第4話 黒猫、少女になる

 龍は毎日、朝八時に家を出て、午後二時半には帰って来る。


 今まで、龍のいない時間は人間になる予行練習をしていたが、これからは日本人の女の子として訓練していくのだ。


 訓練初日、龍が作業所に出かけると早速天の神様の指南通り「ミャー!」と気合を入れると稲妻が光り、女の子になった。目のパッチリしたショートカットの少女だ。丸裸で着る物が無く寒い。龍の服を着てみたがブカブカで格好悪い。龍に服を買ってもらおう。


 さて、あたしは生まれながらに日本語の読み書きができる。


 丁度、ディズニーの「ピノキオ」という絵本がある。あたしは声を出して読み始めると楽しくなってきた。言葉の持つ力にどんどん魅せられていく。「人間て面白い!天の神様ありがとう。」

 

 その頃、龍は作業所で商品の石鹸の詰め込み作業を黙々としていた。小学校の給食で出た廃油を、リサイクルして石鹸を作るのだ。


 龍は悩んでいた。ここ最近、作業をするのが苦痛になって来ていたのだ。メンタルクリニックの十文字さんに相談して、この街に引っ越し生活保護を受給し生きていこうと考えていた。 


 しかし支援センターの瀬川さんや、作業所の職員に反対されていた。環境が急変してまた引きこもりになるのではと心配していた。


 龍は生活保護を受給しないで生活をする事を試みていた。外食を止め自炊に切り替えたり、インターネットカフェでの遊びを控えたり、寂しさを紛らわすための風俗遊びも止めた。パチンコは論外だ。後は、酒と煙草を止めればお金がかなり浮く。


 そして障害者枠で採用してもらい、社会と関わって生きて行くという道だ。あたしという相棒も出来た。龍は今、一人ぼっちでは無い。


 あたしが夢中になって、声を出して本を読んでいると、目覚まし時計が午後二時半のお知らせをしてくれた。龍の帰って来る時間だ。

 

 天の神様の指南通り「ハイ!」と気合を入れると稲妻が光り黒猫に戻った。


「ただいま、マチルダ。お腹が空いただろう。今ミルクを作るね。」


 あたしは初めて人間になった経験で、テンションが上がって龍にまとわりついて離れられなかった。


「おやおやどうしたの?今日は随分と機嫌が良いね。何か良いことがあったんだね。」


 龍はあたしにミルクを飲ませると、お風呂に入り、いつものようにほか弁をつまみに、冷蔵庫から缶チューハイを取り出し飲み始めた。あたしを膝の上に乗せてくれたが、なんだか寂しそうだ。


「マチルダ、俺はいったい何のために生きているのだろう。生きるのに意味などいらないのかな?お前に生きる事を問うのはおかしいけど俺は毎日が苦しい。」


 思わずあたしの毛が逆立った。龍の右頬に猫パンチを食らわせていた。しかし綺麗に爪を切られたあたしのパンチは、肉球で撫でる様にしか効かず何の効果も無い。それでも、二発、三発とパンチを龍におみまいした。


「ミャー!」と気合を入れると稲妻が光り、丸裸の女の子になった。


「龍、いい加減に苦しいとか辛いとか言うのやめなよ!もっと人間を楽しもうよ。あたしはマチルダ、あなたに助けられ名前を付けてもらったのよ。そして天の神様から人間になる能力を与えられたのよ。」


 一番驚いたのは龍だった。缶チューハイを持つ手が恐怖で震えていた。これは妄想や幻覚では無い。目の前に女の子が立っている。黒猫のマチルダが化けたのだ。

 

 龍は恐る恐る声をかける。

「マチルダ、とりあえず何か着よう。」

 そう言うと、あたしにトレーナーを出して手渡した。


「ありがとう」そういうと、あたしはそのトレーナーを着て龍の膝に乗り甘えた。


 全身硬直して動けない龍。心の中でつぶやく。

(この子、誰なんだ。俺はどうなるんだ)

 

(あたしはマチルダ、あなたの同志。あなたの心と会話が出来るのよ。龍、二人で一人でも多く、心に傷のある人間を救うのよ。)


(俺の心と会話してる?)


「そう!龍の心と会話出来る!そんな事よりあたしの着る服買いに行かない?この服ブカブカで格好悪いし。」大声で叫んだ。

 

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