第33話 人間のカケラ

【龍神昇視点です】


 タンポポから帰った俺は咲の留守が気になっていた。


 ここの所どこかに出かけ帰りが遅くなっていた。置手紙で「お仕事お疲れ様。冷蔵庫にシチューとソーセージを作ってあるのでレンジでチンしてね。ハイボールも二本までにしてね。あたしがいなくて寂しい想いさせてごめんね。夕方には帰るから。咲」と書いてある。


 シャワーを浴びて咲の作ってくれた料理をつまみにハイボールを飲む。


 時間は午後三時を回ったところだ。俺はタンポポを卒業して障害者枠で就労をしようと計画していた。しかしタンポポの緩い作業に馴れた俺にはハードルが高い。咲の存在が無ければまた自殺願望が出てきそうだ。唯一の楽しみは俺がモデルの専門誌が発行される事だ。午後六時を過ぎて咲が帰って来た。


「ただいまノン。今日、真菜と言う女の子と上手くコンタクト出来たの。いよいよあたしとノンの出番だよ。天の神様に祈ろうね。」

 

 俺に何の出番が有るのかと思いながら自叙伝「人間のカケラ」をパソコンに打ち始めた。


 咲はマチルダに戻り、俺の膝に乗り心の声を聞いている。俺の親父は破天荒な男で四度の結婚歴がある。産みの母親は精神障害者で家にほとんどいなかった。物心つく頃から親父の商売の手伝いをしていた。


 みつくちの障害でいじめの対象になり苦しんだ日々。二十七歳で精神障害者に認定され辛い精神病院での入院生活。七度の入院歴があり結婚を諦めなければならなくなった事。


 そのエピソードを一つ一つ紐解き原稿用紙にぶつけた。


 しかし俺はまだ幸せな方だ。咲には産みの親の記憶が無い。温かい家庭も知らない。生まれて間もなく俺の家に来た。


 咲の言う通り、成長が早く俺の歳を追い越して行くのならきちんと最期を看取れたら良いと思う。

 

(死ぬまで面倒見ます。)

 マチルダの心の声が俺の心に届いた。 


*~*~*


 今日、四月三日は俺の五十三回目の誕生日だ。

 朝、タンポポに行く俺に咲が声をかけて来た。


「ノン、今日は二人でお誕生日を祝おう。あたしは買い出しに行ってご馳走を作りノンの帰りを待ってる。急がなくて良いから事故とかに遭わない様に気を付けてね。」


 俺は頷き家を後にした。誕生祝いなど子供の頃から一度もした事が無い。この歳になって初めての誕生祝いとは何かのご褒美なのか。生きてる証しだな。楽しみだ。


 タンポポに着くとまず通所したしるしにホワイトボードのマグネットのネームプレートを赤色から裏返して白にする。そして休憩室兼更衣室で作業着に着替え、缶コーヒーを飲みながら煙草を吹かす。


 作業するメンバーは減り続け、今日の通所メンバーは俺と伊東の二人だけだ。それでも職員が入り作業が始まる。


 俺は指示通り黙々と作業を続けた。時間の経つのは早く、昼食を済ませ午後の作業に入る。午後二時きっかり作業が終了した。


(咲、もう帰るよ。)俺の声は咲に届いてるのかな。


 帰りのバスに乗り込み家路に着いた。薄暗い部屋に入ると窓のカーテンが閉めきられ、何本ものローソクが火を灯し、幻想的な雰囲気を醸し出している。テーブルの上には咲の作った料理が並んでいる。咲は部屋の奥から姿を現した。


「ノン、お誕生日おめでとう。素敵でしょ。初めてのプレゼントはノンの一番欲しいモノを差し上げます。それはこのあたしです。ノンとあたしは今強い絆で結ばれました。人間は本来一人の異性と添い遂げねばいけない。ノンは今日までいろんな障害で良き伴侶を得る事が出来なかった。今までの苦労が報われる日が来たのです。」


 咲は、俺の見た事が無いピンク色の可愛い服を着て厚化粧をしている。


「化粧は販売員の人に無料でやってもらったの。服は真菜から借りた。料理も値引きしてある物で作ったの。お金なんて少しあれば楽しく生きられるよ。お金に執着しないで生きていきたいの。」


「ありがとう咲。俺より先に死ぬなよ。咲が死んだら俺も後を追うからな。」


「自殺は駄目です。死んだ後、聖霊として出会えなくなるから。自分の人生をきちんと全うして下さい。では一曲ご披露致します。」


 YUKIの「プリズム」を咲はアカペラで歌い出した。激似だ。お返しに俺は尾崎豊の「卒業」を披露した。俺は歌がド下手だ。しかし声だけはデカい。咲は大うけした。


 乾杯をして食事を始めると、咲が俺宛の小包みを渡した。


 専門誌からだ。編集者から四冊贈呈すると聞いていた。小包みを開けると俺が表紙の四月号だ。満面の笑顔で写る俺を見て咲は大笑いした。専門誌の表紙に出るなんて二度と無いだろう。こんなに楽しい誕生日は初めてだ。生きていて良かった。食事を済ませ咲は後片付けを始めた。咲から心の声が届く。


(今日、する?)


「ん?」と眉間にしわを寄せ咲を見る俺。


 顔を真っ赤に「麻雀だよ、麻雀。」と咲。


「しても良いけど俺が勝ったら朝まで寝かせないからね。」


 すると咲は「望むところよ。」と不敵な笑みを浮かべるのであった。

 


☆☆☆


【お知らせ】


 いつも読みに来て頂きありがとうございます。


 実は今日から3日間の予定で、大腸ポリープを切除する手術をするために病院に入院いたします。その間、更新をお休みします。次の更新は今週の28日の金曜日を予定しています。是非、遊びに来て応援して下さい。よろしくお願いします。


 龍神昇でした。

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