第22話 助ける
私は腰を抜かしてしまった。
「これで片付いたね」
男の返り血が頬に付いたことも気にせず、カオリちゃんは私に笑顔を向ける。
体の震えが止まらない。カオリちゃんは私を助けてくれたんだ。なのに素直に喜べない。きっと今カオリちゃんを見る私の目は友達のそれではなくなっている。私は声も出せず、ただ怯えるしかなかった。
少しの沈黙。空気に耐えられず、カオリちゃんからの視線から逃げるように倒れた男達に目を向けると、先に殴られた男の手が少しだけ動いているのが見えた。
よ、よかった。死んではいなかったんだ……
「あれ。まだ息してたんだ。丁度いい。まだ名前聞いてなかったしね!」
カオリちゃんは男に近づいていく。
私はカオリちゃんを止めようとしたけど足に力が入らず、まだ声も出せなかった。
カオリちゃんは男の前まで来ると、男の耳元でしゃがんだ。
「ねぇねぇ、お名前教えて?」
「うっ、うぅ……」
男は何とか意識があるだけで、とても会話ができるような状態ではない。
「うーん、しょうがないなぁ」
そう言うとカオリちゃんは本の角を男の後頭部に向けた。
ダメだ。カオリちゃんは明らかに男を殺そうとしている……
もう一人の男はもしかすると死んでしまっているかもしれない。だからと言ってこれ以上殺して良いことにはならない。そんなことさせたらもう取り返しがつかないことになってしまう。
お願い私! 声を出して!! カオリちゃんを止めるんだ!!
「だめぇぇぇっ!!!」
ようやく声が出せた。
私の声を聞き、間一髪のところでカオリちゃんは手を止めた。
よかったぁ……。何とか間に合った。
「…………なんで?」
少し緊張がほぐれていた私をまた硬直させるような冷たく暗い声が飛んできた。
「ねぇ。なんで?」
「えっ」
黒々しい目を大きく見開いたカオリちゃんは、突き刺そうと言わんばかりの真っ直ぐな視線を私に送ってくる。私は思わず目をそらしてしまった。
怖い……。何かに押しつぶされているような緊張が体全体にのしかかってくる。カオリちゃんへの感情は今、恐怖だけが占めている。
「ねぇ。なんで私の邪魔をするの?」
睨まれているわけではない。声に力があるわけでもない。ただ一心に私を見ているんだ。それがむしろ恐怖感を増大させる。怖くてまともに目を合わせられない。
「ねぇ答えて? なんで邪魔するの?」
「なんでって……」
「ねぇ、ちゃんとこっちを見て話してよ」
目を合わそうと思うだけで怖くて吐きそうになる。冷や汗が止まらない。
雰囲気にも表情にも全く優しさが感じられない。完全に人が変わっている……
怖い。だけど今のカオリちゃんはきっと一時的に冷静さを失っておかしくなっているだけだ。そうだと信じたい。信じるしかない。
もしかしたらカオリちゃんは何かに縛られていて助けを求めているのかもしれない。だとしたら私がちゃんとしないと。今度は私がカオリちゃんを救うんだ!
勇気を振り絞るように、私は強く手を握りしめた。
「そ、その人はまだ生きてる……。これ以上やったら本当に殺しちゃうよ! そんなことしちゃダメだよ!!」
精一杯力を込めた。
「ねぇ。なんで殺したらダメなの? 私がやらなきゃ殺されてたかもしれないんだよ? だから仕方ないでしょ?」
「仕方なくない! その人はもう動けないんだよ!?」
「うん知ってるよ? だから楽にしてあげるんだから。その後この人の血を本に吸わせてあげるの。そうすればさ、この人は死んでいなくなっちゃうけど、この人の生きた証が本の中に残り続ける。それってすっごく素敵だと思わない?」
カオリちゃんは口角を上げて楽しそうに言うんだ。普通に本の話をしていた時と同じように……。それが許せなくて、受け入れられなくて……
「おかしいよカオリちゃん! 楽しくお喋りしてた時の優しいカオリちゃんに戻ってよ! そんな本持ってたらだめだよ!!」
私は必死に訴えかけた。
「ねぇなんで? なんでそんなこと言うの? この本は私の宝物なの。この本は私に力をくれた。簡単に人を殺せるの。この本が私を幸せにしてくれるの!」
「そんなの絶対に間違ってる!! その本がカオリちゃんをおかしくしているんだ! そんな本今すぐ捨てて!」
「あ、そっかぁ」
何かに気付いたのか、カオリちゃんは瞬きをしてから不敵な笑みを浮かべた。
――マキちゃんは私のことが嫌いなんだね!
えっ……?
カオリちゃんは私に向かって歩き出した。
「えぇ? な、何を言っているの!? そういうことじゃな――
「そういうことでしょ?」
私の言葉にカオリちゃんは被せてきた。
「この本はね、私の全てなの。この本がなければ私はいつ死んでたか分からない。何度もこの本が助けてくれたんだよ? そんな大事なものを捨てろってことは、私なんて死ねばいいってことでしょ? つまり私のことが嫌いなんじゃん」
「そんなことない!」
「あ~あ。残念だなぁ~。マキちゃんとはお友達になれると思っていたのになぁ」
カオリちゃんは私の目の前まで来た。
「はぁ。これはもう仕方ないよね」
カオリちゃんは本を頭の上に持ち上げる。そして瞬きをして微笑んだ。
「マキちゃん。バイバイ」
私の言葉はカオリちゃんに届かなかった。
カオリちゃんを救うどころか、カオリちゃんに殺されるんだ……
私は目を閉じた。
――ねぇ。なんで?
「あなた誰? なんであなたも邪魔するの?」
カオリちゃんの不思議な言葉を聞いて目を開けた。
目の前に忍さんが立っていた。
カオリちゃんは忍さんの前で、なぜか本を振り下ろそうとする姿勢のまま動けないでいるようだった。
「なんで動けないの!? 邪魔しないで!!」
カオリちゃんが声を荒げる。私はまた腰が抜けそうになった。
忍さんは一切動じることなく、刀の柄に手をかける。
まさか、忍さんはカオリちゃんを殺そうとしている?
確かに今のカオリちゃんはおかしい。本当に私を殺そうとしていたし。だけど、それでも私はカオリちゃんを助けたい!
「……し、忍さん、待ってください」
「何をだ?」
「刀を抜かないでください!」
「今は動きを制御しているとはいえ、防ぎきれるとは限らない。動き出した場合に備えておくのは当然だろう」
「……私はこの子を、カオリちゃんを助けたい……」
「どうやって?」
私には問われたことの意味が全く分からなかった。
忍さんは刀の柄に手をかけたまま目線だけ私に向けた。
「どうやって助ける? いや、何をしたらこの少女が助かると思っているんだ?」
「え?」
頭が真っ白になった。
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