第34話 追憶

――昔、私は剣を教わった。


 あの日のことを私は鮮明に覚えている……はずなんだ。


 私がまだ小さかった頃、村に盗賊が入った。色んな意味で生活が一変した日。

 それまでは剣と全く無縁の生活だった。

 両親は大分前に亡くなっていたけど、代わりに育ての親になってくれていた叔父さんと二人、ひっそりだけど楽しく暮らしていたんだ。


 私達の村は別に裕福なわけでもなかったのに、ただでさえ少ない食料や家財が奪われた。

 叔父さんが盗賊に歯向かって殺されたことは盗賊達が村を離れてすぐ知った。きっと私が遠くに逃げるための時間を稼ごうとしたんだと思う。常に自分のことを後回しにして私を気遣ってくれる人だったから容易に想像が付いた。

 盗賊達をこのまま見逃してはダメだと思った私は、盗賊達が林に入っていったところで無謀にも何の考えもないまま前に出てしまった。今思えば完全にどうかしていた。相手は私がいつも懲らしめるような、同年代のいじめっ子達とは訳が違ったんだから。

 当時の私には何の力もなく、とりあえず手に握っていた木の棒を一心不乱に振りまくった。だけど当然相手になるわけがない。

 すぐに殺されてもおかしくなかったけど、どうやら盗賊達はそんな私の無様な様子が面白かったのか、からかいながらあしらっていた。

 私はどうすれば良いか分からず、多分泣いていたんだと思う。そんな時――


『その振り方では誰も倒せないな』


 いきなり後ろから声がして振り向くと、そこにはいた。

 盗賊達は誰一人として、現れるまでその人に気付いていなかったようで、その驚き様は鮮明に覚えている。だけど不思議なことに、そのあと盗賊達がどうなったのかは覚えていない。が私の頭に手を乗せたのは辛うじて覚えているけど、気付いたら盗賊達だけがいなくなっていたんだ。


『お前は強くなりたいか?』


 もちろん即答した。私に力があれば村の皆も悲しい思いをせずに済んだ。今までは考えたことすらなかったけど、私が強くなって皆を助ければ良いんだと思った。

 どのくらいの時間教わったのかは覚えてないけど、体感としてはほんの一瞬だった気がする。

 いきなり木刀を渡されたんだ。がいつから木刀を持っていたのかは覚えていない。木刀なんか使ったことがなくて当然形になるわけがなかったけど、途中でもの凄く危機感を感じた時、気付いたらの木刀を弾き飛ばしていた。自分でもどう動いたのかは分からなかった。


『鍛練を続ければお前は相当な使い手になれるだろう』


 そう言い残してはすぐどこかへ消えてしまった。私はお礼を言えなかったどころか、顔すら思い出せないんだ。

 それから私は必死に鍛練した。

 腕前はそれなりになっただろうけど、人を斬るなんて気が引けて絶対無理だと思った。だから武人にはなれないけど、せめて自分を守る術を色んな人に教えたくて護身剣術道場を作った。女の人限定にするつもりではなかったけど、結果的には女の人がたくさん来てくれるようになった。

 中々上手くいかないこともあったけど、今は良い人達に恵まれて私は幸せなんだと思える。

 ただ一つ、気がかりがあるとすればもう一度に会いたい。会ってお礼を言いたい。『私に剣を教えてくれてありがとう』って――



 アヤメはゆっくりと目を開けた。


「あっ、ユリちゃんっ! アヤメちゃん起きたよっ!!」

「よ、良かったぁぁぁ」

「あれ? 私は一体どうなって……あれ? あの人は?」


 アヤメはすぐに起き上がる。


「アヤメちゃんはね、何か良く分からないけど、眠っていたんだよ!」

「アヤメちゃんの言う、あの人っていうのはもしかして赤髪の人のことっ?」

「そう、その人! 私はその人に昔会ったことがある気がするの。だから確認したかったんだけど……。その人の名前は聞いてる?」

「ごめん聞いてなかったっ! 今思えば聞いておくべきだった!」

「一緒にいた女の子はマキさんだって! なんかアヤメちゃんとお話ししたいって言ってた!」

「そっかぁ……」

「あっでもでもっ! そのマキさんは赤髪の人のこと、しのびさんって呼んでたよっ?」

「しのびって、もしかして忍ってことなのかな? もしそうだとすると、そう簡単に会えそうにないかもなぁ……。残念だなぁ」

「え、なになにぃ~?」

「えっ? 何がっ? あっ! まさかアヤメちゃんっ! あの赤髪の人のこと気になるんだっ?」


 ユリとミズキはニヤニヤとする。


「そ、そんなじゃないよ!」


 アヤメは頬を真っ赤に染めた。


「さ、さっきも言ったでしょ!? 私はその人に会ったことがあるかもしれないから確認したかったの! それに今回のことだってお礼出来てないんだし!」

「ふ~ん?」


 ミズキとユリは真に受けていない表情でニヤニヤし続ける。


「もぉお!」


 アヤメはため息をついた。

 しばらく和やかな空気が続いていたが、ユリが急に真剣な表情をした。


「アヤメちゃん! 今回は私のせいで迷惑かけちゃってごめんなさい」

「え!? ユリちゃんは何も悪くないじゃん!」

「ううん。私はさ、連れ去られて本当に怖かったんだけど、どこかでアヤメちゃんならきっと何とかしてくれるからって思っていたんだ……」

「ユリちゃん……」

「アヤメちゃんが一番辛いはずなのに自分のことばっかりでさ、アヤメちゃんに甘えてた」

「そんなことないよ!! 連れ去られて怖い思いしてるんだから当たり前だよ!? 私こそ、助けられなくてごめんね……」

「アヤメちゃんはやっぱり優しいね……」


 ユリは涙を滲ませる。


「私もさっ……」


 ミズキも神妙な表情で俯く。


「私もアヤメちゃんが苦しんでいることを知ってたのに力になれなかったっ。自分が情けない……」

「全然そんなことないから! でもどうしてあの人は助けてくれたんだろう?」

「私が偶然見つけて相談したのっ。そしたらお仕事として受けてくれたんだ」

「そうなの!? 仕事でってことは、お金は!?」

「さっき会ったとき、いらないって言ってたっ」

「そっかぁ。だとやっぱり何かお礼をしないとなぁ~」

「お礼はいつかって感じだねっ! それでね、今回のことで良く分かったことがあるんだっ」

「なに?」

「私や他の皆もそうなんだけど、アヤメちゃんに甘えすぎてたなって。私達じゃ頼りないことは分かってる。けど、もっと私達を頼ってほしいなっ」

「え?」

「私もそう思う!」


 ミズキの提言にユリも同意した。


「アヤメちゃんは優しいし強いから皆ついつい甘えちゃうけど、やっぱりそれじゃダメだなって! そのせいでアヤメちゃんを苦しめちゃってた。赤髪の人はきっとアヤメちゃんの心を折ろうとしていたんだと思う!」

「ど、どういうこと?」

「私達はアヤメちゃんに頼っちゃうし、アヤメちゃんは力があるからこそ自分でやらないとって気持ちがすごく強いから。赤髪の人は自分で出来ないことは頼れば良いんだよって伝えたかったんじゃないかな~と思ったの!」

「そっか……。でも、確かにそうかもしれないね。頼りないだなんて思ったことはなかったけど、私が何とかしないとって思いすぎてたのかも。ぜひこれからはもっと頼りにさせてもらうね!」

「うんっ!」

「もちろんだよ!」


 三人に笑顔が溢れた。

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