第3話 厳しい指導
「まずはその短刀の扱いに慣れることだ。実戦で覚えるのが最も効率が良い。とりあえず今から俺を殺す気でかかってこい」
「……え? い、今なんて?」
きちんと聞こえたはずの言葉をマキは聞き直す。
「聞こえなかったか? 殺すつもりでかかってこいと言った」
マキはわざわざ聞き直した赤髪の忍の発言が聞き間違いではなかったことに戸惑う。
「い、いきなりそんな……。よ、よく分かりませんけど、こういうのはまず構え方とか、そういうことからじゃないんですか?」
尋ねるマキの声には怯えが滲み出ている。
「そんなことはどうでも良い。俺の剣に流派などはない。故に持ち方や構えも定まっていない。そもそもそんなものに価値も見出だせない」
赤髪の忍は淡々と語る。
「確かにムサシにはいくつも剣の流派がある。だが、俺から言わせれば流派なんてのはただの美学としてのものだ。どうでもいい。構えが良ければ敵を斬れるというわけでもない。俺が教えられるのは斬るための剣だけだ。分かったら、さっさとかかってこい」
「ひっ……」
強い口調ではないが、抗いようのない圧を感じたマキは、刃先に最新の注意を向けながら走り出す。が、走り出して数歩でマキは立ち止まった。
「どうした? なぜ止まった。早く来い」
「だ、だって……」
見開いた目をピクピクさせるマキの前には、凶器を手にした彼女が走り出しても一切動かずに佇む赤髪の忍の姿があった。
「な、なんで忍さんは一歩も動かないんですか。わ、私は、刃物を持っているんですよ?」
「動く必要がないからだ」
「も、もし本当に当たってしまったら、その、危ないじゃないですか」
「だからそのつもりでやれと言っている」
「で、でも……」
赤髪の忍はわざとらしくため息をつく。
「そもそもお前ごときが振り回したところで当たるわけがないだろう。自惚れるな」
「そ、そんなつもりじゃ……」
「強くなりたいという言葉は出まかせだったのか?」
赤髪の忍の言葉を聞いたマキは目を見開いた。
「この程度のことも出来ずに強くなれるのか? ままごとに付き合うつもりはない。お前が出来ないのならばそれまでだが、そうであれば俺がお前に教えられることはない」
マキは顔をしかめた。
「……分かりました。やります」
言葉に覇気はないものの、マキは決意を固めるよう、少し震えながらも短刀を強く握った。
これはただの包丁、細い包丁、細い包丁。……よ、よしっ。
刀の柄を額に近付け、目を閉じて念じたマキ。目を見開くとすぐ赤髪の忍に向かって走り出す。
忍さんは丸腰だ。本当に当たりそうになればちゃんと避けるはず。とにかく言われた通りにやるしかない。
マキは走りながら、円を描くように腕を体の後ろから大きく回した。
赤髪の忍は目前まで避ける素振りを見せず、短刀がマキの頭の上を通り過ぎた辺りで左腕を顔の前に差し出した。
なっ!? このままじゃっ……
短刀が腕に当たる寸前で、マキは右手を何とか制止させた。赤髪の忍にぶつからないようマキは方向転換しようとし、体勢を崩してしまい転ぶ。だが、すぐに立ち上がると、目を見開いて赤髪の忍に詰め寄った。
「なっ、なんで避けないんですか! い、今のは本当に危なかったですよ。私の反応が少しでも遅れてたら腕切っちゃってましたよ! さっきは当たるわけがないって言っていたじゃないですか」
右手をぶるぶると震わせて動揺するマキとは対照的に、赤髪の忍はゆったりと左腕を下ろした。
「お前は初めから避けさせる前提だっただろ? だから試した」
「なっ……」
「走りの勢いと大袈裟な腕の動き。虚勢を張り、敵を萎縮させる効果は期待出来るのかもしれない。作戦としては悪くない。だが、斬るつもりが一切ないと見え透けていた。それでは意味がない」
赤髪の忍は冷静に問い詰める。
……そこまで見抜かれていたなんて。
マキの額から冷や汗が落ちた。
「どのみちお前の力では骨まで斬れることはない。お前は弱い。まずはそれを自覚しろ。弱いお前が斬る覚悟もなく剣を振ったところで誰も斬れない。強くもならない。形だけでは何も変わらないぞ」
少し怪訝な表情をしたマキ。
私はバカだ。確かにこんなんじゃ何も変わらない。
マキは深呼吸して短刀を拾い上げた。右手の震えはもう収まっている。
「もう一回!」
先程よりも勢いをつけて走りだしたマキは大きく振りかぶり、左足の着地と同時に右上から短刀を振り下ろす。
やぁぁぁあ!!
マキが動き出しても微動だにしていなかった赤髪の忍は、刃が肩に触れる直前で少しだけ上体を反らしてマキの一振りを
空を切った右手の勢いにつられ、マキは体勢を崩しそうになる。
くっ、
ふらついたマキだったが、勢いにつられて前に出た右足で踏ん張ると、
赤髪の忍は少しだけ目を見開いた後、素早く後ろに下がり
「今のは少し驚いた。てっきり体勢崩して終わりかと踏んでいたが、予想外の動きで反射的に後退してしまった」
鮮やかに
――褒められたんだ!
少しの安堵と充実感はマキを自然と屈託のない笑顔にさせた。
「さっきの動きは悪くなかった。だがその短刀は片刃だ。峰打ちでは仕留めきれない。手首を返すか、持ったまま反転させてから振るべきだ」
「……」
称賛に浸る時間をほとんど与えられず、容赦のない指摘をされ、マキはいきなり梯子を外されたような気持ちに陥る。
き、厳しい。私、今日初めて短刀持ったんだけど……。正直さっきのは機転が利いて、私すごくない?って、ちょっとは思ったのに。
口には出さず、ただその不満を訴えるようにマキはジトっと赤髪の忍を見つめるが、彼は特に気にする様子がない。
「では、今のを踏まえてもう一度かかってこい。ちなみにさっきと同じ動きはもう通用しない」
「は、はい……」
根負けしたマキは不満を押し殺し、少し渋い顔色ではあるものの再び短刀を構えた。その表情にはすでに不安の色は混ざっていなかった。
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