第44話 自殺未遂
ある日、俺はタンポポを休む事にした。
占いの仕事がある咲を送り出し、行動に出た。量販店に行き練炭を買う。家に帰りトイレの中で空調に蓋をしてドアに目張りをして練炭に火をつけた。空気が薄くなり意識が遠のいた。
気を失い目が覚めると、そこはお花畑でとても綺麗だった。歩いていくと大きな川が流れていて、そこに一人の年老いた女性が立っていた。
一目で母さんだと分かった。
「ノンちゃんお久しぶりです。ここに来るの少し早くないかしら。この川を渡ると二度と戻れないわよ。あなたを必要としている多くの人達がいるはずなのに大丈夫なのかしら。この川を渡るのならわたしが付いていきます。戻るのなら振り返り、一人で全力で走って行きなさい。」
俺は怖くなり、振り返り全力で走り来た道を戻った。意識が戻り目を開くと咲が叫んだ。
「ノンが目を覚ましたよ!先生!!」
咲は俺の異変に気が付いていた。俺がタンポポを休んだ日、咲は占いの館に着き俺の心を意識して聴いていた。俺が量販店に行き練炭を買うと危険だと感じ家に戻ろうとした。
咲から心の声が届くが返事をしなかった。
しかし、すでに占いをしてもらいたい人が五人待っていた。即席の優先券を渡すとタクシーを拾い家路を急いで帰った。
携帯を持たない咲は、真菜に心の声を送り家に救急車を手配する様に頼んだ。授業中の真菜は、トイレに行くと言い教室を出て救急車を手配した。
咲が家に着くと救急車が到着していた。家に入るとトイレにいる事にすぐ気が付いた。外からカギを開けると俺が意識を失い倒れている。
「嫌ぁー!!」と叫ぶ咲。
心肺停止状態の俺に応急処置を施すと呼吸が戻る。総合病院に搬送され三日間意識が戻らない。そして意識が戻った。俺の体中いろんな管が巻かれ動けない。
目を開けると咲が顔を近づけ泣いている。その顔はパンパンに泣き腫らしている。
「何してるんだよ!死ぬまで面倒見ますって約束したじゃんかよ!」とワーワー泣いて騒いでいる。俺は生き残ってしまった。あと十分発見が遅れたら死んでいたらしい。
咲は水晶占いを休み、毎日俺に会いに来てくれた。一生懸命笑顔になろうとする咲。目が合うと「えへへ。うぅ駄目だ。」と泣く咲。
主治医に頼んで泊まり込みで付き添いたいと願う咲に許可が出た。俺は個室に入院していた。就寝は午後九時だが一時間ごとに看護師の見回りがある。その合間をぬいマチルダに戻り、俺のベッドにもぐりこみ甘えてくる。その気遣いが俺を癒してくれた。
咲は泣き虫になっていた。朝起きておはようと言い泣き、朝食のいただきますと言い泣き、昼食のいただきますと言い泣き、午後のリハビリをしながら泣き、夕食のいただきますと言い泣き、寝る前のおやすみを言うと泣いた。
あれほど超ポジティブでネアカの咲が影を潜めた。俺はまた咲の心を傷つけてしまった。それでもなお、俺には自殺願望が残っている。その心が咲を泣かせる原因なのだろう。精神障害とはそういうものなのだ。
俺には自分の心がコントロール出来ない。咲は何の落ち度もなく俺に接してくれる。今の俺は、献身的な咲に甘えるしか無い。
総合病院を退院した後、十文字さんの勧めで家から2時間かかる、精神病院に入院する事になった。俺にとって八回目の精神病院の入院だ。
入院前日、俺は準備の為家にいた。兄は忙しくて俺の相手が出来ないと言い来なかった。咲と二人で入院生活の準備を終えた。
俺は持っている貯金通帳を咲に渡し、自由に使う様に言った。合わせて百万円ある。はした金だが俺が退院するまではもつだろう。
咲は達観した顔でこう言った。
「ノン、死ぬのは勝手だよ。でも今度死のうと行動に出るならあたしを殺してから死んで。あたしは所詮野良猫で死んだらマチルダに戻るだけ。ノンは人殺しにはならず罪を問われる事は無い。あたしは怨霊となり、永遠にノンに取りつく事が出来る。
あたしを殺さなくても、ノンの後を追い自殺する。自殺したあたしは怨霊となり永遠にノンの魂に取りつく。そこには愛が無く憎しみと悲しみしかない。
でもあたしは諦めない。あたしは、ノンの深い愛に全てをかけて生きている。人生を全うし、死んだあともノンと愛を求め生きて行く。あたしの魂は不滅だ。ノンの魂も不滅だ。あたしはノンを信じてる。必ず道は開ける。」
俺はただ黙って聞いていた。
「ノンの凄い所は心を無に出来るところだよ。心で話さず、感情にも出ない。幼いもの心つく頃、余程辛い目にあって生きて来たんだね。あたしはノンと一つになりたい。そして多くの人達の役に立ちたい。」
自然と俺の頬を涙が溢れ流れ落ちた。
「泣きたい時は、泣こうよ。ノンのお父さんは厳しい人で、ノンに全て我慢する様に育てた。お父さんを恨まず自分に矛先を向けるのはもうよそうよ。産まれてこなければ良い人間なんていない。あたしは人間が大好き。
あたしが死ぬまで面倒見ますって言うノンの約束は守って欲しい。こんなお金はいらないよ。あたしはノンの愛があれば何もいらない。だから天命を全うして生きぬいて。」
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