第36話 心の方程式の秘密

 翌日の日曜日、俺は咲と真菜を連れて桜田教会の礼拝に参加した。


 真菜は特に宗教に入信していないらしい。あくまでも真菜の経験にする為の参加だ。参加者のほとんどが食事目当てのホームレスだ。咲は真菜に心の声を聴く様に話していた。


 朝の九時四十五分になり教会に入り席に座ると真菜が泣き出した。隣に座る咲は、真菜の手を握り締め口を真一文字に結び前を見据えている。


 十時半になり礼拝が始まる。黙祷をして賛美歌を歌い、聖書を読み、牧師の説教を聞く。献身は俺の勧めで真菜は二百円入れた。黙祷を最後にこの日のプログラムを終えた。


 食事会になっても真菜は目を泣き腫らしている。


 今日のメニューはポテトサラダ、サバ缶、ミートボール、ヒジキ煮、コンニャク、里芋だ。これに具沢山の味噌汁に大盛のご飯。咲は慣れたもので、食べきれない分を欲しい人にあげている。真菜もそれに倣い人にあげている。


 俺は黙って見ているしかない。食事会が終わり俺達は教会を後にした。

 咲が口を開く。


「あたし達に出来る事。それはその日、その場の一時間、今の一分一秒を大切に生きる事。明日の事を思い煩うことなく、今という時に最善を尽くすことなの。あたし達が煩悩を持つ人間的存在であり、しかも未熟であることは、天の神様は先刻ご承知なの。だからこそあたし達は地上に来ているの。もしも完全であれば、今ここに存在していない筈。地上生活の目的は、その不完全なところを一つでも無くしていく事に尽きるの。」


 咲の言葉に大きくうなずく真菜。俺は真菜にどんな心の声を聴いたのか尋ねた。


「心の声は人が多すぎてノイズが酷く聞き取れませんでした。ただ、なんていうか胸を締め付けられる様な、苦しくて切なくなる様な感覚になりました。わたしには何も出来ないと言う無力感に襲われ、泣いてしまいました。」


 次は月に一度のホームレスの炊き出しに参加すると言う事で話を終わらせた。真菜を駅まで送り、俺達は家に帰る事にした。


 家に帰り咲と話をした。


「なぁ咲。何で俺がゲームのターゲットに選ばれたの?俺みたいなおじさんに咲が関わっていること自体不思議なのに。咲は何か知っているのでしょ。教えて欲しいな。」


「今から二十五年前、ノンが初めて精神病院に入院する前、妄想で地球人類全ての幸せを願い、心の方程式を不眠不休で考えていたよね。


 それで辿り着いた答えは、嘘のつけない状況に人間を追い込む事だと言う考え。それには心で会話出来ると良いと云う発想で、ノンはそれを自分自身で試みてみた。


 ノンは極限まで自分を追い込み発狂する直前までになった。その時、天の神様から心の声が届いた。(ヒューマン)と。ノンは自分が天の神様の生贄になり命を捧げると宣言する。


 そして心の方程式を解き始めた。


 出て来た答えは、目の前の者を愛すると言う事。それを純粋に全ての人が行動を起こし、憎しみをこの世から消し去る事。愛こそ全てだと確信したノンは行動に出る。


 当時働いていたお兄さんの会社で愛を語り始めた。それを当時、生存していた父親に咎められ、強制的に精神病院に入院させられた。閉鎖病棟に入っている時に心の方程式が完全に解かれた。


 ノン、心の方程式を発案したのはあなたなの。


 貧富の格差、肌の色の違い、国境、言語の違い、宗教、それらを融合して愛に置き換え、全ての憎しみや戦争が無くなった時、地球人類は永遠を手にして広大無限な宇宙に飛び立つの。あたしが今話せるのはこれくらい。」


「俺が考えた心の方程式が使われるのか……。」


 咲の真剣な表情を見るが、俺の自殺願望は消えない。夕食を済ませ、俺はパソコンに向かった。咲はマチルダに戻ると俺の膝に乗りゴロゴロと喉を鳴らし甘えている。

午後九時になり、もう寝ようとパソコンの電源を落とすと咲がベッドに正座している。


「ノン、お疲れのところ申し訳ありませんが、今日のあたしは心が高ぶり眠れません。何も言わず優しく抱いて下さい。どうかあたしに愛を下さい。ノンはあたしのものであり、あたしはノンのものです。何が起ころうと二人の間に障害物は無いのです。だからあたしに愛を下さい。ノンの心を下さい。そして一刻も早くこのゲームをクリアして悲しみから解放して下さい。」


 夜にマチルダから咲に戻るのは初めてだ。真菜の存在が、咲の心を高ぶらせるのだろうか?俺は咲の隣に座り話した。


「俺には咲しかいない。愛してるよ、永遠に。」


「初めてだ。ノンに愛してるって言われたの。うん、あたしもノンを愛してる。」


 俺達は時間を忘れお互いに愛を求め合った。

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