第3話 5種類の人間
龍がメンタルクリニックの診察を終え家に帰ってきた。
手にはあたしのミルクと、龍が食べるシューマイ弁当を持っている。あたしのミルクを作ると、優しく飲ませてくれた。そして冷蔵庫を開け、いつもの缶チューハイを取り出し、シューマイをつまみに飲み始めた。
龍の心はいつも荒んでいた。兄姉妹は三人いるが、精神病を理解する者はいない。兄の所有するワンルームマンションに、無料で住んでいる事がせめてもの救いだ。障害年金の七万円と作業所で貰える四万円ほどの工賃でギリギリの生活を営んでいる。
兄は食品会社で年商三十億、従業員四百名のトップだ。
龍も若い頃から、兄の会社で働き、売上を伸ばす為の大幹部だった。しかし精神薬の副作用で、会社に出勤出来なくなる。
龍は兄に見捨てられたと思い、苦しんでいたのだ。自殺願望もここから来ているらしい。兄の会社から完全に縁を切り、この苦しみから逃れたいと強く思っている。
龍には高い潜在能力があるが、みつくちの奇形と精神病が心を蝕んでいる。しかし救いの手はある。それは、あたしマチルダの存在だ。龍にそれを伝えたい。あなたは一人じゃ無いと。
(今はお酒に酔う龍に、寄り添う事しか出来ない幼い黒猫だけど、すぐに大人になり拾ってくれた恩を返すので待っていてね。)
人間は、5種類に分けられるという。先ずは、1,生きていなければいけない必要な人間。2,いなくてはいけない人間。3,いてもいなくても良い人間。4,いない方が良人間。そして最後、5,死んだ方が良い人間。
あたしは全ての人間の心が読み取れるが、他人に頼られる事の苦手な者の多さに驚きを隠せない。だが龍は違う。誰かに必要とされ、愛され、親しくなりたいと願っている。しかし矛盾しているが、龍は自分が死んだ方がいい人間だと思っている。
あたしが生まれる前、龍は家に引きこもり、寝たきりの状態になった。
もう社会に出て仕事が出来ず、いつ自殺してもおかしくない状態だった。そんな時、支援センターの瀬川さんに出会った。まだ若いとても元気な女性で、龍をサポートしていた。「タンポポ」と呼ばれる作業所を紹介したのも瀬川さんだ。
龍は工場地帯に生まれ育ち、「タンポポ」もこの街で活動している。作業所と呼ばれているが、仕事は結構きついらしい。しかし龍の肌に合うのか、通所してから二年目になろうとしている。作業所に通所しているのが、みんな同じ苦しみを持つ精神障害者だというのも、継続出来ている要因なのだろう。
龍は毎日、規則正しく作業所に通所している。
龍と暮らす様になり二ヶ月経とうとしていた。動物病院に連れて行かれ、診察されワクチンを接種された。龍は先生と何やら話をしている。避妊手術をするか迷っているという。卵巣と子宮を摘出する手術だ。
あたしも女として生まれたからには、子供を産む経験をしてみたい。この思いを龍にどう伝えれば良いのだろう。龍が精神障害者という事は、一つ間違えば精神病院送りになるという危険が付きまとう。子供を諦めるしか無いのか。
あたしは毎夜、天の神様から啓示を受けていた。
ある深夜、天の神様より一つの霊力が授けられた。それは人間の女性に変身できる能力だ。人間の叡智を越え、人類史上初の試みとなるのだ。
しかし、龍以外の人間にあたしが黒猫だとバレた瞬間、この地球上での生活が終わり、全てにさよならを告げなければならない。
あたしの人間になる猛特訓が始まるのであった。
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