第28話 霊力の罠  

 俺は、咲の霊力を前田で試したいと考えていた。


 咲の心を読む霊力は他人に与えられるらしく俺は気にかけていた。しかし神の力を手にしたと勘違いする可能性が高くとても危険で、精神病院行になると話した事がある。


 俺は水先案内人の役目を買って出た。咲を家に帰し、前田の住むアパートに向かった。前田は部屋に一人でぼんやりしていた。俺が部屋に入ると相変わらず家電が一つも無い。 


 鍋とフライパンは買ったらしく、食事はお湯を入れるだけの物が買い溜めしてある。パチンコも止められず、生活費を使い込んでいてお金が無いと言った。


 俺はまず、もし心の声が聞けるなら、誰の声を聞きたいのか尋ねた。すると元嫁だと答えた。


 ここで咲の出番だ。

(前田さん、あなたに元奥さんの心の声を聞かせましょう。その代わりあなたの心の声も元奥さんに聞こえるの。これは遊びでは無いわ。真剣に向き合いお互いが丸裸の状態で対峙するの。嘘偽りは通じないから気を付けてね。)


 咲の心の声を聞き前田は恐怖で震えだした。これは幻聴では無い。俺は前田の様子を伺い大きな変化が無い事を確認して、後は咲に任せアパートを後にした。


 前田は一人布団の上に正座して、心を澄ますと元奥さんの心の声が聴こえて来た。

(孝之の事は、早く忘れたい。早く良い人を見つけるの。私は幸せになりたい。)


 元奥さんに前田が話しかける。

(俺の声が聴こえるか?孝之だ。俺はお前を許さない。お前のせいで俺は精神障害者になったのだ。お前を殺して俺も死ぬ。)


 ここで咲のストップがかかる。どこまでいっても駄目な男だ。元奥さんには、前田の心の声を聞かせていなかったのだ。それを知らない前田は何が起きてるのか分からない。


 前田はパニックになり、大声で騒いだ。


「俺は神の化身だ!空も飛べるのだ!」そう言うと、自分の住む三階の窓から飛び降りた。


 驚いたのは咲だ。俺に前田の救援を要請した。アパートに着くと、前田は足から落ちた様で足の骨が膝から先が変な方に向いている。明らかに骨折している。救急車を呼び病院に搬送された。俺もそれに同行して経緯を見守った。


 落ちた時、頭も強く打った様で意識が無い。集中治療室に入り面会謝絶となった。俺は前田で咲の霊力を試した事を後悔していた。ただでさえ前田は精神的に弱っているのだ。この男を救いたいなどと思った俺が傲慢なのだ。

 

 家に帰ると泣きながら咲が飛びついて来た。「ごめんねノン。ごめんなさい。」

 すべて俺の責任だ。前田は精神障害者なのだ。

 

 三日後、前田は意識を取り戻した。しかし面会謝絶で右足が複雑骨折し、ボルトを何本か入れて固定しなければいけないらしい。


 前田が心の声を聞く事は二度と無いだろう。先日の記憶も咲が消し去った。前田はなぜ自分が窓から飛び降りたのか記憶に無いらしい。俺は責任を感じ、頻繁に前田のお見舞いに行った。


 咲に深い心の傷を負わせてしまった。人間はそんなに簡単にできていない。咲も元をたどれば所詮野良猫なのだ。天の神様の使いだと言うがそれも雲を掴むような話だ。

 

 この時、咲は宣言した。マチルダの霊力を越えると。黒猫が確かに人間になったのだ。この奇跡を無駄にできない。


 失敗を繰り返し成長していくのだ。咲は神では無い。不完全な魂だからこそこの地上の生活をしているのだ。


 天の神様からの試練なのだ。もう後戻り出来ない。

 前に向かい鍛錬するしか無いのだ。


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