第29話 モデル依頼

 月曜日の麻雀をしていると俺の携帯が鳴った。


 メンタルケアの専門誌から表紙のモデルの依頼だ。一年前に応募したのが選ばれたらしい。精神障害者の記事を扱っている唯一の専門誌だ。この専門誌は毎月、表紙に精神的な障害を持つ人を載せている。俺はこの勇気に感動して応募した。


 普通、精神障害者だと言うだけでそれを隠し、日陰を歩く人が多いと思う。それをオープンにして日向を歩くのだ。人生は短い。どうせ歩くならお日様に当たり生きていきたい。俺の意見に咲も賛同してくれた。


 撮影は二週間後、とある場所のフォトスタジオで行われる。


 タンポポの職員である薄田さんの提案で、作業着にエプロンをして、石鹸を梱包する段ボールを手に持ち撮影をする事にした。撮影時間は午後一時から四時までの予定で、写真は五百枚以上撮るらしい。支援センターの瀬川さんも応援に来てくれると約束した。


 撮影当日、天気は晴れでとても気持ち良かった。駅で待ち合わせ、スタジオに向かった。担当の杉田さんは、俺の一つ年上の男性だ。


 スタジオに着くと、更衣室で作業着とエプロンに着替えた。それからメーキャップをしてもらった。瀬川さんはずっと俺を見ていた。


 写真撮影が始まる。


 俺は終始リラックスしていて自然と笑顔になれた。撮影した写真を見て確認するとすぐにOKが出たので驚いた。恐らく五十枚くらいしか撮影していない。杉田さんが「龍神さんの笑顔は、みんなを幸せな気分にさせる笑顔ですね」と言われた。インタビューの動画を撮り、撮影が終了となった。


 時間は午後三時前でかなり早く終わった。とても楽しい一日だった。


 撮影中、咲の心の声も聞こえていた。(ノン、いち+いちは、にいー。)とか言っていた。この日撮影したものは四月号に載るらしい。四月は俺の誕生日月だ。良い誕生祝いになりそうだ。


 俺は地元の駅に帰ると咲と待ち合わせていた。


 居酒屋に入ると角ハイとオレンジジュースを頼んだ。前田の一件以降、今後の俺達の展望がどうなるのか確認したかった。


 俺は咲と運命を共にするか迷っていた。今までは咲が近くにいる時は、声を出して話をしていた。それを止め心の中だけで会話が出来ないか模索していた。俺から心の声で咲に話しかけても返事が無い時が多いのだ。


 咲は俺の為だと言う。心の声を多用し過ぎると現実との境が無くなり、精神を病んでしまうと言う。前田がいい例で、自分を神の化身だと言った。心の声は俺にはコントロール出来ない。


 咲はあたしに任せてと言う。自然体で一瞬の隙間をぬい、答えを出すと言う。俺に協力する事が無いか聞くが、充分助けられているから安心してくれと答えた。気が付くと角ハイの大ジョッキを三杯開けていた。


 己の無能さを嘆いた。俺の自殺願望が出ていたのだった。

 もう死んでしまいたい。常にそう思うようになっていた。


 家に帰ると咲は透けた白いネグリジェに着替えた。

 

「ノン、辛い時はあたしを抱けば良いよ。ノンは生真面目過ぎるの。もっとおおらかに生きようよ。あたしはいつもノンの傍にいるよ。手を伸ばせばいつもあたしがいる。」


 俺は咲をベッドに押し倒し激しく抱いた。


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