第24話 転機

「忍さん、今のは何をって、うぇぇっ!?」


 忍さんは火の玉が弾けるとすぐ、私の腰に腕を回した。


「行くぞ」

「え!?」


 忍さんは私の反応を待つことなく、いきなり空に向かって飛び上がった。


 えぇーーーっ!?


 さっきまで近くにあったはずの木がどんどん小さくなっていく。

 風でほっぺたが飛んでいきそう。目開かない! 息吸えない!


「速い速い! 怖い怖い怖い!! 降―ろーしーてぇーー!!」

「叫ぶな」


 忍さんが私の顔の前に手を向けたようだ。


「んんっ!?」


 何が起こったのか分からなかった。忍さんの手から何かが出てきたように思え、その見えない何かに顔全体が包まれたような感覚がしたと思ったら、口が開かなくなった。


「んんっ! んーんー!!」

「まだ喚きたいなら気絶させるぞ?」

「んっ……」


 感情的ではない、淡々とした口調がむしろ恐ろしい。

 感情のない圧に押し込まれ、おとなしく心の中だけで叫びまくった。


 結局、元いた場所が分からなくなるぐらい離れた林の中に着地した。足がふらつく。

 着地と同時に私の口を押さえる感覚はなくなっていた。


「ん、んんっ、ぷはぁーーー! 死ぬかと思ったぁぁぁ」

「そんなことで一々死んでいたら、何回死んでも死に足りないぞ」

「分かってますーっ!!」


 本当に死ぬかと思ったんだから仕方ないでしょ!


「さっき私の口が開かなくなったのも魔法ですよね!?」

「あぁ。あの少女にかけたものと同じ、幻惑魔法だ」

「本当に開かなくて焦りましたよ……」

「幻惑魔法はただのまやかしだ。催眠術とも言う。口が開かなくなると錯覚させるだけで物理的な力は何も働いていない。自分で勝手に口が開けないと思い込むだけだ。術者からすると実に憐れなものだ」

「最後の一言が余分すぎるでしょ」

「何か問題があるか?」

「…………いえ、なにも」


 ここのところ忍さんに押され負けてばかりだ……って、今に始まったことじゃない?


「ところで、あの場所で火の玉を放ったのは警志隊に知らせるためですか?」

「あぁ。存外近くに気配を感じていたから、今頃すでに現場にいるだろう」

「カオリちゃんがもう目覚めてて、戦闘になってたりとかしないですかね……」

「そんなこと知ったことではない」


 忍さんはどこまでも興味がないらしい。でもこれに関しては忍さんの対応は正解なんだと思う。私はカオリちゃんをどうすることも出来ないと判断したんだから。


「……忍さん、カオリちゃんの件については本当にすみませんでした」

「何を謝っているんだ?」

「私は自分で何も出来ないくせに助けたいだなんて。助けることの意味なんか理解していませんでした」

「人の気持ちなど俺には分からない。当然ながら何が正しいかもだ。だからこそ俺は依頼に基づいたことしかしない。ただそれだけのことだ」


 頭の中はまだモヤモヤしている。

 もしかしたらカオリちゃんは助けを求めていたのかもしれない。その場合はただただカオリちゃんを見捨てたことになる。そういう可能性があると思うだけでも罪悪感がすごくある。

 忍さんは私の選択を否定せず、正解を示さなかった。それは別に私に気を遣ってというものではない。何が正解なのか判断出来ないと言ったのだから。そう分かってはいるけど私の罪悪感は少し拭え、勝手に救われたような気分になった。

 この忍さんの考え方の全てが正しいとは思わない。きっと色々な経験をして導きだした、忍さんにとっての正しい選択なんだろう。だからこそ私は私の中で正解を探していくしかない。

 私は甘えていた。忍さんに甘え、物事を甘く考えすぎていた。これじゃあいつまで経っても私は変われない。もっと気を引き締めていかないと。

 私の中で意志が固まった。


「忍さん。これからどうしますか?」

「あの町に戻っても良いが近くに別の町がある。そこに向かう方が良さそうだ」

「だったら。行く前に稽古をつけてください!」

「ほう」

「賊の男達に絡まれた時、私は何も出来なかったんです。カオリちゃんがいなかったらどうなっていたことか」

「マキが自分から稽古と言い出すとは驚いた」


 表情は全く驚いていないけど。


「私はもっと強くならないといけないなって」

「ではその意気を汲もう」



――忍さんはすぐに私の稽古を始めた。



 …………。前言撤回!!


 もうムリぃ。忍さんは私の意気を私以上に汲んでしまっている!

 強くなりたいという私の言葉を、耐久性を上げたいという意味に履き違えたのかと聞きたくなるほど、今までにない強烈な攻撃を叩き込んでくる!


「忍さん……、私を殺すつもりですか……?」

「死んでいないだろ? 空を飛んだ時といい、簡単に死のうとするな」

「いや、そんな当たり前のように空飛ぶとか言われても」

「そうだな」


 おっ? 忍さんが素直に反応した。


「今の言い方だと鳥が空を飛ぶようなものと混同する。飛び跳ねたと言うべきか」

「いや、そういうこと言ってる訳じゃないんですけど……もういいです」

「そんなことはどうでもいいとして」


 あなたがおっしゃるとは。


「今回はやたらマキの動きが悪かったように見えるが、どうかしたか?」

「いつもより一段と攻撃が厳しいので」

「ん? そんなことでか?」

「……まぁそれも嘘ではないですけど。はぁ。絡まれた男に目の動きで行動が見抜かれたんです」

「なるほど。優秀な敵だ」

「だからなるべく目線を動かさないように意識したんですけど、かえってぎこちない動きになっちゃいましたね」

「あぁ。これでは動きがバレた方がまだマシだろうな」


 ……きびしっ。むしろその挑戦を評価してくれると思ったぐらいなのに!


「目線で敵に動きを悟らせないことも重要だが、逆に敵を撹乱させることも可能だ。まぁ意識すること自体は大事なことだ」


 えっ、あっ、嬉しい……。ちゃんと評価してくれた!


「えへっ。ありがとうございます!」


 辛辣なことばかり言う忍さんが評価してくれると本当に嬉しい! 今日は特にきつい稽古だったけど、これならやって良かった! なんか楽しい!


「そうとなれば意識しなくても自然に出来るくらい叩き込まないとな」

「そうですねぇ~…………って、はい?」

「さぁ続きを始めるぞ」

「……はい」


 楽しい気持ちは一瞬で打ち砕かれ、今日は日が暮れるまで稽古が続いた。

 骨とか砕かれたんじゃないかと思うほどボロボロにされた状態で町に行く羽目になった。

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