第67話 独りにはさせない

 今日は大晦日の日曜日だ。


 昼食は桜田教会でがっつり食べられるので、朝食は軽くコーンフレークだ。三人で朝食を食べるのはイブの翌日以来だ。真菜が引っ越して来たら三人で朝食を食べるのも多くなるのだろうか。


 午前九時になり家を出て桜田教会に向かった。いつものように受付を済ませ礼拝堂に入室して席に着いた。


 ここで咲が、今年最後のお勤めだと言い、牧師の藤原さんに霊力を授けた。御年七十歳のおばあちゃんに、咲の霊力が使いこなせるのか?藤原さんは犬のパグに似ていて眼光鋭くいつも怒っている様に見える。


 霊力のルールを破るとすぐに使えなくなるので秘密をキーワードにしなくてはいけない。ここで真菜の出番だ。ルールは心の声をコピーしていて「JAPAN」と唱えれば良いらしい。

 

 午前十時半になり、礼拝が始まった。


 司会は伝道師の鈴木さんだ。黙祷から始まり賛美歌を唄う。聖書を読み、藤原さんの説教が行われた。冒頭で「聖霊が今日、わたしの心に宿りました。この力を主に捧げます。」そう言うといつも通り説教を行った。


 終わると、賛美歌を唄い、献身に移った。俺達三人はいつも通り二百円ずつ入れた。最後に頌栄を唄い黙祷をしてプログラムが終了した。


 牧師の藤原さんを目で追う咲と真菜。しきりに藤原さんは「JAPAN」と、口にしている。そんな中、食事会になった。メニューは普段と変わらない。しかし大晦日まで食事を振る舞う姿に心を打たれた。食事の後、年越しそばで、カップ麺の天ぷらそばを一つずつ頂いた。


 藤原さんは一人椅子に腰かけ目を閉じている。


 その間、真菜は心の声を使い、語りかけている。咲は藤原さんが霊力を使い、毎週招き入れているホームレスの人達にアドバイスして、今まで以上に愛を広めて欲しいと願った。


 今年最後の礼拝が終わり、教会を後にした。礼拝が終わり、バスに乗り駅まで行った。真菜の家に行く様に咲に言うが、嫌だと俺の腕を掴んで離さない。

 

「ノンは、今月病院を退院してまだ日が浅いんだよ。一人ぼっちになって、またよからぬ事を考えたりしたら嫌だよ。真菜は実家に帰したら良い。あたしは、ノンのそばにいるよ。良いでしょ!ノン。」

 

「咲さん、良いですよ。わたしの母の事は任せて下さい。ノンさんが一人になるのは、わたしも心配です。咲さんが付いて面倒を見てあげて下さい。」

 

「ノン、そう言う事だから。一緒に帰ろう。夕食にお寿司と、酒のつまみに枝豆とフライドチキンでも買おう。それと冷蔵庫に入っているワインを開けて飲もう。」

 

「咲と真菜がそう言ってくれるならそれで良いよ。真菜もお母さんに宜しく言ってね。年明けの四日が魚河岸だからね。」

 

「はい、宜しくお願いします。ノンさん、咲さん、よいお年を。」

 

 真菜と駅で別れ、帰りのバスに乗り込んだ。スーパーに寄って夕食のおかずを買った。家に帰り風呂に入る。テレビをつけると今年の十大ニュースをやっている。


 俺の十大ニュースはやはり自殺未遂だろう。咲と真菜に心配をかけてしまった。真菜との初体験も一つのニュースだろう。ポセイドンプロジェクトの進行も気になる。


 咲とソファーに並んで座りワインを飲みながらテレビを見た。俺も咲も普段テレビは見ない。インターネットで紅白の出場者をチェックしたが、ほとんど知らない歌手で見る気を失せた。


 他のテレビ番組も調べたが「年忘れ○○」とかでテレビタレントが何やらワーワー騒いでるだけで面白くない。咲も同意見でテレビを消した。JポップをBGMにしてくつろいだ。


 この日、俺と咲はワインを三本空けた。日増しに酒が強くなる咲。俺に酒を止めさせると言っていたのが嘘の様だ。いつもはアルコールを口にしないので良いのだろう。


 酔うと陽気になる咲。普段でもテンションが高いのに抑えるのに大変だ。咲と今年を振り返り笑ったり、泣いたりした。やはり俺の自殺未遂が今年一番のニュースだと泣いた。


 俺が専門誌の表紙に載ったのは、良い思い出になった。俺の誕生日も楽しかった。来年は咲と真菜の誕生日を一緒に祝いたい。咲の誕生日は恐らく十一月だ。咲に聞くと十一月は毎週日曜日にお誕生日会をやりたいとか言っている。それは無理なので十一月一日を咲の誕生日とした。咲は喜んでいる。


 来年はどんな年になるのだろう。


 一番気になるのは世界中に産み落とされた、霊力を授けられた命だ。殉職する命も出るだろう。咲の話だと発展途上国に生まれた子は大変だと思うらしい。魔女扱いされ最悪、レイプされ殺される。それを指をくわえ、遠い日本で見ているしかない。


 それに対して先進国に生まれた子は運が良い。与えられた霊力を思う存分使い、愛を広めて行くだろう。そして日本で唯一霊力を持つ咲。真菜を筆頭に「TEAM JAPAN」は着実に進化している。機が熟したら咲をマスコミに取り上げてもらう手もある。

 

しかしそれでは、俺がポセイドンプロジェクトのターゲットだとすぐにバレてしまう。咲は日本での活動に対して楽観的だ。日本人は基本的に人が良く、真面目で勤勉だ。障害者に対しても優しい。


 どちらにしろ来年は勝負の年になるだろう。夕食を済ませ、咲が千鳥足で後かたずけをしている。俺は寝る前の精神薬を飲んだ。


 真菜はお母さんと仲良く過ごしているのだろう。心の声を送ってみた。

 

(真菜、夕食は何を食べたの?)

 

(はい、ノンさん。今日はノンさん達と同じでお寿司を食べました。わたしが帰って来たので母は安心みたいです。明日は近くの神社に初もうでに行きます。もうすぐカウントダウンですね。来年は一緒に大晦日を過ごしたいです。咲さん大丈夫ですか?)

 

(ハハッ!ちょっと飲み過ぎたかな?今日はもうマチルダに戻って寝るよ。来年はノンを取りっこして喧嘩しない様にしようね。愛してるよ、真菜!)

 

(はい、わたしも咲さんとノンさんを愛してます。ノンさん、いつでも真菜に心の声を送って下さいね。真菜はノンさん一筋なので。浮気はすぐバレるので駄目ですよ。)

 

(可愛い子猫が二匹いるからね。無理せずに過ごすよ。愛してるよ、真菜。)


(凄い!ノンさんに初めて愛してるって言われました。もう一度良いですか?)

 

(愛してる。)

 

(すいません、もう一度。)

 

(愛してるよ。)

 

(最後にもう一度。)

 

(真菜!いい加減にしなさい。ノンもバカップル丸出しだよ。あたしはもう寝るよ。)


 咲はそう言うとマチルダに戻りベッドに潜り込んだ。時間は午後九時を回ったところだ。

 

 俺は普段通り寝る事にした。目が覚めれば新しい年が始まる。

 マチルダを抱きながら眠りについた。

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