第13話 小さな成長
忍さんがいない……
昨日の夜、気になることがあると言って出ていったけど何かあったのだろうか? もしくは、もともと私の前から消えるつもりだったとか?
忍さんの実力を思えば、たとえ襲撃されたとしても普通に切り抜けそう。だとすると私の前から消えるつもりだったように思えてきてしまう。
服にしてもご飯にしても忍さんは太っ腹だった。普通に考えてあんなお金の使い方を続けるのは無理じゃない?
でも一回きりのつもりであればあり得なくもない気がする。
最初からそういうつもりだった?
嫌な考えばかり浮かんでくる。きっと何か理由があってまだ戻っていないだけ。そんなことだろうとは思っているんだ。……だけど不安が押し寄せてくる。少しいなくなっただけなのにこんなに不安になるなんて。一昨日までは実質ほぼ一人で過ごしていたようなものなのに。
少し落ち着いてはきたけど忍さんがいない今、結局何をすれば良いか分からない。
まだ出会って間もないのにもう依存しているようで情けない。
でも無理もないよね!? 親はいなくなっちゃったし、親代わりって訳じゃないけど忍さんもいないんだから。それに今いる町だってどこなのかすら分かってないし。うん、無理もない。
……結局どうしよう。当然だけどお金もない……
宿に戻れたらなぁとも思ったけど、もう一回入ろうとしたらお金取られそうだしなぁ。
よし! 仕方ない。忍さんを探す旅に出よう!
ちょっとやけになって唐突に思い立った。忍さんがいないなら探せば良い! なんだ簡単なことじゃないか。
忍さんは昨日の夜出ていったばっかりだから、遠くに行くつもりだったとしてもたかが知れるだろう。
一応町にいるかもしれないし、まずは町をぐるっと回ってみよう。一応ね。別に町を見て回りたいだけってわけじゃないけど! どうせお金ないから何にも買えないんだし、見るだけなら良いよね?
露店が立ち並んでいる通りに来たけど、あまり活気がない。まばらに野菜が売られている程度だ。私的には人が少ないのは気楽で良いけど。
売られている野菜を遠目に見る。パッと見て質の良いものが多い印象だ。商売人含め、ここで暮らす人達は私達農家よりは良い生活をしているんだろうな。
農家はやはり不遇だ。だから農家で夜逃げは結構あると昔、役人から聞いた。でもそんなに気にされないらしい。夜逃げしたところで結局何も出来ずにほとんどの人がまた農家に戻るか大して変わらない程度の労働をすることになるからだと。要するに大地主からすれば、どうせまた戻ってくるだろうって感じで舐められているんだ。
考えてみれば農家なんて読み書きすらまともに出来ないんだから、仕事の選択肢はごく限られるだろう。農家の境遇と大差ない仕事をするくらいなら、一応食糧には困りにくい農家の方がまだマシなのかもしれない。
農家の住居は他の農家の住居と距離を取られる。多分、謀反を起こさないよう農家同士で結束させないようにしてたんだと思う。
……せっかく町を回ってるのに、何だか嫌な気分になってきた。
いやいや、一応今の私は農家じゃなくなったんだし、そんなこと考えるのはやめよう。
幸いなことに今の格好は農家のそれには見えないから周りの人は誰も私を気にしない。農家のような貧民が下手に露店にいると盗人だと疑われそうだし。ホントに農家の扱いってひどすぎる……って、ダメダメ。また考え出してた!
私は農家じゃない! 忍だ! ……いや、まだ忍じゃないか。忍を目指す者だ!
忍を目指す者としてはとにかく目立たずに動けていることは都合が良い。さっさと忍さんを探そう。
――露店が多い通りを抜け、昨日ご飯を食べた定食屋の近くに来た。
もしや昨日の定食屋に来ていたりしないかと、ちらっと目を向けてみたけどまだ店自体開いていなかった。
うーん、町の中にはいないのかも。どこ行っちゃったんだろう? まさか、ホントに私見捨てられたとかないよね!?
何の収穫もないままとぼとぼ歩いていると、前から武人と思われる大男が歩いてきた。
背丈は忍さんより頭一つくらい大きいじゃないか? ……でかくない!? 忍さんでも結構長身のはずなのに、この人はさらに大きい。良いガタイに、乱暴にかきあげられた少し焦げたような茶色の髪……なんか怖い。
そんな大男は何だかやつれているように見えるんだけど、そこに少し違和感がある。
着物も刀の柄もボロボロではあるんだけど、何となくやつれているように
武人自体がそもそも信用出来ないんだけど、それ以前にこの人には関わっていけないような気がビンビンしてくる。
忍さんと出会った日に私を殴ってきた武人だってギリギリまで何の素振りも見せなかった。あの大男だって何かしてくるかもしれない。
逃げるべきか? でも町中の目立つところでいきなり襲うとは考えにくい。きっと騒ぎになるだろうし。もし襲うつもりだったとしても下手に逃げるよりは騒ぎを起こさせた方が良い気もする。というか逃げ切れる気もしないし。
あくまで自然に、平静を装って警戒しよう。前のような失敗はしない。
心臓の音が速く大きくなってきた気がする。聞こえたりしないよね?
汗が頬に垂れてきたけど気にしていられない。目線は合わせず、でも意識は全て男に向けた。
――すれ違う瞬間、大男が目玉だけギロッと私に向けたのが分かった。
ヒヤッとしたけど結局何もしてくることなく、そのまま離れていった。
はぁぁぁ……
怖かったぁぁぁ。間違いない、絶対危ない系の人だ! 斬られるかと思った……
ホントに忍さんはどこ行ったの!? 見捨てるにはまだ早いですよー!?
気づけば町をぐるっと一周していた……
悲しいことに忍さんは町にいなかった。これ以上探すとなると宛もなく進むことになる。
はぁ、どうすれば……
「ここにいたか」
「うわぁぇぉ!?」
いきなり背後から声がしたせいで、どこから出したか分からない声が出てしまった。
振り向くとそこにはいつもの無表情な忍さんが立っていた。
「もぉ~どこ行ってたんですか! というか気配なく、いきなり話かけないでください! びっくりするじゃないですか!」
一気に畳み掛けてしまった。とにかく安心したんだ。
「懸念事項があり遅くなった。宿に戻ったがマキがいなかった」
忍さんはやはりいつも通りだ。
「てっきり私を置いてどこかに行ってしまったかと思いましたよ……」
「それも一つの手かもしれないな」
え? 冗談ですよね? 真顔だから冗談に聞こえないだけですよね? ……でも忍さんが冗談言う? それって普通に本音なんじゃ?
「……それは考え直してくださぃ」
聞こえるか聞こえないかぐらいの声でボソッと主張した。
冗談と信じたい言葉に私の繊細な心は傷つけられた。
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