第10話 炊き出し初参加
翌日、目が覚めると咲がキッチンでお餅を焼いていた。
今日は、土曜日で作業所のメンバーである前田と一緒に、月に一度のホームレスの炊き出しに初参加する日だ。土手沿いの大型スーパーの入口に、朝九時に待ち合わせをしてある。
咲はお餅を砂糖醤油に付け、海苔を巻き磯辺焼きにして、お皿に五個乗せテーブルに置いた。
「ノンが三個で、あたしが二個ね。あたしの事は心配しなくて良いよ。ノンの体験は、あたしの心に届くから楽しんできてね。」
咲の言葉にうなずくと、お餅を食べ俺は家を出た。
大型スーパーの入口に着くと、まだ前田は来ていない。九時を過ぎてヨタヨタと歩く前田を見つけた。朝の受付が川の土手の水門であると言い二人で向かった。
水門に着くとワゴン車が二台止めてあり、それを取り巻く様に人だかりが出来ている。五十人はいるだろうか。炊き出しの職員らしき男性に番号の書いてある札をもらい、土手に腰を下ろした。この札で炊き出しの終わった後、パンが貰えるという。
前田は、足元を見て何かを探していた。
「あった!」と言い、おもむろに煙草の吸殻を拾い、口にくわえ火を点けた。呆気にとられて見ている俺に、ニヤリと笑った。煙草を買う金も無いのだ。それにしても、よく捨ててある煙草を吸えるものだと感じてしまう。
午前十時になると職員が号令をかけ、炊き出しの道具の運搬が始まった。
歩兵部隊と自転車部隊があり、手で運べる物は歩兵部隊、タンクに入れた水などの重い荷物は自転車部隊が担当した。歩兵部隊には台車も有るが、舗装されていない土手の砂利道に苦戦していた。
炊き出しの拠点は水門を渡った川沿いの平地だ。
俺と前田は歩兵部隊に加わり、土手の砂利道を三往復した。テントを組み立て、かなり本格的なイベントだと思った。
カレーを作る作業は、ホームレス達の仕事だ。じゃがいもと人参、玉ねぎをタンクの水で洗い、皮をむき刻む。衛生面に難があると思った。神経質の人なら食べるのを躊躇してしまうかもしれない。
職員が参加者に手ぬぐいを配りカレー作りは粛々と進められている。手ぬぐいには、ホテルや旅館の名が書かれている。
初参加の者が、職員に呼ばれ俺と前田も本部となっているテントに行った。アンケートを書かされたが、質問はいつからホームレスになったのか、普段どこにいるのか、なぜホームレスになったのか、福祉と繋がりがあるのかなどだ。
俺も前田もホームレスでは無い。正直に「ホームレス予備軍だ」と答えると、基本的にホームレスが対象だと言われたが参加を認めてくれた。番号を書いたA4位の紙を持たされ、写真を撮られた。なんだか囚人になった気分だ。
調理部隊はご飯を炊き、カレーを煮込み、この時点で午前十一時を過ぎた所だ。参加者は増え続け、七十人以上いる。
すると職員が号令をかけ土手沿いの大掃除が始まった。一人一枚のゴミ袋を渡されゴミを拾い集める。ほとんどの参加者は、慣れたもので手際が良い。
掃除が終わると、調理のテントに参加者が集まる。俺と前田も列に加わる。
見ると洋服が山積みになってるテントがある。「初参加の人は前へ」と言われ、前に出ると俺と前田の二人しかいない。
服の山から一つ選べと言われた。
ズボン、セーター、そして毛布もある。一つ貰い見てまわると歯ブラシ、歯磨き粉、石鹸もある。俺は歯磨き粉を貰った。
俺と前田が貰い終わると、常連のホームレスの番だ。一通り取り終えると、もう一度選んで良いと職員に促され前田と服を選んだ。終わるとまた常連さんの番だ。これを何度も繰り返し、欲しい人がいなくなるまで続けた。それでも沢山の服が残った。毛布を手に取り喜んでいる人がとても印象的だった。
さて、いよいよメインのカレーだ。
これも初めての人が優先らしく、前田と二人で先頭に並んだ。ご飯を大盛にしてもらい、川沿いで立ち食いしたが、出来立てだしとても美味しかった。
具材が無くなるまでお替わり自由で、前田ともう一杯ずつ食べた。食べ終わると使い捨ての皿とスプーンを分別してごみ袋に入れた。
これで終わりかと思いきや、お持ち帰り用のおにぎりを作るという。飲料用の砂糖、飴、おにぎりを小袋にいれた物をくれた。炊き出しのパンフレットを貰い後片付けの部隊が残り解散して終了した。
俺と前田は歩兵部隊になり荷物を車まで運んだ。テントを解体する手際良さに感心していた。
そして最後。炊き出し運搬部隊へのご褒美でパンの配給がある。これも初めての者が先頭に立てる。前田は初めてじゃ無いので貰った番号札の順に並んだ。
パンはちょっと恐面の男が高級車の後部に山積みにして来た。
大手スーパーのパンでアメリカンサイズだ。バターロールやアンパンなど何種類もあるが、選べるのは一種類だ。
俺は十個入っているパンケーキを選んだ。前田はバターロールを選び、俺の炊き出しの初参加が終了した。時間は午後二時を過ぎていた。
ホームレスの参加者達は悲壮感が無く、俺は驚いた。生きるという行為を楽しんでいる様にも思えた。
良い体験だった。
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