第44話 錯乱

「そういえば剣術大会ってどこでやるんですか? 私はちゃんと聞いていなかったので」

「さあな」

「えっ……」


マキの思考が一瞬止まった。


「えっと……、じゃあ私達は今どこに向かっているんですか?」

「とりあえず近くの街を目指している」

「とにかく街に行ってみようということですね! まぁさっきの話からして、ここからそんなに遠いところじゃなさそうですしね! 良かった、良かった。忍さんはこの先に街があることは分かっているんですね!」

「いや、なんとなくだ」

「えっ」


 またマキの思考が止まる。


「ちょっと待ってくださいね」


 マキは奥歯を噛みしめると、右手に力を入れた。


――パッシーーンッ!


 いったぁぁぁっ!


 マキは自分の右頬を強烈にビンタした。頬にはくっきりと手の痕が浮かび上がる。


 いたっ……、やっぱり夢じゃないよね。


「どうした急に? 気が触れたか?」

「ちっがいますよ!! 気が触れたとか失礼な!」


 涙目で赤く腫れた頬をさすりながらマキは赤髪の忍を睨んだ。


「そうか」

「いや、あの……、私がほっぺた叩いた理由を聞いてくださいよ!」

「なぜだ?」

「えっ。その『なぜだ』はどっちのなぜだですか!? 素直に理由を聞いてくれたんですか? それとも聞く必要性に疑問を持ったんですか? って、そんなのどっちでも良いか! 理由を聞いてくれないと本当に気が触れた感じになっちゃうからですよぉ!」

「触れていたのではないのか?」

「だから触れてませんて! なんでそこだけ意固地なんですか! なんかさっきから忍さんが、らしくないようなことばかり言っている気がしたので、てっきり夢かなって思ったんですー!」


 赤髪の忍はじーっとマキを見る。


「そういうのは大体、軽く頬をつねるとかではないのか?」

「あっ……」


 私、思いっきりぶっ叩いてたー。まさか忍さんからつっこまれるとは……。私おかしくなった? もしかして本当に気が触れている!?


「んんっ」


 一度仕切り直すよう、マキは咳払いをした。


「まぁそんなことはいいとして、忍さんらしくない問題ですよ!」

「さっきから何を言っているんだ?」

「うっ……。なんかいつもより刺さってきた。だって、忍さんが場所分からないとか言ってて、なんかいつもと違って歯切れが悪いな~って思ったんですぅー!」

「マキは俺を何だと思っているんだ?」


 ……悪魔?


「んー、まぁ、何でも出来て、何でも知ってる~みたいな?」

「そんなわけがないだろう」

「むっ」


 悪魔ですよとか言ってやろっかな!? ……でもやっぱり怖いから止めとこう。悪魔だし。


「そもそも俺はこの国の人間ではないからな。知らなくても無理はない」

「忍さんもちゃんと人なんですねぇ。安心しました」

「どういうことだ?」

「いやっ、なんか忍さんは人間味がないというか。まるで造られた人間って感じがしちゃうんですよね~」

「まあそれはあながち間違ってはいないが」

「えっ?」

「この辺りは過去に来たことがないから地理が――

「えぇ! ちょ、ちょっと!!」


 え!? 造られた人間というのが間違っていないことについての疑問がぬるっと流されてる!? なに、焦らしているのか!? すっごく気になるんだけど。


「なんだ?」

「いや、あの……」


 マキは思考を巡らせる。


 忍さんの過去に繋がる話……。とてつもなく気になるけど、どうせはぐらかされて教えてくれなさそうな感じが半端じゃないな。


「……まぁ良いです。続けてください」

「この辺の地理は把握出来ていない。一度通れば覚えられるが」


 分かってはいたけど本当に普通に続けるよね~。しかもなんか最後さらっと自慢入ってない? いやでも違うか、忍さんだし。ただ事実を述べただけって感じか。


「剣術大会がどこでやるかも分からないし、いつやるかも分からないですよね?」

「そうだな」

「……それなら鞘伏って人にもう一回聞きに行く方が良いんじゃ? さすがにまだ近くにいるでしょうに」


 赤髪の忍が急に歩みを止め、マキをじっと見た。


 えっ!? なに!? 私なんかマズイこと言った!?


「え、えーっと……。だって、そうじゃないですか!? 鞘伏さん達ならまだすぐに見つけられそうじゃないですか!」


 怒ってる!? 怒ってるのか!?


「それは確かにその通りだが」


 あ、良かったぁ。怒っているわけではなさそうだ。だけど……


 マキはいまいち腑に落ちない様子で眉間にシワを寄せる。


 わざわざ歩くのを止めた理由とは……。なんとなく察しはつくけど。「お前にしてはまともな意見だ~」とかそんな感じだろう。あくまで小馬鹿にする感じの。それくらいじゃないと止まった理由の説明がつかない。自分でそこに気付いてしまうあたり、ちょっと腹が立つけど。


「そうでしょ、そうでしょうとも」


 マキはとりあえず相打ちし、次に発せられるである言葉に備え、眉間にシワを寄せたまま目を背けた。


「だが、その手段はなるべく使いたくない」

「ん?」


 少し困惑し、マキの力んでいた表情が緩まった。


「なぜです?」

「鞘伏は警志隊の総統だ。可能な限り接触は避けたい。忍であると判明すれば面倒なことになりそうだからな」

「え? でも鞘伏って人は忍さんが偽名を使ってたことには気付いていたんですよね?」

「あぁ。そうだろうな」

「だったら良いんじゃないんですか? 気付いていても何もしてこなかったんだし」

「鞘伏が何もしなかったのは、単にあの場でマキがいたからだと思われるが?」

「へっ??」


 マキの目が点になる。


「え? 全然意味分からないんですけど……?」

「マキは鞘伏に対し散々文句を垂れていただろ?」

「文句って……」

「特に、警志隊の代わりに俺がマキを助けたとまで言っていた」

「まぁ、それは事実ですからね」

「そこまで言われて、あの場で、しかもマキの目の前で俺を捕まえようとするようなやつではないということだろう。おおよそまぁ、明確に正体を掴むまでは見逃すという感じだろうな」

「な、なるほどぉ!」


 そうか。やっぱりあの鞘伏って人は良い人なんだろうな~。……というか、忍さんってそういう心情とか汲み取れる人なのね……って、あれ? じゃあ何で私の心に対する配慮はないの!? きっと汲み取れてはいるってことだよね? 単純に無視? 無視なの!?


 感心と困惑が入り混じっているマキを赤髪の忍は不審そうな目で見る。その視線に彼女はすぐ気付く。


「え? な、何ですか!? 何か顔に付いていますか?」

「マキは狙ってああいうことを言ったのではないのか?」


 はい!?


「えぇ!? そんな訳ないじゃないですか! あれは普通に本心を言っただけですけど」

「そうだったのか。てっきり鞘伏の性格を見抜いての意図的な発言かと思っていたが」

「いや、そんな訳ないでしょ……」

「そうか」


 何その嫌な方向への買いかぶり方は。もしそうだったとしたら、私どんだけ小賢しいのさ……。そんな子だと思っているの?

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