第39話 黙テンの美代子

 炊き出しが終わり、時間は午後二時だ。


 真菜を俺の家に誘い、頂いたおにぎりとパンを夕食に食べようと思った。俺と咲の住む家は駅から十分の場所にある。家に着き部屋に入ると、真菜は小さいご仏壇に気がついた。


「ノンさん、何か信仰しているのですか?キリスト教の関係だと思っていました。」

 

「俺の両親がある宗教の熱心な信者だったんだ。このご仏壇は俺の亡き親父の形見なんだよ。俺自身は特別な信仰は無いかな。でも苦しい時は思わず仏様って唱えちゃうんだよ。おかしいでしょ。」

 

「真菜、ある宗教の熱烈な信者になったからといって、それだけで霊的に向上するわけじゃ無いの。大切なのは日常生活なの。その人の現在の人間性、それが全てのカギ。問題は何を信じるかではなく、これまで何を為してきたかだよ。」

 

咲の言葉に真菜は頷くと、猫のトイレとご飯に気がつく。

 

「咲さん猫飼ってるんですか?」

 

「うん。マチルダと言う真っ黒なメス猫なの。普段は放し飼いにしてるの。夕方お腹が空くとオートロックのドアの前で入れてくれと鳴くの。裏の公園で遊んでいる事が多いかな。真菜は猫派?それとも犬派?」

 

「わたしは生き物全て好きです。今は何も飼って無いですけど、機会が有れば育てたいですね。」

 

「それじゃあ里親募集で探せば良いよ。可愛い子がいっぱいいて迷うだろうけど。疲れた心を癒してくれるからお勧めだよ。ペットショップも良いけど、お金が高いから。」


二人の会話を俺はドキドキしながら聞いていた。真菜にバレたら大変な事になる。俺は話題を炊き出しに変えた。


「今日の炊き出しはどうだった?心の声は聴こえたの?」


「咲さんの御指南でまずは一人に集中して聴いてみました。その人はギャンブルの話をしながら今日はどこで寝ようかと心で考えていました。違う人の心を聴くとお酒が欲しいとか競輪に行きたいとか考えていました。愛の存在が分かる人がいなくて困りました。」


「あたしは女のホームレスが居るのに驚いた。歳は六十歳。とてもふくよかな体型で元々は風俗で働いていたみたい。名は美代子と言った。路上生活を続ける為にホームレス達に千円で手でやってあげていると言っていた。あたしはこの美代子に心の声を聴く霊力を分け与えたの。今頃ホームレス達は大騒ぎだろうね。ポセイドンの存在も教えてあげたけど心の方程式を解けるかな。美代子が奈落の底から這いあがってくるのをあたしは信じてる。あぁそうそう。ノンをターゲットにする初めての人だからよろしくね。」


 咲は涼しい顔でそう言うと、俺にウインクした。いよいよ俺の出番か。相手がホームレスの女と聞き少し気が緩んだ。


 咲の予想通りホームレス達は大騒ぎになっていた。それは麻雀から始まる。


 美代子は大の麻雀好きでこの日も炊き出しで貰ったパンと服を賭け、卓を囲んでいた。心の声を使い一度も振り込まず上がり続けた。


 それを見ていたチンピラが金を貸すから雀荘に行こうと美代子を誘いだした。まずレートは千点百円で勝負した。女流プロが一人入り対局が始まる。


 美代子は聴牌てんぱいしてもリーチをかけない。徹底して振り込まない事に専念する。半チャンを五回戦して全てトップで一度も振り込まないという偉業を成し遂げた。


 ここに伝説のホームレス雀士、黙テンの美代子が誕生した。


その頃、俺達は家で夕食に炊き出しで頂いたおにぎりとパンを食べていた。食べきれない物は捨てるしかない。三人で顔を見合わせ俺は溜息をついた。


 炊き出しの時、寄付された服もそうだけど物だけは溢れているこの国。なのに満たされる事の無い心。気が狂うほど毎日、働く人達。

なのに微笑んでいる咲と真菜。咲が呟く。


「ノン、魂の真の満足は、内的な静寂と輝きとなって表れるの。すなわち真の自我を見出したことから生まれる魂の平安と自信なの。魂がその状態になった時を悟ったと言うのであり、天の神様を見出したと言うの。そうなれば、人生のいかなる苦しみにも、悲しみにも負ける事は無い。また、ノンに解決出来ないほど大きな問題、背負えないほど重い荷を与えられる事は無い。それが与えられたのは、それだけのものに耐えうる力がノンにあるからなの。今日も新たに一人、ポセイドンに加わった。前を向いて進もうよ。」


 真菜を駅まで送り俺と咲は家に戻った。


 明日の日曜日は真菜の家でゴールデンウィークの準備をするらしい。俺はお金も無いし家で自叙伝を書く事にした。お酒はしばらく飲んでいない。時間は午後七時だ。


 咲が麻雀をやろうと言い出した。

「ノン、美代子が本格的に麻雀を始めたよ。プロ相手に大勝したらしい。いつの日か真菜にも麻雀を教えて四人で打ちたいね。美代子がどんな風に愛を広めるのか楽しみだよ。」


「美代子はプロ麻雀で日本一になれるね。咲も参戦したいだろ?」


「美代子はあたし相手には到底歯が立たないよ。黙テンの美代子とか言ってるみたいだけどノンのオープンリーチの方が面白いよ。ハイ、リーチ。」

 

「じゃあ俺もリーチ、でオープン。」

 咲が一発で振り込んだ。

 

「ノンのその化け物みたいな強運、あたしにもわけてよ!次やろう。」


 精神障害者の俺のどこに強運があると言うのか。咲がいなければ自殺してこの世から去っていたと思うのに。午後八時の精神薬を飲み、九時になった。


 夜の営みで咲は最近、イク事を知ったらしく俺に毎晩、色仕掛けをしてくる。俺の様子を伺いダメだと判断するとマチルダに戻るのだ。今日はまだ咲のままだ。俺は今週、咲を抱いていない。ベッドに入る。

 

「こっちにおいで。」と誘う。

 

「うん、優しくね。」と赤い顔の咲。

 

 敏感に反応する咲を楽しみながら一時間はたっぷり愛撫してあげる。何度もイク咲をみて俺がフィニッシュする。事が終わると咲はマチルダに戻った。


 俺は目を閉じると眠りについていた。

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