第48話 一泊二日の外泊
俺が精神病院に入院して三か月になろうとしている。
俺の自殺願望は完全には無くならない。その自分と上手く付き合うしか手だてはないのだろう。
退院に向けて外泊でのリハビリが始まった。まずは一泊二日から。土曜日と日曜日に外泊する事にした。兄は仕事に夢中で、この日まで一度も面会に来ていない。
咲は大喜びで、土曜日の占いの仕事を休んで迎えに来ると言っていた。季節は秋で半袖だと少し寒いくらいだ。黒猫のマチルダを拾ってどれくらい経つのだろう。咲の成長は驚くほど早く、やはり天の神様の使いなのかと思わせる。これは咲と二人だけの秘密なのだ。人に知れると瞬く間に魔法がとけてしまう。
真菜が名付けた「TEAM JAPAN」も順調に成長している様だ。
真菜の努力が天の神様から認められ、誰とでも心で会話が出来る様になっていた。咲が霊力を授け、真菜がケアをするという役割分担が出来ていた。霊力を授けられた女子は相手の心は聞けるがこちらから話かける事は出来ない。ただ一つの例外を除いて。
それは真実の愛で結ばれたパートナー。そのたった一人と心で会話が出来るのだ。 このパートナーと会話が出来て初めて「TEAM JAPAN」のメンバーになれる。そしてポセイドンプロジェクトの存在を知る事になる。
ターゲットはこの地球にいる「N」という人物で性別も年齢も国籍も不詳だ。この人物と接触できると永遠が手に入る。この難解不落の問題を「TEAM JAPAN」は挑んでいた。ターゲットが目の前にいるとも知らずに。
俺の外泊の日が来た。荷物は無く手ぶらでの外泊だ。咲は外泊時間の一時間前に病院に着いたそうだ。俺と会うなり抱きついて来た。映画を見て、夕食は俺の馴染みの牛タン屋に咲を初めて連れて行く約束をしてある。
映画を見終わり、午後五時に牛タン屋がオープンするのでそれに合わせた。駅で真菜と待ち合わせ一緒に行く事にした。
牛タン屋の名は「八たん」創業四十一年の老舗だ。
俺が通っていた頃は創業者の女将さんだったが今は引退して娘の若女将が味を引き継いで営業している。牛タン焼は肉厚で俺が知る限り一番美味い店だ。テールスープも絶品で、煮込みも旨い。一度、咲と来たかった店だ。
昭和の匂いがする店内は落ち着いた雰囲気で咲も真菜も気に入った様だ。牛タン焼が出て来ると二人の歓声が上がり美味しいと言って食べた。
テールスープと麦ご飯を頼み、俺は芋焼酎のロックを二杯頂いた。俺が芋焼酎を飲むのを咲は敏感に反応した。出た!アヒル口が。なぜか喜ぶ真菜。こんなに楽しい食事は久しぶりだ。生きていて良かったと思う瞬間でもある。
話は精神障害についてどう思うかになった。
精神薬の副作用に苦しんでいる俺を二人は知っている。心の声を幻聴と間違える危機感もある。精神障害の定義が曖昧で誰にでもなり得る病気だという事しか分からない。ただ精神薬に依存しない様にするべきだと言う事で話が終わった。すでに俺は睡眠薬無しではいられない体になっていたからだ。
食事を済ませるとここでも咲が代金を支払った。
「あたしにはこれくらいしか出来ないから。」
と、笑顔で話した。
真菜を駅まで送り、俺と咲はバスで家まで帰った。久しぶりの帰宅だが部屋は綺麗になっていた。風呂に入り、今日は咲を抱きたいと考えながら出るとすでにマチルダがベッドに寝てる。
はっ!と目を開けオロオロするマチルダ。
「良いよ、おいでマチルダ。」ベッドに横たわるとマチルダが潜り込んで来た。首元でゴロゴロと甘えている。こんなに幸せなのに何故自殺願望が消えないのだろう。
考えられるのはこの人間関係の苦しみだ。この苦しみから早く逃れたいとの思いだと感じた。
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