第40話 怒り心頭
「お前ちょっと動転し過ぎだ! 少し落ち着けボケが!」
興奮するベイを鞘伏が呆れ顔でなだめようとする。
「はあ!? 元はと言えばアンタのせいだろ! 冗談でもやって良いことと悪いことがあるんだぁぁぁ!」
「うわぁ……。めんどくせぇ」
わずかに鞘伏がたじろぐ。ベイの怒りの矛先が向いていたはずの赤髪の忍は、特に動じることもなく涼しい顔のまま淡々とマキの横まで来た。
その様子を見たベイは収まりかけていた怒りが再燃する。
「お、お前ぇ! 何、涼しい顔して来てんだよ! こっちは刀抜いてんだぞ! どうせ斬って来ないとでも思ってんだろ!? こ、こうなったら本当に……っ痛っ!!」
飛びかかろうとしたベイの脳天に硬く握られた鞘伏の拳が落とされた。
「アホか。お前、警志隊だぞ。クソみたいな賊と同じようなことすんなバカ」
「痛ぁぁぁあ……。何するんですか! コイツが賊の可能性だってあるかもしれないじゃないですか! なんで止めたんですかぁ!」
「ハァ……」
鞘伏はわざとらしく肩を落として盛大なため息をついた。
「ベイ。一つ聞いても良いか?」
「は? 何すか?」
鞘伏の真剣な問いかけに、ベイは少し落ち着いた態度になり、頭をさすりながら聞き返す。
「お前は斬ってやるとか散々言っていたけど、本当にこの赤髪の男に斬り込む隙があったと思うか?」
問われたベイは得意げに鼻で笑った。
「へぇ? 何言ってんすか! 当たり前じゃないですか! こいつ俺が刀抜いているのに丸腰だったんすよ!? いつでも斬れたっしょ!」
「ハァ…………。お前なあ……」
鞘伏は哀れみの表情でベイの肩に手を置き、さらに盛大なため息をついた。
「何なんすか! さっきからハアハアハアハアって、犬か!」
ベイの言葉を無視し、鞘伏は哀れむように目を向ける。
「いや、なんか悲しくなっちまってよ。お前はいつから俺より強くなったんだ?」
「どうしたんすか? さっきからトンチンカンなことばっかり言って。俺がアンタより強いわけがないでしょ、全く。あ~あ。まだまだ先だと思ってましたけど、もう初老が駆け足で迎えにきたんですかぁ?」
「おまっ……」
鞘伏は一旦拳を握りしめたが、すぐに力を抜いた。
「まあいいわ。ハッキリ言うが、俺にはあいつを一撃で仕留められそうな隙は見つけられなかった」
鞘伏の言葉を聞いたマキが目を丸くした。
まじか。この人が言うってことは、やっぱり忍さんって凄いんだなぁ。この人は好かないけど、実力が物凄いことは充分分かったつもりだ。そんな実力者が斬り込めないとは。でも一撃でって言う辺り、全く勝てないとは思ってなさそう。実際に戦ったらどっちが勝つのかな?
「え? またまた~。そんなとこで謙遜しなくたって良いんすよ? らしくもない。さっきも言いましたけどあいつ、構えてすらなかったんですよ? アンタは曲がりなりにも実力だけ、はあるんだから~」
鞘伏が瞼をピクピクと動かす。
「もう我慢の限界だわ。お前の腹、後でやっぱり開く」
高ぶっていたはずのベイはその一言で一気に凍りついたような目になった。
「あっ……。え、あの。頭に血が上って調子乗りすぎました……。すみませんでした」
「まあそれは良いとして、哀れなお前に教えてやるよ。あそこでお前が飛びかかっていたら、まず間違いなく殺されていたぞ。つまり俺のおかげで命拾いしたな」
「そうだったんですね、ありがとうございます。ですが僭越ながら不肖わたくし、未だにあなたがそのような感想を抱かれることが信じられないのですが……」
「いや。さっきまでのはウザかったけど、ここまで変わると逆にキモイな。ったく、節度を持って調子に乗ってろよ」
「はい、ありがたく調子に乗らせていただきま……って、それはおかしいでしょ!」
二人の掛け合いを眺めるマキの視線はどんどん険しいものになってきていた。
……私は一体何を見せられているんだ? 陳腐なものを見せられて段々腹が立ってきた。
「あの。私達もう行って良いですかぁ? こっちだって忙しいんですけどお?」
「まあ待てって。もう一つ聞きたいことがある。それに忙しいっつっても、お前は団子屋にいたんだから、せいぜい団子食ってただけだろ?」
鞘伏は少しからかうように言った。
「……偉そうに」
マキはあからさまに不機嫌な様子で、聞こえるかどうかぐらいの音量でぼそっと呟いた。
「あのねお嬢ちゃん。気持ちは分かる! マジで分かるよ! でもね、一応この人は本当に偉い人ではあるんだよ。一応ね。全く悲しいことにね」
ベイは同情を誘うような表情でマキに牽制を入れた。
「……あんたらはいつだってそうだ」
「何がだ?」
鞘伏が真剣に聞き返したことにより少し空気が張り詰める。
鞘伏の圧に多少当てられはしたものの、マキは奥歯を食いしばり拳を握りしめた。
「あんたらはいつも偉そうだって言ったんですよ!」
「お嬢ちゃんさぁ、あんたらはないでしょぅ――うぐっ!」
強い口調ではなかったものの、明らかに嫌悪感を向けてマキに近寄ろうとしたベイの肩を鞘伏が掴んで止めた。
「なぁ。どうしてそう思うか教えてくれないか?」
鞘伏は強ばらせるものではない、ただ真剣な眼差しでマキに促した。
「あなたたちは警志隊なんですよね?」
「如何にも」
「警志隊はいつだって偉ぶっている。何もしないくせに。本当に困っている人なんか助けない。あんたらは自分にとって都合の良いことしかしないんだ。そのくせに正義面する態度が私は許せない!」
「ちょ、お前いい加減にしろよ! 鞘伏さんはな――
「お前はちょっと黙ってろ」
体を乗り出そうとしたベイを鞘伏が諫めた。真剣な表情で言われたベイは不満げながら従った。
「私は以前、暴漢に襲われました。幸いこの方に助けてもらいましたが、その時は人生終わったと思いました。もし警志隊がその場に居たら私は助かりましたか? 貴族ではない農民の私を助けると思いますか? 今日、山賊の言いなりにされていた人を私達は助けました。その人は警志隊に通報しないよう脅されていたようです。でもその人も富裕層ではありません。警志隊は何とかしてでも助け出そうとしますか? 警志隊が本当に正義の味方なら、なんで私みたいな農民は、貴族じゃないたくさんの人達は苦しめられないといけないんですか……?」
マキは矢継ぎ早に、溜め込んだものを全部吐き出すかのように言葉をぶちまけたが、言い終えても表情は晴れていなかった。
これはただの八つ当たりになるかもしれない。言い終わる前からそう思いだしていた。別に私の言葉が嘘という訳じゃない。
警志隊に助けられたことなんてないんだから。もし警志隊が農民でも何でも助けてくれるような存在だったとしたら今頃こんな風には、と思うことも多々ある。
初めて忍さんに会ったあの日。私の助けを無視した武人が警志隊だったかどうかは知らない。だけどあの場に警志隊がいたとしても、わざわざ私みたいな農民を助けるとは考えづらい。
警志隊なんていうのはただの富裕層の集まりだ。農民なんて見下すだけの存在で、自分の保身だけを考え、仲良しこよしで正義の味方ごっこをしているようにしか私には見えない。正直警志隊なんて全員そうだと思っていた。みんなそういう目をしていたから。
ただ、何となくこの鞘伏って人はちょっと違うかもしれないと感じた。さっきまではふざけてばかりにしか見えていなかったけど、この人はずっとそういう目をしていなかったんだ。この人なら暴漢に連れられている私を見たら……、とすら思ったぐらいだ。確証はないけど何となく。
アヤメさんのことだって、この人なら多分上手く解決したのかもしれない。
もし、本当にそういう人だったら、私が今言った言葉は完全に八つ当たりになるだろう。
なんだろう。言いたいことは言えた。言えたのにモヤモヤする……。警志隊の偉い人なんだから別に言ったって良いだろう。だけどこの人がもっと私の知る警志隊らしい人だったら、こんな気持ちにはならなかった。
煮え切らない表情で鞘伏からの視線を外して少し俯いていたマキの目に鞘伏の後頭部が映った。
えっ?
驚いたマキが顔を上げると、鞘伏が彼女に対し深々と頭を下げていた。
「貴女のおっしゃることは残念ながらその通りだと思います。申し訳ありません」
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