第67話 発想の転換

 分身忍さんとの会話、本物に全部筒抜けだったんだよね……。終わった……。


 そよ風にも飛ばされそうな程、弱々しく立ちすくむマキ。目からは完全に覇気がなくなり、風に押されるようにして、ふらふらと歩き出す。


「どこに向かっている? 方角は分身が伝えていたはずだが?」


 音もなく、赤髪の忍がマキの真後ろに現れた。瞬間的に、マキは背筋をピンと伸ばして硬直した。振り向きたくない気持ちと戦いながら、カクカクした動きで振り向く。


「あ、あの、えっと。さ、さっきまでは会話は全部嘘で……。ほ、ほんとはそんなこと思ってないのに、場の感じでついぃぃぃ」

「さっさと戻るぞ」


 赤髪の忍はいつも通り起伏のない口調で告げる。


 お、怒ってくれぇぇぇ。むしろモヤモヤするからぁぁぁ。頼むから怒ってください! 怒ってくれないと逆にキツい……


 マキは思いを吐き出せず、モジモジしたり体をくねくねしながら、何事もなかったように歩き出した赤髪の忍の後を追った。






「わ、亘……、どうしたの?」


 マキは顔を引きつらせる。亘は路地裏の建物の壁にもたれ掛かり、体育座りで顔を伏せていた。西日に伸ばされた影が何とも悲壮感を漂わせ、思わずマキは顔を強張らせる。


 あ、あぁ、そういうことか。思っていたより稽古がキツくて、げんなりしているんだね、きっと。いやぁ、分かる、分かるよ。私も通ってきた道だもん。ちょっとかわいそうだよね。

 あれ、こういう時に使う言葉がさっき頭に流れたような……、『フォロー』だ! そうだ。フォローしてあげよう!


「ねぇ、ねぇってば!」


 マキが亘の肩を揺する。


「……ん? あ、あぁ、マキかぁ。なんだよ」


 亘は気の抜けた表情で見上げる。


「まあさ。大変だってことは私もよ~く分かるから! とにかくさ、めげずに、一緒に頑張ろ?」


 西日を背に、マキは髪を耳にかけ、手を差し出しながら屈み込んだ。亘は目を見開く。瞳は西日を反射して輝く。


「マキぃ、お前って、結構良い奴だよな! 俺と年近えはずなのに、面構えが違って頼りになるって感じ。まぁ俺と同じでボロボロだけど!」


 亘は屈託のない笑顔でマキの手を取った。


 ……こ、コイツ。


 マキは奥歯を噛みしめる。ぎこちない笑顔を作り、握られた手に血管を浮かび上がらせた。


「ま、まぁ。今日のところは許してあげる」

「はへ? 痛っ。なんか、ちょっと力強くね? だから痛いって! 放せよ!」


 亘はマキの手を振り払った。


 ……大会で対戦することになったら、悪いけどコテンパンにしてやる。


 後ろを向き、大袈裟に手を擦る亘の背中をマキは睨み付けた。






――亘を家に送り届けた後、マキ達は宿を探していた。


「この宿に決めた。とりあえず大会前日まで予約が取れた。文句はあるか?」

「文句って。ひどいなぁ。私、野宿以外で文句とか言ったことないですよ!」

「そうか」


 マキはじとっと赤髪の忍を見る。赤髪の忍の態度への不満はあるものの、宿自体は昨日泊まった処ほど豪勢ではなくとも充分であり、そこに対する不満は一切なかった。


「ホテルって言うんでしたっけ! 私もこういうお宿に順応していかないとです!」


 不満を心の隅へ追いやり、マキはこれから始まるホテル生活に心を弾ませながら、その日は眠りについた。



――翌日からのマキの生活は苛烈を極めるものであった。


 朝目覚めるとまず、必ず先に起床している赤髪の忍に頭を掴まれ、言語学習魔法を施される。魔力酔いに苛まれながら食事を取り、いつの間にか存在している赤髪の忍の分身と共に鍛練に赴く。

 夕方まで鍛練した後、毎度のように意気消沈気味の亘を軽く慰めながら家に送り届け、宿泊先に戻るとすぐ泥のように眠る。

 鍛練については、日を追うごとに動きのキレを上げ、言語学習魔法に気を取られながらも集中する術を身に付けつつあったが、分身に一太刀も浴びせることが出来ないまま、大会前日を迎えた。


「きょ、今日こそ! 分身さんには消えてもらいますからねぇ!?」

「そうか」

「ムッキィィィ! その余裕が腹立つぅー! 余裕ぶっていられるのも、今のうちですからねぇえっ!?」


 威勢が良いマキではあるが、動き出す前から冷や汗を流す。


 も、もう時間がない……。元々の話だと、分身を倒したらもう少し強くなった分身とまた稽古って話だったよね? 一回もそんな状況にならないんだけど。大会、明日なんだけど。

 私が悪い? 私が成長していない? それとも、実は毎日、ちょっとずつ分身を強くされてたとか、ないかな? そもそも分身は本物の何割ぐらいの力なの!? 五割ぐらいだったら嬉しいけど、多分現実はそんなに甘くない……。今日倒せなかったら、タイムアップ。……はぁ。無駄に言葉だけは覚えられたけど、なんて惨めなんだ。


 短刀を構えていたマキの腕が段々下に落ちていく。


 ど、どうすれば分身もとい、忍さんを出し抜けるんだ……。出し抜く、という発想自体が誤っているとか? 出し抜こうにも、忍さんの裏の裏の裏を読んでもまだ足りなさそう。そ、そうだ、そもそも無理な話だ! じゃあどうする!?


「いつまで動かずにいるつもりだ?」


 やばっ、ちょっと釘刺された――あ、これじゃない!?


 マキはいきなり、ポンと手を叩いた。


 私がやって、忍さんが絶対にやらない事。それは――だ!

 今の私みたいに、考え込んで動かないなんてことを忍さんはしない。なぜなら、その必要がないからだ。あの人は常に最善の選択を瞬時に実行できる。そう、効率が良いんだ! 効率が良い忍さんにとっては、何をするわけでもなくただ動かない私の心境なんて理解できないだろう!

 つまり!! 私が訳の分からない行動をすれば、わずかでも困惑するはず! それが唯一、完璧だからこそ唯一の隙を生み出せるかもしれない。そこに賭けるしかない!


「ようやく頭で考えがまとまりました! それはもう、ものすごぉ~い作戦です。覚悟してください」


 マキはニヤリとする。


「さっさとこい」


 分身は木の枝を生成し、構えた。

 マキは短刀を握りしめ、全力疾走で分身に迫る。


「行っきまっすよぉぉぉお!」


 マキは飛び上がり、短刀を振り下ろす、かと思いきや――短刀を明後日の方向に放り投げ、体を大の字に開き、無防備を晒す。

 目を見開いた分身の動きが一瞬、停まった。


「おりゃあああ!」


 大声を発したマキは、両手で掴みかかるような動きをする。

 分身は木の枝を自身の顔の前に構えた――


――バチンッ!


 マキはただ、分身の顔の前で手を強く叩いた。分身が反射的に瞬きをした時――


 マキは木の枝を掴んで少しずらし、分身の頭に頭突きした。

 確実に捉えた感覚を得てすぐ、分身は霧散するように消失した。


「や、やったぁぁぁ! 分身倒したぞぉぉぉ!」


 膝から地面に滑り込み、拳を突き上げて叫ぶマキ。目からは涙が一筋流れた。


 つ、ついにやった! 出し抜いた! 作戦が成功した!

 名付けて『無駄作戦!』。忍さんには考えようがない、見苦しく、無様で、無駄な行動が見事に効いた! そう! 予測を上回れないなら、下回れば良かったんだ! 自分で言ってて、ある意味泣けるけど! よくやった私! 凄いぞ私ぃぃぃっ!


 マキは再び、天に向かって叫んだ。

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