第37話 タレントデビュー

 今日の日曜日は駅で十文字さんと待ち合わせ、ヘルパーステーションの研修会に参加する日だ。午後十二時十五分に駅の改札で待ち合わせだ。俺のタレントデビューだ。


 俺は二時間前に着き駅周辺を散策した。たこ焼きを食べ、腹を満たし駅ビル横のパチンコ店で時間をつぶした。


 別にパチンコを打つわけでは無く、喫煙コーナーがソファーになっていて居心地が良いからだ。そこで煙草を吹かし、新台の演出を見て楽しむ。一万円札を惜しげもなく入れ続けるその様は相変わらず異常だ。大当たりを引いても無表情で打ち楽しそうに見えない。


 台をバンバン叩いている者もいる。俺は今無職で稼ぎが無いから打たないが、お金が有れば打つ可能性がある。咲にお金を管理してもらうしか無いだろう。


 時間になり十文字さんと合流してドーナツ屋で打ち合わせをした。


 一緒に看護師の石田さんも来た。研修時間は午後一時~三時まで。報酬が三千円出るらしい。最初の一時間は十文字さんの話で、後半に対話形式で俺と十文字さんが話す予定だ。


 研修時間になり会場に入る。


 研修を受けるヘルパーさんが二十人くらい居る。十文字さんが話を始める。簡単な自己紹介をして、まずは精神科医療の歴史から。


 精神科医療は収容の歴史で、世界で一番精神病床が多いのは日本らしい。イタリアには精神病院が国の法律で無いと聞き、俺は驚いた。


 1984年に宇都宮病院事件が起こる。これは入院中の患者が紙飛行機に「助けて」と書いたものを飛ばし、それを新聞記者が拾い、内部を調べたら大騒ぎになったというものだ。患者が暴行され死者も出た大きな事件だが、俺はこの日初めてこの事件を知った。


 次に訪問支援活動の約束ごと。


 患者とは呼ばない・患者ってだれ?おれ?訪問看護をしない・いらない。病気のメガネ(フィルター)もいらない。全ての管理はしない・人生はその人のもの。


 お届けするのは「夢」と「希望」そして「安心」そしてスペシャルツールは情熱・想い・黒ひげ危機一髪・トランプ・バトミントン・アイパッド・タオル・ドライバークレ556・携帯電話・昆虫図鑑・動物図鑑・体温計・血圧計だ。


 次は回復するのは人間力というもの。十文字さんの話が続く。


「我々は病気の回復は目指しません。なぜならそれは、人生の中のプロセスの一部だからです。我々が目指すものは、人間力の回復そのものです。そして、夢の持てる人生そのものを応援します。薬で夢は買えませんから。


 人間力の回復には人間が関わっていくしか方法はないと考えています。その関わり、働きかけこそが人間力の回復への第一歩なのです。精神病を持参してきたからって、特別な付き合い方はありません。当たり前の人間関係を当たり前にすればいいだけなんですよ。」


 さすが十文字さんの話はわかりやすい。


 最後に一番効果的な治療法は?1、恋愛療法。2、おしゃべり療法。3、お笑い療法。4、外食療法。5、お友達の輪療法。6、精神療法。7、薬物療法。十文字さんの話が終わると丁度一時間だ。


 席の真ん中に座る十文字さんと俺が入れ替わり、精神障害者の当事者としての話をする。


 この時、咲と真菜が心の声で(ノン頑張れ!行け!倒せ!)と俺に檄を飛ばしている。これから幻聴の話をしようというのに。


 最初の質問で「龍神さんの幻聴は良い幻聴ですか?」と聞かれ「良い幻聴って何ですか?」と聞き返すと会場が大爆笑になった。まず、つかみはOKだ。


 鬱状態になった時の対処はどうするのか。親族との相性はどうなのかなど、色々聞かれた。終始笑いがおきて楽しい研修会だった。


 最後に看護師の石田さんの話を聞いた。訪問しても何もしてあげられない状況を話、ただ傍にいることしか出来ないと言っていたのが印象的だった。


 午後三時ピッタリに研修会が終了した。


 終わった後、三千円頂いた。これは有難かった。駅に戻れば腹を空かした小娘が二人、俺の帰りを待っているのだ。咲と真菜が(あたし豚カツ、唐揚げセット。)(わたしチキンかつ。)とか言っている。


 俺は十文字さんに研修会のお礼を言い帰りのバスに乗り込んだ。


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