第68話 予期出来た再会
マキの興奮はまだ収まらない。
いやぁ。感動ものだわ、これ。
忍さんと出会ってから、まともに攻撃を当てられたことなんて、これが初めてじゃない? あくまで分身とはいえ、忍さんは忍さんだ! ……ま、まぁ、本物相手にも効いたとは、とても思えないけど。
でもいいさ! 大事なのは結果だ! 端から見れば、私のやり方は見苦しかっただろう。だけど、そのおかげで最高の結果を得られたんだから!
マキはにんまりとした。
「まさか、分身が消されるとはな」
赤髪の忍が、またもや音もなく現れた。
「うぉぉぉっ、忍さん! 相変わらず、いきなり出てきますね。でもっ、へっへ~ん!」
マキは両手を腰に当て、胸を張る。
「どうですか! 分身とはいえ、忍さんをやっつけましたよ!」
「ふむ。さすがにあの程度の分身体では、マキの珍妙な動きに対応出来なかったか」
マキは目を瞑り、拳をグッと握る。
た、耐えろ、私。い、今の私にとって、忍さんのお小言は、ただの負け惜しみにしか聞こえない。気にするな。むしろ、余裕な感じを醸し出すんだ。
「ま、まあ。私の方が一枚上手だった、ということですねぇ。と、とにかく!」
勢いで話題を切り替えるマキ。
「今日はもう稽古なしで良いですか!? まだ始めたばっかでしたけど、大会明日ですし、当日に向けて準備とかしたいな~って」
言い終えて、少し目をそらすマキ。
ぶっちゃけ言っちゃうと、達成感が凄くて気持ちが切れちゃったから、もう稽古したくないってだけなんだけどね。
「構わない」
「おっ!?」
思いがけない返答に、マキは目を見開いた。
「何の準備が必要なのかは検討つかないが、元々この鍛練は、分身が消失したらその日は終了という予定だった」
「そうだったんですね!」
「今日まで、その予定どおりにならなかっただけだからな」
「ぐっ……」
た、耐えるんだ。負け惜しみだから! 多分、私の実力が予想以上だったのが認められないから、八つ当たりをしているんだ! うんうん、きっとそう!
下手すると、毎日こそっと分身を強くしていたのかもしれないし! うん、そういうことにしよう。だって、そう思っていないと……折れる。
「じゃ、じゃあ私は、ぶらぶ……、いや、明日に向けて精神統一とかしたいので、忍さんは亘との稽古に戻ってください。私も夕方までには戻りますので」
「そうか」
相槌するや否や、赤髪の忍が霧散するように消失した。
えっ!? この忍さんも分身だった!?
マキは意表を突かれて驚いた後にハッとした。
しまった! お金をもらうべきだった。時間はたっぷりあるのに、お金がない。
あぁでも、さっきの忍さんは分身だったから、どのみちお金は持っていなかったか。……どうしよ。
これからの予定が定まらないまま、マキはとりあえず大通りに向け、とぼとぼ歩き出した。
――そうだ! 図書館へ行こう!
大通りの石畳に乗ったところで、マキは唐突に閃いた。
図書館ならお金がなくても本が読める! そして、以前の私と違って、ここ数日で恐ろしい程に言葉を覚えた……、植え付けられた? まぁ、それは置いておいて、言葉の習得度合いも確認してみたい!
今も頭に流れ続ける言葉達。音として聞いているだけのように思えて、なぜか文字だけで想像出来るようになっていた。
それに気付いたのは、ご飯屋さんでの出来事。メニューに書かれたものが、割とすんなり理解出来るようになっていたんだ。……今、当たり前のように『メニュー』って言葉が出てきたことも、ちょっと怖いんだけど。やっぱり洗脳されてる?
なんか、あまりこの件には深入りしない方が良い気がしてきた。というか、怖いから知りたくない。
よし!
マキは両手で頬を叩く。
言葉を覚えられた、ということ自体は良いことなんだから、ポジティブに考えていこう……、ポジティブか。上向きとかじゃなくて。いやいや、待て待て。こんなこと一々気にしてたら何も進まないから! さっさと図書館!
何かを振り払うようにブルブルと頭を振ったマキは、改めて歩きだそうとした。
「ん?」
歩き出そうとしたマキだが、向かいから歩いてきた男に目が留まる。
淡い花柄の着物に、奥がわずかに透ける程度の黒いサングラスを掛けた男。一見すると見覚えがないかと思いきや、何か面影を感じたマキは顎に手を置き、細めた目で男を凝視する。
「げっ……」
マキにジロッと見られた男は、サングラスの奥の目をぴくっとさせた。
「うん? どっかで……、あっ! 恰好が前と違うけど、多分、警志隊の偉い人! 名前は確か、うーんと、さやっ、さやっ……なんだっけ?」
「
鞘伏が食い気味に声を張った。だが、すぐに口を押さえて辺りをキョロキョロと見る。
「あ! そう、それ!」
「それって、お前……」
「ねぇ。なんで、そんな変な恰好してるの?」
マキは目をパチパチさせる。
「別になんだって良いだろ。ガキはあっちへ行ってろ。しっし!」
鞘伏は歯を剥き出しにし、ハエでも追っ払うかのように手を振る。
「はあ?」
マキは語尾を上げ、あからさまに嫌悪感を示す。
「感じ、悪っ! ほんっと、これだから警志隊は。アンタは他の人とは違うかもって思ってたけど、やっぱり間違いだったかな」
「あっ。ごめんて。今のはちょっと茶化してやろうと思っただけだって!」
「じゃあ、さっき目が合った時に『げっ』って言ったのは?」
「ぎくっ」
鞘伏は人差し指で
「えっと。あれはなー、うーん、あ! そうそう! ゲップとしゃっくりが同時に出たんだよー。いやー辛かったわー、ゲプゲプ」
鞘伏は口元に手の甲を当て、目をそらした。
「あっそ。で、その変な恰好は?」
「お前なぁ……」
「お前?」
「あっ……。ま、マキさん?」
無理やり貼り付けたような笑顔で、お伺いを立てるように鞘伏は呼び直した。
「ねえ。やっぱりというか、前会った時にちょっとだけやった、あの丁寧な喋り方は何だったの? 今と全然違うけど」
「いやっ、まあ、その。あの時の言葉は嘘じゃないぜ? 確かに、口調は公の場用にしたけど。一応、真面目な話だったし、立場的にも公人だし。だけどよ! 逆に、常にあの口調だったらおかしくね?」
「いや、そんなこと聞かれても知らないけど」
「まぁ、大人には色々あるってこった! それこそ、この恰好もだ。前にも言ったが、俺は明日の剣術大会の主催者だから、この辺りじゃ特に、まあまあ顔が知られてんだよ。だからあんまり堂々と居ると、ちょっとばかし面倒くさかったりするから、仕方なくバレないようにこんな恰好をしてんだよ。分かったか?」
鞘伏は落ち着いた声色で話す。
「でも私、すぐ気付いたけど? 一回しか会ったことないのに。つまり、別に変装なんかしなくても、そんなに気付かれないんじゃない? アンタが気にしすぎなだけじゃなくて?」
「うるせぇ!」
「あぁっ!!」
マキがいきなり大声を出す。
「おまっ……! 聞いてなかったのか!? だから、大声を出すなって!」
「アンタ、そういえば! よくも私達を騙してくれたわね!」
「はあ!? 何のことだよ!」
鞘伏は周囲の様子を気にしながら、全く心当たりがないといった表情で説明を求める。
「とぼけるな! 剣術大会のことよ! あの時は、近くの町でやる感じで言ってたくせに、
「あっ。それは悪かった! だが、勘違いしないでほしい! 騙したわけじゃない! 俺もあの時は、現在地が良く分かってなかっただけだ! 現に俺はキセンに着いたばかりだ。何なら、あの時一緒にいたベイは遅えから置いてきたくらいだし」
「えっ、何それ。主催者なのにやばくない? 大丈夫?」
「うるせえよ! 主催者つっても、単に金出してるだけで、大して運営には関わってねえんだ。だから、仮に当日到着だとしても別に良いんだよ!」
「ふ~ん。つまり、準備もいらないし、今はただの暇人じゃん」
「おい、言い方! つーか、俺に対して友達感覚過ぎるだろ!」
「あぁ、そういえばお偉いさんでしたね」
「その言い方は嫌味しかねぇだろ! 全く」
鞘伏が大袈裟にため息を吐く。
「まぁ別に良いけどよ。ところで、キセンに来たってことは、依田の奴が剣術大会に出る気になったのか? 自分で言っといてあれだが、結構意外だぞ」
「依田……?」
マキは一瞬だけ頭を巡らせた後、ポンと手を叩いた。
「あぁ、依田さんね。はいはい。うーんと、剣術大会には依田さんじゃなくて、私が出る!」
「え!? お前が? さらに意外だ」
「あ、またお前呼びした!」
「もう良いだろ、そこは。第一、お前こそアンタ呼びを止めろよ! 一応、目上の人だぞ?」
「じゃあ、何て呼べば良いの? 目立ちたくない的なこと言ってたのに、普通に名前を呼べってこと? それでいいなら、この場で何回でも呼んであげるけど?」
「あっ……。そんなことより、お前はこんなところで油売ってて良いのか? 明日だぞ? そもそも依田はどうしたよ?」
鞘伏は早口で言葉を詰め込んだ。
……今、明らかに図星突かれて、話題すり替えたよね?
「今日の稽古は終わったから、今は自由時間!」
「え? 今って、まだギリ朝じゃん。終わるの早くね?」
「別に良いじゃん! 大事なのは時間じゃなくて内容でしょ?」
「それは確かにそうだ。にしても、さすがに早いとは思うけどな。まあ、お前の実力は知らねえから、自分で充分だと思うのなら別に良いけどよ」
「そんなことは思わないけど」
「正直、大した大会じゃないとはいえ、満足いくまで準備するに越したことはねぇぞ?」
「準備かぁ。大会のためというよりは、せっかく今は、しのっ……、依田さんが居ないから、その間に何かギャフンと言わせるような術を身につけれたらいいなぁとは思う。大会で披露出来たら理想かも」
マキは言いながら、じっと鞘伏を見た。
「そっか!」
「急にどうした?」
「よくよく考えたら、剣術大会のためにキセンに来たんだから、アンタとまた
「そりゃ、まぁ、そうなるわな」
「私は依田さんに秘密で特訓したい」
「そう言ってたな」
「大会は明日だから、今日が追い込み時」
「そうだぞ」
「で、今ちょうど依田さんが居なくて……」
「そうみたいだな。まあせいぜい頑張れよ。俺はそろそろ――
場を去ろうとした鞘伏だったが、動き出せなかった。マキが鞘伏の袖を、微笑みながら掴んでいた。
「私、良いこと思いついた!」
「へぇー、そりゃ良かったな……ん!?」
相槌を打ちつつ再び去ろうとした鞘伏だが、袖を掴む手は離されない。
「ねえ、私に付き合ってよ」
「はっ!?」
鞘伏のサングラスが傾いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます