第46話 外出許可がおりる

 咲は以前の様に水晶占いは女性限定にしていた。


 占いに来てくれる全ての女子に咲は霊力を授けた。咲のアドバイスで彼氏と繋がり今度結婚すると言い、ご祝儀に一万円置いていく女子もいた。妊娠をして彼氏との絆が深まったと泣いて報告する女子もいた。 


 咲と真菜の地道な努力が実を結び始めて来た。


 街でのヤクザ絡みの事件が激減していた。心の声を聴ける人が、この街に居ると言う噂が流れたりしたが、その真実を知る者はいない。


「ジャパン」を合言葉に急速に霊力を持つ女子が増えた。ルールを破り霊力を使えなくなる女子もいるが、咲はそれを黙認した。


 咲は日曜と祝日に占いを休んだ。俺に会いたっぷりと甘える為だ。


 今日の日曜日は真菜を連れ病院に会いに来た。面会時間は午前十時から午後四時まで。外出許可の出た俺は、病院の昼食をキャンセルして、この街の焼肉屋で過ごす事にした。 


 咲は珍しく俺の隣に座った。入院中なのでアルコールは禁止だ。


 俺は咲に尋ねた。

「俺は生きたい。ただ生きているだけで良いのかな?」


「アハハ!ノン、今更何当たり前の事言ってるの?ノンはポセイドンプロジェクトのターゲットなんだよ。どんなに苦しくても生き続ける。ノンは強い。あたしのダーリンなんだから。アレッ!ノンが急に前向きな事言うから嬉しいのに涙が出て来るよ。人間て、嬉しくても泣けるんだね。アハッ。」


「咲さん、それ普通です。わたしも嬉しくて涙が出ます。」

 咲も真菜も流れる涙を拭かず肉を焼いている。


「ノン、病院を退院したら少し旅をしようか?まずは隣町の工場地帯から。ノンが自叙伝で書いた若い頃、商売をしていた所だよ。お兄さんと飲み明かしたという焼き鳥屋へ行こう。そして二人で飲み明かそう。」


「わたしも行きます。連れてって下さい。」


「それじゃ三人で。」


「でもそれって旅とは言わないよね。北海道とか九州とかなら分かるけど。」


「あたしは地元からほとんど出た事が無いんだよ。あたしからしてみれば隣町は異国だよ。」

得意のアヒル口にしてスネて見せる咲。


「俺が退院したら咲の行きたい所に行こう。真菜も時間が合えば一緒に来たら良い。生きる事を楽しもう。」


「やったー!」とバンザイする咲と真菜。


 食事を終えると、咲がお会計を済ました。

「あたし稼ぎが良いから心配しないで。ノンは焦らずゆっくり、のんびりと過ごせば良い。二度とあたしを泣かせる事はしないでね。」


 病院に戻りお別れの時間になる。別れ際、咲が抱きついてきた。

「ノンのこのぷにょぷにょした感触が大好き。真菜もハグしてもらいな。」


「じゃあ失礼します。あっ!本当だ。やわらかくて気持ちいい。」


三人でじゃれ合うと「何してるんですか!止めなさい。」と職員に注意された。それでも咲は俺から抱きついて離れない。


「ノン、ノンは生きていて良いんだよ。もう充分に戦ってきた。自分を許してあげる時が来たんだよ。生きているだけで良いんだ。何かしたくなったらそれをすれば良い。いつでもあたしがついている。えへっ、ごめんね。ノンが生きてるのが嬉しいんだ。涙が止まらないのは嬉しいからなんだ。失敗しても二人でやり直せば良いんだ。」咲は泣いている。


「咲さんずるいです。わたしもいます。」


「さては真菜、ノンに惚れたな?でも無理なんだなぁ。ノンはあたしにぞっこんだから。心身ともに深い絆で結ばれているのです。」


「否定はしません。良いんです片思いで。」


「二人ともありがとう。時間を守らないと罰則があるから病室に戻るよ。気をつけて帰ってね。」


 俺は病室に戻り、ベッドに横たわった。今年の夏は病院で過ごす事になるだろう。何か考えるとネガティブな俺が顔を出す。生きてるだけって言うのも苦しいものだ。


 俺の飲む一日の精神薬は三十錠を越えていた。それ以外に頓服の薬を飲んだ。俺の身体は離脱して魂は悲鳴をあげている様だ。精神薬の副作用で苦しむのは当事者にしか分からない。喉が渇き、手の震えが止まらない。主治医に訴えても薬が増えるだけなのは経験済みだ。


俺はいっそのこと野良猫になりたい。産みの親も誰か分からずにひっそりと生きて死んでいくのだ。

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