。確かにその通りなんだろうけど。ただ……
「忍を目指すとは言いましたけど、いきなり重い仕事ですね……」
「片付けておかなければ後々面倒だ。思ったより動揺していないようだ。おま……、マキは死体に対してあまり取り乱すことがないな」
「昔、家畜を捌いたことはありますから。まぁ人なので全然違いますけど。……なんか驚かなくなっちゃいましたね」
「そうか」
自分でも不思議だ。たくさんの人が思いっきり血を流して倒れている。失神してもおかしくないはず。
なんで慣れちゃったんだろう? 色々と驚くことが多すぎて、上書きされた感じ? まぁいいか。
うーん……。死体を見るだけなら何とか大丈夫だけど、触るのはさすがに抵抗あるよね……
「……なんか、大丈夫ですかね? そのぉ、呪われたりとかしないですかね?」
「呪いなんてものを信じているのか?」
「ま、まぁ。なんか怖いじゃないですかぁ」
「呪いが実在するのなら、俺はとっくに死んでいるだろうな」
真顔だから冗談のつもりなのか本気なのか分からない……
「嫌なら何もしなくていいぞ」
「むっ……」
普通に考えれば喜ばしい言葉。でもこれは優しさで言っているんじゃなくて、試されているんじゃないか?
私はどう考えたって忍さんの足手まといでしかない。そんな中、決して出来ないわけじゃないことすらやらないのはまずいよね……。正直、見切りをつけられこのまま捨てられても困るし。
「や、やります! 何をすればいいですか?」
「死体を一ヵ所に集めろ」
「……はい」
ちょっとだけ、ちょーっとだけ褒めてくれることを期待してしまった……。「よく言った!」とか言われちゃったらものすごいやる気出してたよ?
まぁ忍さんのこれまでの言動を考えればあり得ないんだけど。でも、どうしてもあの時の優しい顔を意識してしまうなぁ。
――死体の前まで来た。来てしまった。
……よしっ!
覚悟を決めて男の足を掴んでみた。
まだ生暖かくて気持ち悪い……、けどこれはやらなきゃいけないことだから!
重っ。人ってこんなに重いんだ……
傷口は見ないようにしよう。根拠はないけど目に悪いかもしれないしね!
死体を引きずるようにして、なんとか一ヵ所に全部集め終わった。よくやった私!
「よし。では埋めるぞ」
はい、労いなしっ! うん、分かってましたよ。もう気にしない。
というか、埋めるって簡単に言ったけど……
「……地面掘るんですよね。これだけの人を埋めるのだと、相当大変ですね……。道具もないし」
「心配には及ばない。少し下がっていろ」
「えっ?」
とりあえず言われた通り、少し後ろに下がった。
忍さんは地面に手を当てる。その時点で何となく察しがついた。
辺り一面の地面が音を立てながら崩れ、死体が地面の中に埋もれていった。すぐに上から土が被せられ、まるで何もなかったかのように平らな地面に戻った。
こういう
衝撃的な光景ではある。だけど、ふと思った。
「あの。これってわざわざ死体集める必要ありました? なんか、元々死体のあった場所もまとめて埋もれたように見えるんですが」
「不自然な血痕も消した方が無難だからな。死体を集めた意味はそれほどない」
じゃあなんでやらせたの……
これはさすがに文句言っても良いのでは!? でもここはぐっと堪えて、別の疑問をぶつけてみる。
「そもそも、いつもこんな風に死体を処理するんですか?」
「場合による。こいつらのような裏の人間であれば、野晒しで見つかっても特に問題ないだろうな」
「……じゃあなんでやらせたんですか」
あ、ついポロっと言ってしまった! やばいかな!?
「強いて言えば覚悟を試した」
やっぱりただの意地悪ではなかったらしい。私は試されていたわけだ。
「マキの覚悟はだいたい分かった」
やった! 認められたことが素直に嬉しい。
「場も片付いた。とりあえず近くの町に向かう。一度家に寄る必要はあるか?」
「いえ、大丈夫です。行きましょう!」
家に寄りたいという気持ちは当然あった。でも下手に戻って
思い出だってある。だけど、きっとお母さん達は空の上からずっと見守ってくれるんじゃないかな。そんな風に思えた。だから今は行かなくても良い。そのうち忍さんに頼ることなく戻れたらいいな。
町かぁ。ほとんど行ったことないし、楽しみだ!
…………。
林を歩きだして結構経ったんじゃないかな。
全く会話がない。
もはや分かりきっていたことではあるけど、忍さんは自分から話しかけるような性格ではない。
別に居心地が悪いという訳ではないけど、無言のままではなんか悲しいよね。
色々聞いてみたいことはある。忍さんが今までどんな人生を歩いてきたのかとか。ん? 人生? 忍生? それはどうでもいいか。ただ過去とかは何とな~く聞いてはいけないような気がするんだよなぁ。あまり触れないでおくことにした。
話しかけるか否か、決めかねながらじーっと忍さんを観察してみる。
ずっと思ってはいたけど、やはり端正な顔立ちだ。
背丈はスラッと長身で、切れ長な目に艶のある赤髪。良い匂いとかしそう。さすがに嗅いでみるほど私は変態さんではないけどね。
身なりに気を使う人には思えないけど、決して汚い身なりじゃない。実は気にしいだったらそれはそれでちょっと萌える。
物凄く若いということはないと思うけど、将来を誓いあった人とかいないのだろうか? まぁそんなの聞けそうにないけど。
ただ、分かってきたことはある。忍さんはわざわざ話しかけることはないけど、決して無口ではない。それに全く感情がないというわけでもないと思う。
あの優しい表情……。物凄くキラキラして見えた。何あれ、あれは反則だよ! でもそこからの落差が凄すぎて、本心だったのかは怪しい。あれが無感情で言っているんだったら人間不信になりそう。……忍さんならあり得なくもないからこそ怖い。
結局特に会話もしないまま、林を抜けると建物がたくさん見えてきた。
ワクワクしてきた! 町をしっかり回ってみたいけど、町に着いたら何をするんだろう?
「町に着いたらどうしますか?」
「まずはマキの身だしなみを整える」
え!? 嬉しい! 何!? 忍さんは意外と乙女心とかちゃんと分かっちゃう系の人なの!?
新しい服とかとても買えるような生活じゃなかったし……。やっぱり忍さんは優しい!
「その、いかにも農民に見える貧相な格好では色々と支障をきたすからな」
……言い方にトゲありません?
町を目前にして、私はがっくりと肩を落とした。
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