第12話 俺がホームレスになったら
家に帰ると咲が出迎えてくれた。
シャワーを浴び、パックのご飯を温め、おにぎりにして三個作り、レトルトのおでんを用意した。咲もまだ食べていないらしく、おにぎりを一個あげておでんを二人で食べた。
歯を磨き、精神薬を飲むと一息入れた。
長い一日だった。あれだけ沢山のホームレスを相手に、支援している事に驚きを隠せない。咲は黙ったままで、何も話さない。食事の後片付けをしながら、眠いのかあくびをしている。
俺は咲に問いかけた。
「咲は、俺がホームレスになっても一緒について来てくれるかい?」
その問いに一言「愚問」と答えた。
「ノン、あたしは元々一匹の野良猫なんだよ。今ならノンに捨てられても、マチルダとしてたくましく生きていく自信があるわ。でも今ノンと別れたら、咲でいられる自信が無い。」
咲は、かたづけが終わると俺の隣に腰かけ、今日の炊き出しの感想を話し出した。
「ホームレスの人達ってとても我慢強いと感じたわ。心の声を聞いても、とても前向きで今、この一瞬を生きる事に執念がある。死にたいとかいつも考えてる誰かさんよりとても魅力的だね。」
「前田の事はどう思う?」
「前田さんて、かなり変態だね。気が弱いくせに、強欲で図々しくてケチで。あたしはちょっとパスかな。三十七歳であれだと、心の方程式で解くのは大変な作業だね。ただ生きるという執念はノンよりあるから、お手本にしたら良いわ。」
咲の言う通り、俺には生き抜いてやるという執念が欠けている。
明日はキリスト教会での食事会だ。イエス・キリストの物語は好きで、聖書をはじめ関連の映画や書籍は沢山読んでいるが、礼拝に参加するのは初めてで、楽しみにしている。
俺の亡くなった両親が、ある宗教の熱心な信者で、家が会合の会場で使われていた事もあり、自動的に俺もその宗教の信者と言う事になる。両親が亡くなり、家もワンルームマンションに建て替え、元々宗教に興味が無い為、名前だけの信者だ。
俺の部屋には生前、親父が用意した小さな仏壇がある。親父の形見だと思って毎日手を合わせている。
時間は午後九時になろうとしている。部屋の灯りを消し、ベッドに横になると、咲がマチルダになり布団にもぐり込んで来た。
(おやすみ、ノン。どうか頑張らない事を覚えてね。あたしの為にも。)
マチルダの心の声が俺に届く。
今日の炊き出しの経験で、躁状態で眠れない。走馬燈の様に今日の出来事が浮かぶが、目を閉じていると自然と眠りについた。
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