第21話 きょうき
カオリちゃんはものすごい速さでその本に手を置いて遮った。上に積まれていた本が散らばる。
強い声と剣幕に驚いてしまった。一瞬にして人が変わったように思えたカオリちゃんだったけど、すぐにさっきまでの笑顔に戻った。
「あっ、ごめんね。いきなり。びっくりさせちゃったよね。この本は特別で私だけのものだから、ついムキになっちゃった」
「そっか。ごめんね。勝手に取ろうとして」
いきなりのことでちょっと怖かったけど、誰だって人に見せたくないものはあるはずだ。すごく思い入れのある本なんだろうな。これは私が悪い。
「この本はね、実は私が書いているんだ」
「えっ!?」
またまた驚いてしまった。
「カオリちゃん、自分で本書けるの!?」
「いや、そんな大したものじゃないよ? ただの落書きみたいなのだよ。まだ途中だし。だから恥ずかしくて見せられない」
「すごいなぁカオリちゃんは! 完成したらぜひ読ませてほしいな」
「……う、うん。出来たら、ね」
そのあともしばらくカオリちゃんと本の話で盛り上がった。
やはり本好きなだけあって言葉も色々と知っている。自分で本を書くほどだし。
まさか本好きな子が友達になってくれるなんて、忍さんに付いてきて良かった!
カオリちゃんはそれなりに楽しんで生活しているんだと分かった。だけどやっぱりもっと良い生活をしてほしいなぁ。カオリちゃんはいいって言ったけど、今の生活しか知らないから想像できないだけってこともあるだろうし。実際私がそうだったように。
忍さんに頼めば、カオリちゃんも一緒に連れて行けたりしないかな? そうすればずっとカオリちゃんといられるし。私は忍になるっていう目的だけどカオリちゃんはそうじゃないからキツイ稽古とかもないだろうから安心だ。
よし決めた。忍さんが帰ってきたら言おう!
――ついつい話に夢中になっていたせいで、私は近づいてくる人影に気付いていなかった。
「おい! 君たち」
いきなりの声に驚きながら振り向くと、二人組の男がいた。
変な人に絡まれたなと、私の直観が訴える。
私一人なら最悪走って逃げられるかもと思ったけどカオリちゃんがいる。
私がどう切り抜けようか困っている一方で、カオリちゃんは男達に見向きもせず本を読みだした。
「おいおいお嬢ちゃん無視かい?」
「……」
カオリちゃんは何も喋らない。私も怖いけどカオリちゃんはもっと怖いはずだ。
「悲しいなぁ。でもまあ用があるのは君の方だし、いっか」
話しかけてきた男が私を見た。
「えっ、私!?」
「そうそう。君だよ、君。芋っぽい顔なのに良い服着てるじゃん?」
誰が芋っぽい顔だ。
「えへへーありがとうございまーす」
私は荒ぶる気持ちをグッと堪えて笑顔で応えた。多分笑顔になっているはず。
「その服結構良い値で売れそうだからさ~、僕にくれないかな~?」
は? 何言ってんのこの人。
「いやぁ、それはちょっと……」
「替えの服も用意してあげるからここで脱いじゃってよ~」
カチンときた。ぶっ飛ばしてやりたい!
相手は大人。しかも刀を差している。はぁ……、ほんと刀差している人はろくなのがいないなぁ。
今は幸い懐に短刀を隠している。取り回しが良い分、この状況なら短刀の方に利があると思う。
やらなきゃやられるんだ。どうせ私のことなんて舐め腐っていることだろうし、痛い目に合わせてやる!
私は襟に手を忍ばせながら機会を探っていた。
男は少し目を細めてから微笑んだ。
「隠し持っているものを手放しな」
えっ?
「気づかれていないと思った? さすがに俺達二人を相手にするのはキツイんじゃないかな~」
気付かれた!? なんで!?
「なんで?って顔をしてるね。目だよ。目線で何か隠し持っていることはすぐ分かった。それに僕を見る目もそう。対抗する気満々の目だ。それも、悪あがきじゃなくて確信に満ちた。為す術なしで刀持っている相手に向ける目じゃないよ? バレバレ。これでも一応、賊に身を置いているんだ。甘く見すぎだよ、お嬢ちゃん!」
舐めていたのは私の方だった……。この人はやばい。
私に用と言ってはいたけど、おそらくカオリちゃんも危ない。何とかカオリちゃんだけでも助けなきゃ! だけどこの男だけ足止めできたとして、もう一人は止められない。
足が震える。一体どうすれば……。忍さん助けて…………
私が動けずにいると、もう一人の男がカオリちゃんに近づく。
「お前貧乏そうなのに本なんか読んでいるんだな」
男はカオリちゃんが書いていると言っていた特別な本をつかんだ。
「触るなぁあああ!!!」
私の時と同じように人が変わったようにカオリちゃんは大声を出したけど、男はすでに持ち上げていた本を開いた。
「な、なんじゃこりゃ!?」
本の中を見た男は一気に血相を変え、手から力が抜けたように本を地面に落とした。
落ちた衝撃で開いた本の中身が目に入った。不思議な赤黒い字が見えたけどすぐにカオリちゃんが閉じたため、何が書かれているかまでは見えなかった。
「お前、これはいった――
ゴツッ!
鈍い音が響く。思わず私は目を疑った。
目で追えないほど素早く本を拾い上げたカオリちゃんが男の後頭部をその本で殴りつけたのだ。
男は一瞬にして意識を失った。殴られた後頭部からは血が滲み出していた。
理解が追い付いていない。いきなり殴りつけたことじゃなくて、本で殴られただけとは思えない衝撃だったから。
「おいおいお嬢ちゃん。そいつはちょっと、おいたがすぎるぜ?」
私と話していた男がカオリちゃんをじっと見る。私と話していた時と違い、声に少し戸惑いを感じた。
カオリちゃんは男に反応することなくただ俯いている。体は少し震えているようだ。
「お嬢ちゃん。その本、鉄板でも仕込んでいるのかい?」
男は刀の柄に手をかけ慎重に近づいていく。
私は驚いたせいか、声が出せなかった。
……カオリちゃん、危ない!
「へへっ」
聞き慣れた声だけど声色が明らかに違う笑い声が聞こえた。
――次の瞬間、背筋がゾクッとした。
顔を上げたカオリちゃんが不気味な笑みを浮かべていた。カオリちゃんは恐怖で震えているんじゃなかった。笑っていたんだ。
「ねえ?」
冷めた声色に光のない目をしたカオリちゃんが少し頭を横に傾けて男に話しかけた。
「あなたと、この人の名前を教えてくれないかな?」
「はい? いきなり何言っているの? お嬢ちゃん」
男は警戒は解かず、でも明らかに困惑している。
カオリちゃんは一度瞬きをして、歯を見せて笑みを浮かべた。でも目は笑っていない。
「だって、この本にあなた達の名前を書きたいんだ。私ね、この本で殴り殺した人の名前をその人の血で書くことにしているんだ」
全身に震えが走った。素直に思ってしまった。怖い、と。
私はまだ声を出せずにいた。男は気持ちを整えるようにフッと息を吐く。
「お嬢ちゃん。君は危険だ。殺すね?」
男はすぐに抜刀して正面から斬りかかった。
男の太刀筋は鋭かったと思う。だけど男の刀はカオリちゃんの持った本に当たると粉々に砕けた。
「なっ……」
「ひゃはっ!!」
男が動揺したのも束の間、カオリちゃんは大きく目を開け、嬉しそうに男のこめかみを本で殴りつけた。
男は地面に打ち付けられるように倒された。男が起き上がらないことを確認すると、カオリちゃんは私に目を向けて微笑んだ。
――ふふっ……
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