第7話 遭難

 クリス様は王族らしく、城の通路に関しては熟知していた。


「中庭の礼拝堂から、城外に抜ける秘密の地下通路がある。そこを使うぞ」


 闇に身を潜めながら俺たちは物陰を進んでいく。

ありがたいことに天気は曇りで、月のない晩だった。

途中で何度か兵士たちの巡回に遭遇したけど、俺たちは身を潜めてやり過ごすことができた。


 5分ほど歩くと広い芝の生えた中庭に出た。

庭の中央に小さな祠のような建物が建っている。

あれが礼拝堂だろう。

礼拝堂の前には篝火(かがりび)が焚かれ、兵士たちが四人見張り番をしていた。


「シローはここで待っていろ。奴らを片付けてくる。戦闘が終わったら走って私のところまで来るのだぞ」


 俺の返事を確認することもなくクリス様は走り出した。

たぶん身体強化魔法というものを使っているのだろう。

その速さは世界陸上の時に見たアスリートたちをはるかに凌駕していた。

 どうあっても戦いは避けられない状況のようだ。

見つかったら俺も脱獄の罪で殺されてしまうのだろうか? 

今更だけどこの選択が正しかったのかという疑問が湧き出てきた。

脱獄はクリス様だけでしてもらい、俺は牢屋の中にいた方がよかったんじゃないのか? 

いや、そんなことはないな。

兵士たちに襲われかけた記憶が甦る。

もしあの時、あの女兵士たちにいいようにされていたら、俺は一生消えない傷を心につけられたはずだ。

牢に残っていればもっとひどい目に遭うかもしれない。

だったらここでクリス様と逃げ出すのが正解なのだと思う。


 闇の向こうで赤い閃光が走り、四人の兵士が次々と倒れたのが篝火の光で確認できた。

クリス様が礼拝堂の扉を開けているのも見える。

俺も腹を決めて走り出した。

一番いけないのは躊躇してここにとどまることだろう。


 咽(むせ)かえるような血の臭いの中で兵士たちの首なし死体が四つ転がっていた。

吐き気をこらえながら死体を見ないように正面だけを見て礼拝堂の中へ入って扉を閉めた。


「シロー、急げ」


 兵士たちから取り上げたカンテラと剣を手にしたクリス様が俺を手招いた。

重そうな石の祭壇をスライドさせると、現れたのは地下へと続く階段だ。


「ここが見つかってなくて助かったよ。さっさと城から抜け出してしまおう」


 階段を少し降りたところに踊り場があった。

クリス様が俺にはわからない装置を動かすと、先ほどずらした祭壇が元の場所へと移動し入り口は塞がれた。


「この通路の先はモンセン公園の銅像の台座へと続いている。そこからだとフィラッペの漁港が近い」


 地理を言われても俺にはさっぱりなのだが、素直に頷いておく。


「街道は封鎖されているだろうから漁港で小舟を調達しよう。それで東へ向かうのだ」


 また海か……。

なんとなく嫌な予感はしたけど、異世界で当てもない俺に選択肢はない。

状況に流されているようで嫌だったけど、今はどうすることもできなかった。


   ♢


 太陽が眩しい。

見渡す限り四方八方、海、海、海だ。

目下俺たちは遭難中である。


 地下通路を使って城を脱出し、フィラッペの漁港へたどり着いたまではよかった。

途中で何度か帝国の兵士たちに見つかったけど、鬼神のごとき強さのクリス様がそのたびに一掃していた。

そして漁港で漁師が使う小さな帆のついた船を強奪(漁師さんごめんなさい)。

洋々と海へ出たのは、まだ夜中の3時だった。

だけどその後がいけなかった。

船を奪って東へ向かうなんて言うから、てっきりクリス様は操船できるものと考えていたけど、そうじゃなかったようだ。

それはそうだよね。

こんなものは漁師さんや船乗りじゃなきゃ扱えない、

素人がどうこうできるものじゃないんだよ。

俺だって船に乗った経験なんて一度しかないもん。

それもボートじゃなくてフェリーだよ。

房総半島へ行くのに神奈川県の久里浜から千葉県の金谷港まで乗った記憶がある。

金谷で食べたアジのお刺身は美味しかった。

もう一度食べたいな。

ここの海にもアジは泳いでいるのだろうか? 

随分とのんびりしているだって? 

だってどうすることもできないんだもん。

瞬く間に潮に流された俺たちは陸地を見失った。

夜で真っ暗だったせいもある。

地球のように灯台なんてものはなかったし、天気は曇りだったので星の位置で方角を定めることもできなかったのだ。


ポーン♪

水作製終了まで00:00:00

水が完成しました。出現場所を指定してください。


 水ができたようだ。

あらかじめ作っておいたツボに出現場所を指定した。

これで脱水症状になることは防げるだろう。

船の周りにいくらでもある海水を利用したから5分でできてしまったな。

しかも今回は塩も同時に作ることができて一石二鳥だ。

消費MPも2で済んだけど獲得経験値もその分少なかった。

今の俺のステータスはこんな感じになっている。


####


創造魔法 Lv.1

取得経験値:59/100

MP 11/40

食料作製Lv.1(EXP:6/100)

道具作製Lv.1(EXP:53/100)

武器作製Lv.1(EXP:0/0)

素材作製Lv.1(EXP:0/0)

ゴーレム作製――

薬品作製――

その他――


検索ワード_________


####


 ヤスリとツボを作製したおかげで道具作製の経験値が一番高くなっている。

食料作成は水を2回だから経験値は6だけだ。

普通に作成の時は4、海水を利用したときは2だった。

水作製が終わったから次はパンを作ってみようと思う。

パンの作成時間は1時間で消費MPは6だから、残っているMPでも作ることはできる。

今とれた塩と水を利用することで作成時間を50分まで短縮できるみたいだ。

さっそくやってみよう。

 ところでMPの回復についてなんだけど、これは魔法で何かを作製しているときは一切上がらないことがわかった。

その代わり創造魔法さえ使っていなければ1分で1MP回復する。

今の俺なら40分で満タンになる感じだ。

もうすぐレベルも上がりそうだし、生活に役立ちそうなものをどんどん作り出していくぞ。

レベルが上がればMP量も増えて、作れるものの幅もずっと広がるはずだ。

今は使えないゴーレム作製や薬品作製もできるようになるといいな。

とりあえず創造魔法レベルが2になるように頑張るぞ。


「クリス様、水ができましたよ」

「うん、ありがとう」


 自分が作った水を初めて飲んだけど、すごく甘くて美味しく感じた。


「シローのおかげで生き永らえることができそうだ。そなたは私の守護天使だな」


 そう言ってもらえるのは嬉しいけど、天使様がこんな髭面だろうか? 

こちらの世界にきて三日目になるけど、まだ一度も髭をそってないし顔すら洗っていない。

鏡と石鹸と髭剃り、次はこういったものを作り出してみるか。

とりあえず顔だけは洗っておきたいな。


「クリス様」

「なんだ?」

「顔を洗いたいのでツボの水を掌の上に注いでもらえますか?」

「わかった。男は清潔にしていないとな」


 男に限らず女も清潔にしておいた方がいいと思う。

男は可愛くて綺麗なものというのがこの世界の常識なのだろうが、俺にとっては違和感しかない。


「クリス様も顔を洗ってください」

「うん? そうだな。不潔にしていてシローに嫌われたくはないからな」


 二人で使っていたら1リットルの水は瞬く間になくなってしまった。

パンを作り終わったらまた水を作らないといけない。

人間が生きていくということは次から次へと物を消費するということなのだと実感した。


「シロー!」


 船の上で立ち上がったクリス様がはるか前方を指さした。


「見ろ。島が見えるぞ!」


 目を凝らしても俺には何も見えないんだけどクリス様には見えているようだ。

王女様はオールを掴むと全力で漕ぎ出した。

船はグングンとスピードを上げていく。

やがて俺の目でも確認できるくらいに島が近づいてきた。

青い海と青い空、長く続く白い砂浜。

そこは南国の楽園のように見える場所だった。

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