第33話 見通す力
意識を失い倒れかかるアヤメの頭を抱え、赤髪の忍はゆっくりとその場に寝かせた。
「あ、アヤメちゃん!?」
「はぁっ!? お前一体何をしたぁ!?」
あぁ、うん。多分幻惑魔法で落としたんだな。
マキだけは冷静だった。
山賊達はアヤメという強力な用心棒が無力化されたことにざわざわし始める。
「うるせぇぞお前らぁ!! こっちにはまだ人質がいるんだぞ!」
無精ひげの男が声を荒げた。
「おい! 赤髪の!! あの女に何をしたぁ!? こんなことしてどうなるか分かってんだろうなぁ!?」
赤髪の忍はゆっくりと立ち上がる。彼の表情はマキも予想していたがすでに元に戻っていた。
「この女に剣は向いていない。このままでは埒が明かないから眠らせた」
「はぁ!? 何言ってんだお前? お前もアヤメの腕を見たろ? こいつは甘いが剣の腕だけは本物だ。まだまだ役に立ってもらわなきゃ困るんだよ!」
「やはり解放する気はなかったか」
「ったりめぇだろうが! こんな便利な奴、使わねえ手はねえだろ」
「この女は大切な者を救うためですら、敵を斬ることの出来ない程に脆弱な奴だ」
「それでも蹴散らすだけなら十分使える。そもそもお前は他の派閥か何かの雇われだろ? なぜアヤメを殺さない?」
「俺は山賊の雇われではないからな。殺す理由がない」
「んだと? じゃあ何が目的だ!」
「どれだけ才能があろうとこういう奴は人を斬れない。だから汚い仕事は俺が代わろうというだけだ」
「はぁ?」
「光があれば影があるように、人にも日なたで生きるべき者と俺やお前らのように日陰で生きるべき者がいる。そうは思わないか?」
「は? 何の話をしてやがる?」
ん? 忍さん何か変じゃない? さっきからめっちゃ喋ってるけど。そんな喋る人だっけ? しかも意味分からないし。
マキは怪訝な表情で観察を続ける。
「この女は日なたで生きるべき人間だ。綺麗事しか出来ないような。そういう奴は手を汚すべきではないし、そもそも手を汚すこと自体出来ないだろう。だからそういう奴が日なたで生きられるよう、綺麗事で済むようにしてやるのが日陰者の役目だと俺は思っている」
「……なんじゃそりゃ?」
ハッ!!
これってもしかして、忍さんは隙を作ってくれているんじゃ!? 今、山賊達は訳の分からない話に困惑して足は止まっているし、視線は忍さんに集中している! 今なら気付かれずに岩までは行けるはずだ。この機を逃しちゃダメだ!
マキは足音に気を付けながら一気に岩まで走る。
「そう思わないか、マキ!」
赤髪の忍は走るマキに向けて少し声を張った。
「はっ!?」
その場にいた者の視線が全てマキに集まった。
「はぁっ!?」
マキも大声を上げた。
えっ、なんで!? あ、私これ死んだわ……いやいやまだ諦めるな! でも一体何を考えてるんだ忍さんは!? なんでわざわざ私がいることをバラした!?
無精ひげの男はマキを見て血相を変えた。
「テメェ、どこに隠れていや……ぐはぅぁ!?」
無精ひげの男の背中を風の刃が切り裂いた。赤髪の忍はすぐ立ち位置を横にずらし、再度風の刃を飛ばす。
ユリの一番近くにいた男が構える間もなく倒された。
あっ、これはまさか……、完全に囮にされたんだ。
マキは虚ろな目をした。
というか…………多分最初から囮にするつもりだったんだな。
ゆ、許せない! なぜ私に黙っていた! そりゃあ多少は抵抗しただろうけど、にしてもさすがにひどい!
一発だけ、一発だけでいいから殴らせて!
赤髪の忍の猛攻を目の当たりにし戦意喪失しつつある山賊達と対照的に、マキは涙目ながら彼を睨み付ける。しかし彼は一切気にすることなく淡々と風の刃を飛ばす。
「あの男はまずいぞ!」
「俺たちじゃ勝ち目がねえ。ずらかるぞ!」
司令塔である無精ひげの男が倒されたこともあり、残った山賊達はユリを放置して一目散に逃げていく。
あ~、良かったぁ~。とりあえず助かっ――
山賊達の逃亡により戦闘が終わったと思い安堵していたマキの横を猛烈な速度で赤髪の忍が過ぎていった。
ま、まさか。
何かを察したマキはすぐに耳を押さえた。ユリの方に目をやったが彼女は先ほどから耳を押さえてうずくまっていた。
よしっ。とりあえずユリさんにも影響ない。
直後、森の方から山賊達の断末魔が轟いた。
悲鳴を完全には防ぎきれず、マキは俯いたまま渋い顔をした。
……やっぱり忍さんは悪魔だ。
赤髪の忍は断末魔が途絶えるとすぐに戻ってきた。
「あの。山賊達は……」
「言わなければ分からないか?」
「いえ……」
「であれば依頼はこれで終了だ。さっさと行くぞ」
「え? でもアヤメさんはどうするんですか? 起きるまで一緒にいましょうよ!」
赤髪の忍はマキを無視してユリの前まで来ると檻を一太刀で破壊した。
えっ、すっご! あんな簡単に斬れるのね。
マキは刀の切れ味に驚く。ユリも突然のことに動揺している。赤髪の忍は無表情のままユリに目を向ける。
「俺達はすぐに消える。この女はまだしばらくは起きないだろう。後は任せて良いか?」
「えっ? あ、はい。分かりました」
ユリは未だ動揺を隠せない様子だが、すぐに去ろうとした赤髪の忍に声をかけた。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「助けていただいてありがとうございました。ど、どうして助けてくださったのですか?」
「依頼された。ただそれだけだ。俺達のことは忘れろ」
赤髪の忍は背を向けたまま言った。
「あ、ちょっと待ってくださいよ~! あ、あの。ちなみに私はぜひアヤメさんとゆっくりお話しとかしてみたいので、また会うことがあるかもしれませんし、私のことだけは忘れずに伝えておいてくださいねー!」
「は、はぁ……」
赤髪の忍を追いかけながら早口で言ったマキにユリは少しきょとんとした。
――マキ達は元来た林を歩いていた。
「忍さん! なんでアヤメさんが起きるまで待たなかったんですかぁ。絶対話したいこととかあったでしょうに」
「特にない」
「またまた~」
「ただ、あの女を見て改めて分かったことはある」
「なっ、なんですか!?」
「やはり俺は可能な限り人には関わらない方が良い」
ん? なんでそうなった?
マキには全く理解できなかった。
「どういうことですか?」
「俺と関わると
「そうですかね?」
若干分からなくもないけど……。いや、まあ感謝はしていますけどね。
「そんなことより、今回初めての依頼としては悪くなかったんじゃないか? 中々の囮っぷりだった」
「あぁ!!」
マキの中で一気に怒りが込み上がった。
「そうでした! 私を最初から囮にしようとしていましたよね!? しかも事前に言わずに!!」
「あぁ。そんなことぐらい分かっていると思ったからな。実際、わざわざ言わなくても分かっていたじゃないか?」
「えっ? ま、まぁ。そんなことぐらい、とっ、当然お見通しでしたよ!? 見くびらないでください」
あれ? なんかまた丸め込まれた?
褒めたのかどうか分からない赤髪の忍の言葉であったがマキの怒りはすぐに鎮めさせられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます