第6話 心の声

 翌朝、卵焼きの良い匂いで目が覚めた。

 咲がキッチンで朝ご飯を作っていた。


 「おはよう、ノン!顔洗って、歯を磨いて頑張って作業所に行かなきゃね!」


 朝なのになんてテンションが高いんだ。咲はマチルダでカリカリの猫ご飯を食べたのでお腹が一杯だと言った。


 俺の稼ぎが少ないのを咲は気にしていた。あたしも働くと咲は言うが、どう見ても中学生だ。俺の場合、親父が食堂をやっていたので、七歳の頃には皿洗いをやらされていた。それも大昔の話だ。今時中学生に仕事をさせる親はいないだろう。


 俺は咲の作ってくれた朝ご飯を平らげ、いつも通り作業所に出かける準備をした。出かけ際、何かあっても困らない様に、五千円を財布に入れて持たせた。

 

「ありがとう、ノン。行ってきますのキスは無いの?」

 

 その問いに俺は、からかわれた気分がして無視して家を出た。咲ほどの美少女が俺など相手にするはずが無い。若いイケメンが現れて連れ去られ、元の寂しい一人暮らしに戻るのだ。


 咲から心の声が届く。

(ノン、あたしがノンの心の声を常に聴いている事を忘れないで。ノンの肉体が全てじゃ無いの。あたし達は既に霊的に結ばれているの。あたしが、ノンを見捨てるんじゃ無い。あるとすればノンが、あたしを見捨てるのよ。何度転んでも、また立ち上がれば良い。やり直せば良いの。)


 咲の言葉に、俺は人目もはばからず大声で泣いた。

 己の心の醜さを嘆いた。 


*~*~*


 作業所「タンポポ」は、訳ありの人達の集まりだ。


 共通しているのは、職員以外の工員は全て精神障害者だと言う事だ。在籍者数十五名。小学校などの給食で出た廃油を回収し、リサイクルして石鹸を製造している。


 精神障害者の社会復帰のリハビリセンターだ。工賃は安く、最初は時給三百円からのスタートで、一年以上継続すると時給六百円まで上がり、これが上限となる。この街の障害者支援施設では飛びぬけて工賃が高いらしい。


 俺もタンポポに通所して二年になる。お金が足らず就職を考えているが、五十二歳の統合失調症では雇ってくれる会社など無く途方に暮れている


 いつホームレスになってもおかしくない状態だ。


 工員のメンバーに前田孝之がいる。バツイチで子供が一人いる統合失調症だ。障害年金と生活保護を受給しているが、極度のギャンブル依存症で、振り込まれた障害年金を八万円一日でパチンコで負けて、食費に困っているという。


 生活保護者の利用する施設に入居していたが、そこを出て一人暮らしを始め、気が緩んだのだろう。


 この男が、ホームレスを対象に支援する炊き出しに参加すると聞き、俺もついて行く事にした。何事も経験だし、もしホームレスになったら一番困るのは食べ物だ。


 毎週土曜日が配給の日で、通常パンが支給され、月に一度カレーの炊き出しをしている。


 更に翌日の日曜日は桜田のキリスト教会で無料で食事にありつけるらしい。

 何だかパンドラの箱を開ける気分で少し躁状態になった。

 

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