第41話 心のルール

 ユーチューブの生番組で、女流プロ雀士の日本一決定戦、決勝が放映された。


 この対局にホームレス雀士、黙テンの美代子が出場した。半チャン一回戦の一発勝負だ。俺は家で咲とこの勝負を観戦した。優勝賞金百万円だ。美代子は予選から全てトップで、これまで一度も振り込まないという記録を作っていた。


 対局が始まった。


 咲には美代子の心の声が聴こえるらしい。

「やっぱり美代子の麻雀はつまらない。単なるいかさまだよ。少し意地悪しようか。」

 

 そう言うと髪の毛を逆立たせ「エイっ!」と念じると、美代子が突然キョロキョロしだした。心の声が聴こえない。


 すると親のリーチに一発で振り込んだ。親の満貫で一万二千点払いだ。解説者が驚いている。予選を通じて初めて振り込んだのだ。

 

 点棒を渡す美代子の手が震えている。今にも泣きそうだ。


「少しは謙虚になりなさい。元に戻すよ。ハイっ!」と咲が気合を入れると美代子が「ふーっ」と天を仰いだ。すると黙テンでのアガリを連発した。対局が終わってみれば美代子の圧勝だった。


 優勝賞金を手にした美代子にアナウンサーが賞金を何に使うのかインタビューすると「地元でお世話になったホームレスの人達と飲み明かしたいです。」と涙を流しながら答えた。


 後日、土手の水門近くで行われる土曜日のパンの配給に美代子が突然現れ、集まったホームレス約六十人に対し、一人現金一万円を手渡すというエピソードを残した。      


 日本一の称号を手にした美代子は一躍時の人になった。


 元風俗嬢のホームレスというのが話題となり、自叙伝を出版してベストセラーになる。「謙虚になりなさい」という咲の声が脳裏から離れず、地元の安い中古のマンションを購入して、猫を二匹飼い一人暮らしを始めたそうだ。


 もう美代子はホームレスでは無い。心の方程式を解くという宿題もある。

 俺はいつの日か、咲と真菜を連れ美代子と雀卓を囲みたいと思った。


*~*~*


 平日、俺がタンポポで作業している時、咲は地元の駅周辺で、水晶占いにより霊力を授けた女子と距離をとろうとしていた。


 合言葉は「ジャパン」


 この言葉を心の中で唱え目標人物に気を向けると心の声が聴こえ、終わりにもう一度ジャパンと唱えると無音になる。


 悪意や邪な心を持ち、この霊力を使うと心の声を聴く力を失ってしまう。霊的成長を望む者は、霊的成長を促す様な生活をする他は無い。


 咲が霊力を授けた百五十人はこの力を失わない様に闘っていた。心の声を使える事を他言すると、直ぐに霊力が失われてしまうのだ。


 しかし各自一人にだけ例外がある。それは心の絆で結ばれた愛する人。その一人とだけ霊力を分かち合えるのだ。


 心の方程式の答えは「愛」だ。その愛にたどり着くまでの方程式が難しいのだ。心の方程式はこの世に生まれた時から始まっているのだ。


 人が必死に求めようとする地位や財産や権威や権力は、死とともに消えてなくなるのだ。しかし、他人の為に施した善意は決して消えない。なぜなら、善意を施す行為にたずさわることによって霊的成長が得られるからだ。


 博愛と情愛と献身から生まれた行為は、その人の性格を増強し、消える事のない霊性を魂に刻み込んでいく。


 咲はこの街を、心の方程式の発信源にしようとしていた。


 ノアの占いの館でお世話になった責任者と交渉して平日の午前十時~午後一時までの三時間だけ水晶占いを行うと決めた。駅近辺の食料品は新鮮でしかも安い。俺がタンポポの作業を終えて帰る時間にあわせるみたいだ。


 俺はこの頃、咲の心の声だけ自由に聴きとれる力をもっていた。咲が心の底から俺を受け入れた瞬間だった。だが、俺が他の人に対して心の声を使えないという現実があった。真菜の心の声も聴けないらしい。咲に尋ねると携帯もあるし霊力など必要無いと言われた。


 俺は咲の言う事に従うしかない。


 咲が水晶占いを始めると噂を聞いた霊力を授けられた女子がパラパラと顔を出す様になった。その都度咲はこう諭す。


「自分を愛するごとく他人を愛せよ。苦しむ者に手を差し伸べよ。人生に疲れた人、心に潤いを求める人に真理を語って聞かせよ。病の人を癒し、悲しみの人を慰め、不幸な人を訪ねてあげよ。こうした教えは、遠い昔から説かれていた真実です。こうしたことを実践しさえすれば、地上は一変し、二度と恐ろしい悲劇をもたらす争いは生じなくなるでしょう。難しい事は無いのです。あたしの所に来ても、答えは無いのです。答えはあなたの心の中にあるのです。まずは自分と向き合いましょう。」


 そう言い聞かせ帰すのだった。


 水晶占いをするのは女性のみだと言うのに男性も来る様になる。咲は男性には心の声を聴いて悩みを解く糸口を見出す手伝いをしてあげる。初めて来る女子には霊力を授けていく。


 咲は占いの館の責任者にお願いして賃金を現金で貰える様にしていた。水晶占いは十分千円だ。歩合制で一日一万円は稼いだ。現金にしたのは、いつでも辞められる様にした為だ。暇だと困るが、流行り過ぎも困る。しかし咲の行う水晶占いはリピーターがいない。


 一度霊力を授けると二度と来ない様に言い伝えるからだ。男性が多くなったが咲はマイペースで水晶占いを続けた。


 来るなと言うのに来る女子がいるがお金を受け取らず帰していた。


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