第16話 咲の透視術

 家に帰ると咲が元気に出迎えてくれた。


「何か食べたの?」と聞く俺に向かい、「ノンと同じ様に、カニ無し玉子雑炊作って食べた」と答えた。


 俺の今日の行動は全て咲にお見通しの様だ。


 軽くシャワーを浴び、ソファーに座ると咲に桜田教会をどう感じたのか聞いた。

「ステンドグラスも無く質素で、中央に大きな十字架が掲げてある。地味だけど余計な物が無く素敵な礼拝堂ね。」と答えた。


 まるで自分の目で見た様に話す咲。


「ノンの目を通して、透視が出来るの。でもまだ慣れなくてかなりエネルギーを使うので、長い時間継続して見れないの。心の声と話す声はずっと聴いてたよ。」


 ホットミルクを二つテーブルの上に置くと、俺の隣に座り咲の話が続く。


「主よ、主よ、と何かというと主を口にする事が信仰じゃ無いと思うの。大切なのは主の心に叶った行いだよ。それが全て。口にする言葉や心に信じる事じゃ無い。頭で考える事でも無い。実際の行為だと思うの。


 何ひとつ信仰というものを持っていなくても、落ち込んでいる人の心を元気づけ、飢える人にパンを与え、暗闇にいる人の心に光を灯してあげる行為をすれば、その人こそ神の心に叶った人だわ。」


 咲の話を聞きながら俺は前田の事を考えていた。それを察知した咲が話を続ける。


「前田さんは、与えられるという行為に恩を感じていない。当然の権利の様に振る舞う態度に憤りを覚えるよ。」


 ホットミルクを飲みながら、咲は優しく微笑んでいる。


 午後八時の薬を飲み、カード麻雀を始めた。咲は覚えが早く、点数計算も出来る様になっていた。俺は、符計算が苦手でいつも大雑把に数えている。雀荘にフリーで行く事もあったが、いつも人任せだ。今は咲が計算をしてくれる。咲が大人になったら、雀荘に連れて行き、フリーで打たせたら勝てるだろうなどと考えていた。 


 午後九時になり、携帯のアラームが鳴った。


「もう寝よう。」と俺が言うと、咲はうなずき寝る準備に入った。

咲は、寝る前マチルダに戻る為、風呂場の入口に置いてある洗濯機の前で変身する。

「はい!」と気合を入れる声が響くと服を脱ぎ棄てその中からマチルダが顔を出す。


 俺が部屋の灯りを消し布団に入ると、マチルダも後からもぐり込んで来る。

 俺の顔を舐め、ゴロゴロと甘えている。今日も機嫌が良いようだ。


 ささやかだが、大きな奇跡が俺を包み込んでいる。


****


 タンポポの作業は基本的に午前九時半から始まる。


 俺は、バスに乗り八時半にはタンポポに着き、缶コーヒーを飲みながらくつろいで過ごす。遅れて前田が通所して来た。


 三階の食堂には、タンポポで用意してくれているコーヒーやお菓子などが置いてある。前田はこれを、モーニングセットの様にして食べていた。


 月に一度のミーティングでこれを指摘され、朝食代わりに食べない様に言われ、前田は大恥をかく事になる。メンバーからもしけもくを狙う行為で白い目でみられている。


 前田のしけもくを漁る行為は徹底していて、灰皿の水に浸かった吸い殻を乾かしてでも、吸おうとする。


 俺が「そんなの吸えるのかよ?」と聞くと口にくわえ「駄目ですね。吸えません。」と答えた。


 帰りのバス停でも人目を気にせず、しけもくを探し、見つけると口にくわえ火をつける。その姿を、高校生達が見て指をさしコソコソと話している。そんな前田の行為を見ていられず、俺は一緒にいる時は徹底してしけもくを阻止した。


 まるで苛めている様だが容赦しなかった。

 

 前田がタンポポに通所せず休む様になる。

 携帯に連絡すると「毎日、苛められている気がして行きたくない。」と答えた。

 

 しばらくすると、前田はタンポポを退所して、違う支援センターに移ってしまった。

 

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