第26話 メンタルクリニックにて
今日は、月に一度のメンタルクリニックの診察日だ。
担当の十文字さんは精神障害者の駆け込み寺だ。障害年金や生活保護の受給方法などを教えたり、福祉サービスの種類を提示してくれる。常にプロセスが大切だと訴え、俺達精神障害者の立場になり活動している。
「身体や知的障害のハンディキャップのある人は、大抵親や当事者が、生活などの不具合を世間に訴える。精神障害者の場合、親も当事者もその不具合を世間から隠そうとして具合を悪くして、最悪自殺などの取り返しのつかない行動に出る。僕はこの精神障害者の壁をぶち壊す。」
そう話す十文字さんは、俺の兄からの信用も絶大で、俺が精神病院に入院するか否かの判断も任せているほどだ。しかし咲の存在は隠したままだ。
「例の黒猫は元気なの?ちゃんと避妊手術してあげた?発情期が来ると大変だし可哀想だよ。」
そう言う十文字さんに、「避妊手術したので、死ぬまで面倒見ます。」と、嘘を答えた。
十文字さんは精神障害者を「タレント」と呼び、大小問わず会合やセミナーに連れて行き自由に発言させている。バンドを組んで歌を作っている精神障害者を連れて行った時に披露した曲名が「幻聴」。この曲の詩に「無理やり精神病院に入れられた」と言う部分があり、入院させたのは僕だと十文字さんは頭をかいた。
俺が自叙伝を書いている事を伝えると、読んでくれると約束してくれた。
十文字さんの面談が終わると、主治医の筑根先生の診察がある。精神薬は変更が無いと言われた。以前、無理に薬を減らす様にしてもらい、精神に変調をきたし元に戻してもらって以来、指示通り精神薬を服用する事にしている。
診察を終え、薬をもらえば後は帰るだけだ。
電車で駅まで帰るまで四十五分かかる。普段はバスに乗り換えて家まで帰るのだが、今日は咲と駅で待ち合わせ、今何が流行りなのか見て回ろうと思う。咲の霊力を高める意味もある。実際に人混みに紛れると咲の顔つきが変わるのだ。人酔いしやすいのも気になる。
咲の小悪魔的な笑顔が男達を魅了するらしく、俺が隣に居てもやたらと声をかけられる。だから外出にはマスクとメガネと帽子が必需品だ。
駅の時計台の前で待ち合わせると、帽子を深くかぶりマスクをした咲がいる。俺に近寄り耳に顔を近づけて「死ぬまで面倒みます」と言う。どうやら俺が十文字さんに言った言葉が気に入ったらしい。
俺は咲と歩く時、手も繋がないし腕も組まない。俺の首から下げている鞄の紐を咲は握り締め後をついてくる。気になるモノを見つけると鞄の紐を引き合図するのだ。まるで散歩に連れられている犬の気分だ。
この街には、これでもかと言う位パチンコ店がある。
咲はパチンコをする人の心を理解している。俺がパチンコ依存症の事も知っている。やらなくなって三年経つが、今でも新台が出るとギャラリーとして見に行く。
咲には、パチンコのシステムが分かるらしく、絶対に打たない。あのジャラジャラと鳴る音も嫌いらしい。そしてパチンコに興じている人間の、欲望と憎しみ。同じ時間を過ごすなら静かに読書をしていた方が楽しいと言う。
千円あれば好物のとんかつと唐揚げの盛り合わせが食べられお釣りがくる。
ノアの地下にあるパチンコ店は俺達のトイレタイムの場所だ。パチンコ店のトイレはとても綺麗で、それだけは許せるらしい。
「パチンコ店では、あたしの霊力を使うのに苦労しそうね。心の方程式を使うのは、遊びが終わり大負けして後悔した状態の時ね。自分の蒔いた種は自分で刈るしか無いのだから。」咲はそう言うと、パチンコ店を出た。
今日の昼食は昼の時間帯を外し、午後一時半にした。繫華街にある三百円酒場と言う看板が目に留まった。酒は止めた筈だが俺は意思が弱い。
咲がお金を使うなら、レンタル店で見たいDVDを借りて家でご飯を食べたいと提案した。缶チューハイ一本なら飲んでも良いと言った。家には咲の買った食材の在庫が有るのだ。俺は缶チューハイの誘惑に負け家に帰る事にした。
家に帰ると、まず風呂に入る。いつも通り咲が入り、それから俺が入る。俺が入っている間に咲が食事の準備をする。
風呂から上がると、すでに食事が出来上がっている。今日のメニューは麻婆茄子とほうれん草のお浸しだ。咲の料理の腕は日増しに上がっている。メニューのバランスも良い。俺が買ってあげた料理本を駆使して作るのだ。
缶チューハイを飲みながら俺が咲に出来る事を考えていた。
明日の日曜日は、教会の礼拝がある。先日は些細な出来事に気分を害して、食事会に参加せず帰ってしまった。どうしようか迷っている俺に「ノンが行くならあたしもついて行くよ。前回は食事も食べ損ねたし。良くも悪くも勉強になるから行こうよ。」と咲。
俺は礼拝に参加する事に決めた。咲は嬉しそうだ。
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