第75話 礼拝の変化

 今日は桜田教会の、今年初の礼拝がある。


 牧師の藤原さんは霊力を使いこなしているのだろうか?これに真菜も気になり、勉強が手につかないと言い参加した。


 俺達三人が礼拝堂に入ると、藤原さんは伝道師の鈴木さんと談笑している。あの怒りに満ちているいつもの恐ろしい顔では無く、穏やかで慈愛に満ちた顔をしている。


咲と真菜は藤原さんの心の声を聴けるが、俺にはその能力は無い。隣に座る咲が教えてくれた。

 

「あたしたちが霊力を授けてる女子がたった一人だけ心の声を使い会話出来る事はノンも知ってるよね。あたしたちはそれを『オンリーパートナー』と呼んでいるの。藤原さんには五歳の男の子の孫がいるの。藤原さんはオンリーパートナーにこのお孫さんを選んだの。身近に感じる事を幸せに思っている。毎日ホームレスの人達と闘って、説教をしていてくじけそうになると、心の声を使いお孫さんと会話して鋭気を養っているそうなの。藤原さんが怒りに任せてホームレスの人達を怒鳴るとお孫さん、泣いちゃうんだって。その時ふと自分を反省したんだって。そして解けたの。藤原さんの心の方程式は『笑顔=愛』だって。お見事です!」

 

「良い話です。感動して泣けますね。」

 

 真菜は泣いている。礼拝が始まる。先ずは黙祷から。プログラムが進み藤原さんの説教になる。


 俺はある変化に気づいた。居眠りをしている者が一人も無く、真剣に説教を聞いているではないか。俺が初めて前田と来た時と余りの違いに驚いていると、咲は俺にピースサインを送った。そして笑顔の真菜。


 説教が終わり、献身を済ませ、頌栄を歌い、黙祷をして終了となった。お楽しみの食事会に移った。今日のメニューは鰯の甘辛煮、キャベツとキュウリのサラダ、大学芋、高野豆腐煮、ソーセージだ。大盛りのご飯に、具沢山の味噌汁。


 談話すると、去年まで福祉と繋がるのをかたくなに拒んで来たが、生活保護を受給して施設にお世話になると云うホームレスの男性がいた。良い事だと思った。藤原さんのアドバイスだそうだ。


 藤原さんは食事会が終わると希望者を募り相談を受ける事にしたらしい。一日の定員は5人にして、今日はもう定員オーバーだそうだ。藤原さんには一日でも長く現役で頑張って欲しい。そう願いながら俺達は教会を後にした。

 

 正月休みが明け、俺はタンポポに復帰する事にした。


 職員とのトラブルは話し合いをして解決した。就活もしているが俺に合う仕事はなかなか見つからなかった。咲も水晶占いを再開した。午後7時まで行っていたのを、午後5時までに時短した。真菜が不在なのは痛手だが咲は泣き言を言わない。


 俺は夕食の支度をかって出た。タンポポの工賃は安く、咲のお給料を当てにしないと生活出来ない。残業が無い日は午後2時半には家に帰れる。

 

 食材を買い、家に帰り風呂に入る。1時間仮眠して夕食を作り始めると、午後5時半には咲が帰って来る。咲が風呂から上がる頃には夕食の支度が整う。


 平日は俺も咲もアルコールは飲まない。ご飯も炊飯器で炊く事にした。その方が美味しくて安く済むからだ。健康を考え、野菜料理や豆腐などを中心にメニューにして肉料理は控えた。味付けは薄味にした。


 咲は何も言わず微笑んで美味しいと残さず食べてくれる。


 食事を済ますと咲が後のかたずけをしてくれる。俺は自叙伝「人間のカケラ」原稿用紙三百十一枚分を書き終え完結した。強い達成感があった。


 先ずは、支援センターの瀬川さんに読んでもらう事にした。瀬川さんのアドバイスを受けながら自叙伝を書いたからだ。


 後はメンタルクリニックの十文字さんにも読んで欲しい。もしかしたら本にして出版出来ないかと夢が膨らんだ。

 

 自叙伝を書き出して1年が経っていた。


 俺は既に第二弾を考えていた。題名は「心の方程式」。咲や真菜と共に歩んだ道を描きたかった。咲は大喜びだ。俺は小説を書くのを趣味にする事に決めた。お金のかからない良い趣味だと思う。


 パソコンの取り扱いで分からない事は咲に聞いた。A4の用紙に、原稿用紙4枚分プリントアウト出来る事を、咲から教わった。それをとじると本の様になり俺のテンションが上がった。


 俺は早速、瀬川さんに渡した。間違いを検索してくれる約束をしてくれた。次は十文字さんだ。年明け初めての診察日に持参した。


 整理券の配布までの時間、冴子がいたので時間潰しに話をした。煙草が欲しいと言われたが、俺は真菜の合格祈願の願掛けの為、年明けから止めていた。冴子におごるのも止めた。俺の使うお金のほとんどが、咲が稼いだものだからだ。


 整理券が配られ、いつも通り喫茶店に向かうと冴子がついて来る。結局Aモーニングをおごる事になる。俺の弱いところが出た。寂しいと俺に訴える冴子だが、どうする事も出来ない。


 受付の時間になりクリニックに戻った。俺は5番目の診察だ。俺の順番が来た。

 

「十文字さん、今年もよろしくお願いします。自叙伝書き終えましたので読んで下さい。これ差し上げます。」

 

「凄いね!本当に書いたんだ。早速読ませてもらうね。今年はどんな年にしたい?」

 

「取りあえず、タンポポを卒業してどこかに就職したいです。」

 

「何か所くらい面接を受ける気構えでいるの?」

 

「受かるまで面接し続けます。」

 

「昇さん、それが正解。その気構えが有れば大丈夫だよ。頑張ろうね。それじゃ今日はここまでね。次は一か月後で良いかな?」

 

「はい。自叙伝の感想、楽しみにしています。ありがとうございました。」

 

 次は筑根先生の診察だ。頓服を飲まないと眠れないと訴え、朝になると眠気が強く残り辛いと相談した。頓服を飲まない様にするしか無いと言われた。


 薬の調整は本当に難しいと思った。



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