第2話 いきなり実戦!?
私は赤髪の人の後ろを付いて、とりあえずその場を後にした。
今思えば、倒れた男を放置したままで良かったのか?と思うけど、その時の私はまだまだ正気とは言い難い状況で、考える余裕がなかった。無理もない。あの時の私はどん底状態から一条の光が差した状況ではあったけれど、今までの無理のツケが一気に押し寄せ、どっと疲れが溜まっていた。助けられたとはいえ、緊張の糸は解れておらず、多分冷静ではなかったんだ。
しばらくは無言で歩き続けた。道中一切話しかけることはなく、私も話しかけようとする気にはなれずにいた。だからその距離感はありがたかった。
少しして、別に痺れを切らした訳ではなかったと思うけど、どこか行く宛てはあるかと聞かれた。私の家からそれほど離れていなかったこともあり、「家に」とボソッと答え、それからは私が先導した。
またしても会話せずに歩き続け、家に着くころにはすっかり日が落ちていた。
家の目前まで来たところで、赤髪の人は「明日の朝にまた来る」とだけ言い、どこかへ行ってしまったんだ。家に招く予定だった私は少し戸惑ったけど、私が言葉を発する暇さえ与えられなかった。それが気遣いだったのかは分からないけど、よくよく考えたらお父さんがいる可能性もあったんだ。結果的にはいなかったけど。
誰もいない家に入ってすぐ、私は倒れ込むようにして横になったっけ。安心したのか、一気に気が抜けたんだ。
暗くても隙間が空いていることが分かる土壁と、夜目でもわずかに見える、雨水か動物の糞尿かで染みのついた天井を遠目に眺めながら、ご飯を食べる余裕もなく、瞼の重みに耐えられなくなっていった。
だけど、完全に意識が無くなりかける寸前でハッとした。それまで気付かなかったんだ。赤髪の人から名前を聞いていなかったことに。
なぜ急に気付いたのか。視界が暗くなっていく中で一気に不安に駆られたんだ。
赤髪の人に出会う直前は、正直生きた心地がしていなかった。だから私にとってあの人は窮地を救ってくれた命の恩人だ。そんな人の名前を聞かず、「また来る」と言ってくれたとは言え、目の前からは居なくなってしまった状態だ。もしこのままどこかへ行ってしまっていたら……、というどうしようもない恐怖に襲われた。
暗い家に一人。増大する恐怖にどうすることも出来ずそわそわしながら、でも襲いかかる眠気には抗えなかった。
――だけどその不安はすぐに解消されたんだ。
マキはどこか遠くから響く鳥の鳴き声で目覚めた。
不安に包まれながら眠りに落ちたため、気持ちの良い目覚め、ということはなかったが、昨日に比べれば多少落ち着いていると彼女は気付く。
それでもややそわそわしながらも、とりあえず干した古米を口に含んでお腹を満たす。良く噛む必要があるおかげで、少量でも満腹感を得られ、目も冴えてきた。
食事を済ませ、家を出てすぐの井戸で顔を洗っていたところに赤髪の忍が現れた。
「えっ?」
音もなくいきなり現れたことに戸惑いを隠せないマキだったが、まずは昨夜抱いた不安を解消させるため話しかけようとする。だが彼女は昨日赤髪の忍に助けられた時のような、自然と言葉を発せられる感覚がなく言葉が喉に閊える。それでも何とか絞り出した。
「あ、あの。あなたの名前を、教えてくれませんか?」
尋ねる声は細く、少し震えていた。
マキとしては笑顔を作ったつもりでいたが、彼女の口角は上がらなかった。彼女が想像していた以上に、昨日の出来事が、それまでの苦悩が重くのし掛かっていた。
「忍に名など不要だ。好き勝手に呼べば良い」
赤髪の忍は特に寄り添う様子もなく、ただ淡々と言った。マキは笑顔をし損なった無表情のまま戸惑う。
考える余裕はなかったが、何か言わなければという思いに急き立てられたマキは何とか捻り出す。
「じゃ、じゃあ、
またしてもマキとしては笑顔を浮かべたつもりだったが、表情は固まったままであった。
「そのままだな」
赤髪の忍がボソッと呟く。その言葉を聞いたマキは呆然とした。
……え、でも好きに呼んで良いって言ったのはあなたでは……?
言葉を失うマキだったが、ふと不思議な感覚を覚えた。
あ……れ?
思わず頬に手を当てハッとするマキ。
マキの口角は彼女の意を介さず、少しだけ上がっていた。つまり、マキは自然に笑っていた。マキはそこに驚きを隠せない。その感覚は彼女にとって久しぶりのものだった。
今のこれは……苦笑い、だ。でも、確かに笑えたんだ。自然に。普通に……
マキの目が少し潤んだ。
「これからお前に剣を教える」
「……えっ?」
感慨に耽るのも束の間、そんなマキに一切気を遣う様子がない赤髪の忍の言葉に、彼女は動揺を隠せなかった。
「あ、えっと。いきなり、それは?」
「力が欲しいのではなかったのか?」
「あ、それは、たしかに」
「なら、ついてこい」
「あっ、えっ、……はい」
赤髪の忍が作り出す一方的な波に飲み込まれるマキ。それから彼女の翻弄される日々が続くことになる。
赤髪の忍の言うがままに従い、マキは人気のない林に連れ込まれる。
「これをやる」
赤髪の忍はいつの間にか手にしていた、長さが手の先から肘までくらいある黒色の細長いものをマキに向かって投げた。
驚く間も与えられないまま、マキはそれを両手の平の上に何度か跳ねさせながら何とか受け取った。
いきなりのことにおどおどしながらも、マキは黒色の長細いものに、端から拳二つ分ほどの位置に切れ目があると気付く。気になったマキはその切れ目からみて短い側を右手に、長い側を左手で握ると、それぞれを反対方向に引っ張ってみた。
ひぃぃぃっ!?
ギラリとした光沢がマキの目に映る。赤髪の忍が投げ渡したものは短刀だった。ギラギラとした鋭利な刃を見て、マキはしっかりと顔を引きつらせる。彼女の右手は短刀だと分かるや否や、震えと共に一気に湿り気を帯びた。
「こ、こんなの頂けません。私は、のっ、農民ですから。もし持っていることが知られたら……」
「バレなければ良いだけだ。仮にバレたとても、その時は黙らせば良い」
「えっ……」
マキは口をあんぐりとさせた。
唖然とするばかりのマキは表情豊かとは言い難くとも、自然と感情を顔に出せるようにはなっていた。
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