【~更新お休み中~】斬忍 ~ココロヲキルモノ~
モブリズム
第1章 出会い
第1話 赤髪の忍
――あの日。今までの人生の中で最も暗く沈んでいたあの日。私の人生は大きく変わった。
あの日は朝から暗い気持ちだった。いや、そもそもずっと前から元気ではなかった。
性格は昔から明るかったと思う。お母さんとお父さんと三人。農家である私達は貧しかった。でも笑顔で暮らせていたんだ。
生活が狂いだしたのはお母さんが亡くなってからだ。それからも私は明るく振舞った。だけどそれはただ無理をしていただけだった。何とかして笑顔を作った。私が明るくすることでお父さんを、明らかに変わってしまい家を空けることも多くなったお父さんを笑顔にしたくて、引き留めたくて。それなのに、私は……
あの日、私は山菜を採りに行っていた。食料にそれほど困っていたわけではない。自分の分は少なくたって構わなかったけど、もしかしたらそろそろ帰ってくるんじゃないか……、という淡い期待をしていたんだ。
暗い気持ちに鞭を打って、ボロボロの竹かごにいっぱいの山菜を詰めた帰り道。脆くなっていた私の心はへし折られたんだ――
あの時はぼーっと歩いていた。
普段はもっと脇道を使うところ、心も体も疲れていたせいか、全く気が回っていなかった。そして、道の真ん中を歩いてくる、横にも縦にも大柄な男のことも特に気にしていなかったんだ。
その男とのすれ違い際だった。いきなり頬を殴られた。
採ってきた山菜は散乱し、男によって無残にも踏みつぶされた。
倒れた私の両手を固く縛った男は、後ろを付いてこいと言ってきた。
応じるしかなかった。
簡単な話だ。体格が違う上に、男は刀を差している。歯向かえばすぐ殺されていただろう。最初から選択肢なんてなかったんだ。
「博打で派手に負けて困ってたんだ。お前を売り払えば多少の金にはなるだろ?」
聞いてもいない動機を聞かされた。
武人の国と呼ばれ、武術に秀でた人が優遇される
武人達は私達弱者を見下し、私利私欲で力を振るうだけ。こんな奴らの食料のために私達は働かされ、その上蔑まれるだけの存在だなんて、なんて残酷なんだろう。まぁでもしょうがない。結局、私のような弱者は強者に抗う術がないんだから。これが現実だ。
殺される覚悟で抗う? それとも売られてでも生きていく? でもそれは生きているって言えるの?
結局、何も出来ずに私はただ自分の影をぼんやりと眺めながら男の後ろを歩いていた。
前の方から何やら話し声が聞こえてきた。少し顔を上げると、二人組の武人らしき男達が歩いてくるのが見えた。男達がこちらを見ている様子はなかったけど、私は微かに希望を抱いてしまったんだ。
下手をすればこの男に殺されるかもしれない。それでも…………
意を決して声を絞り出した。
「お願い! 私を助けて!」
……必死な私の叫びは彼らに届かなかった。
男達は目を向けることすらなく、ただ横を通り過ぎていったんだ。
なんで? なんで助けてくれないの? 助けようと思えばできるはず。それだけの力があるはずでしょ!?
まるで理解出来なかった。
「無駄だぜ? わざわざお前みたいな貧民を助けようとする物好きなんていねぇよ。生まれた時点で負け犬なんだから死ぬまで負け犬に決まってんだろ」
男は嘲笑うように言い放った。確かにその通りかもしれない。
……もういいや。余計なことを考えるから辛くなるんだ。
私の中で何かがプツンと切れた。
少し経ってからまた一人、武人らしき男が歩いてきた。長身で小綺麗な黒の着物を着た赤髪の男。ボロ雑巾のような汚れた服に残りカスのような食事で飢えを凌ぐ私とは明らかに身なりからして違う。
その男もさっきの武人達と同じで私に目を向ける様子はない。
武人達は私達を同じ人間だとは思っていないんだろう。そもそも存在自体が目に映らないのかもしれない。
おかしいな。まだ陽は沈んでいないのに、なんでこんなに真っ暗なんだろう。
武人は嫌いだ。
この国が嫌いだ。
この世の中が嫌いだ……
――赤髪の武人とすれ違った瞬間、目の前で何かが光った気がした。
その直後、私は目を疑った。
あぁぁぁっ!?
私を連れていた男が突然絶叫し、崩れるようにその場で倒れたのだ。男は両足首を手で押さえ、その手はみるみる赤く濡れていく。
何が起きたのか分からなかった。
男はすぐに意識を失った。男の足首を見ると、腱のところに深い切り傷が刻まれていた。それどころか、いつの間にか私の両手を縛っていた縄も切られている。
目の前に人が血を流して倒れているのに、私は不思議なくらい落ち着いていた。普通なら気が動転してもおかしくないはずなのに。
「この男はもう自力で立つことはできないだろう。武人としてはもう無理かもしれない」
立ち止まった赤髪の武人は、私に目を向けることもなく淡々と言った。
「……なんで?」
すっと口からこぼれた。
「あなたは武人でしょ? なんで私なんかを助けたの?」
赤髪の武人が私に目を向けた。
彼の瞳は光を閉じ込めてしまいそうなほど深く暗い色をしていた。同情して助けてくれたのかと思ったけど、そうではなさそうだ。同情どころか何一つ感情が伝わってこない。
「俺は武人ではない。ただの忍だ。あと、俺はお前を助けてなどいない」
忍? 確かお金で動く、小細工が得意な何でも屋だったっけ。本で読んだことはある。武人からは信念がないとかで蔑まれているんじゃなかったかな。
忍であることは分かった。だけど『助けていない』という言葉の意味が分からない。
「助けていない? それはどういう……?」
「忍とは報酬に基づき依頼をこなすだけの存在。その男はまだ生きている。死んでいない以上、お前はまた襲われるかもしれない。つまりまだお前が助かったとは言えない。お前に報酬は期待できない。故に助ける理由はない」
ますます分からない。私には忍に何かを依頼出来るようなお金はないし、それはこの人も分かっている。でも実際にこれは助けてくれたとしか思えない。
「俺はもう行く。お前もせいぜいこの男が起きないうちに逃げることだな」
赤髪の忍は私に背を向けて歩きだしてしまった。
その時、思わず私は彼を呼び止めてしまった。
「あ、あの……。私に強くなる方法を教えてくれませんか!?」
突拍子のない発言に自分でも驚いた。もしかするとこの機を逃してはダメだと、私の中の何かがそうさせたのかもしれない。
赤髪の忍は立ち止まり、無言で私を見る。
「私は変わりたい。力がほしいんです! お願いします!」
どんどん気持ちがあふれてきて止まらない。すがるように手を合わせた。
「私からの依頼として受けてもらえませんか? 今お金はないですけど、一生かけてでも払いますから! なんなら、からだ――
「変わりたいとお前は言ったが、何のために力を求める? 殺したい相手でもいるのか? それとも世の中への復讐か?」
赤髪の忍は私の言葉を遮るように聞いてきた。
頭で考えなんてまとまらない。だけど勝手に口から言葉が出てくる。
「……私はこの世の中が大っ嫌いです。力がなきゃ何もできないから…………いや、違う」
言いながら私は気付いたんだ。
「私は、私が大嫌いなんです。不満を言うだけで勝手に諦めて、何も変わろうとしていない」
ずっとモヤモヤしていた。きっとこれが今まで目を背けていた本音なんだ。
「でも、力がなければ何も変われないのは事実だから。武人達のような、弱者をいたぶるだけの理不尽な力に屈したくない。誰かが困っているならその人だって助けてあげたい。それができるだけの力がほしいです。でも私は無力で、強くなる方法も知らないから……」
赤髪の忍は表情一つ変えることなく私に背を向けてしまった。でも、歩きだす前に聞こえてきた。
「ひとまずここは離れた方が良い。来るならついて来い」
平坦な声色だったけど、その言葉はほんの少しだけ優しく聞こえた気がした。
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