第47話 真摯に 紳士に

 土魔法を使える兵士たちが整地した場所に、イワオたちが大きな礎石そせきを運び込んできた。

ここはダンジョン前の広場で、現在は兵士の待機所のような建物の基礎工事をしている最中だ。

戦闘は危険で嫌だけど、建築現場ならゴーレムを使ったお手伝いだって平気だ。

魔石の報酬も貰えるので最近は毎日のように通っていた。


 調査隊がこの島へやってきてからもう25日の月日が流れていた。

調査日数は30日の予定だったから、グラム様もそろそろ本国へ帰る時期が近づいている。

だけど、調査の方はうまく進んでいないようだ。

このダンジョンはとにかくモンスターの数が多くて、先に進むには非常な苦労が強いられているらしい。

しかも、細い通路が続くので部隊を上手く展開できないことが踏破とうはを難しくさせていた。


 太陽が西の海に傾いたころダンジョンの入り口が開いて兵士たちがぞろぞろと外へ出てきた。

調査隊が今日の任務を終えて戻ってきたのだ。

グラム様もそのうちに出てくるだろうと待っていると、後ろの方から姿を現した。


「グラム様!」


 大きく手を振って呼びかけると、はにかみながらも控えめに手を振り返してくれた。

出会った頃を思えば、俺たちの距離はだいぶ縮まったと思う。


「お疲れさまでした」

「うん。シローもご苦労だったな」

「今日で基礎工事もほぼ完成みたいですよ。後は排水溝を海岸方面に掘るだけだそうです」

「そうか」


 相変わらず口数は少ないけど、一緒にいて緊張することはなくなっているようだ。

だけど、それだけに寂しくなってしまう。

一週間もたたずにグラム様は帝都ルルサンジオンに帰ってしまうのだ。

グラム様と話していたくて、シルバーには乗らずに徒歩で岩屋まで帰ることにした。


「ダンジョンの方はどうでした?」

「相変わらずだ。次から次へとモンスターがあふれ出てきて調査もままならない状況だよ。それでも今日は安全地帯を一つ確保できた」


 ダンジョン内に休憩拠点を設けられた意義は大きいのだそうだ。

安心してご飯を食べたり、仮眠が取れる場所っていうのは貴重だもんね。


「どんなところなんです?」

「地下一階の奥地にある、かなり大きな部屋だ。結界を設置してモンスターの侵入を防げるようにした」


 運び込む前の結界装置は俺も見せてもらったが、かなり大きな代物だった。

高さは4mくらいの円柱で直径も50㎝くらいはあった。

それらを部屋の四隅に置いて特別な魔法防壁を作り出すそうだ。


「帰還前にあれを設置出来てよかったよ」

「ええ。あと五日でしたね……」

「うん……」


 兵たちの疲労もさることながら、一番の問題は食料だった。

食用となる魔物たちもいるにはいるが、それだけでは全兵士の腹を満たしてやることはできない。

小麦粉をはじめとする主食や野菜はモンテ・クリス島の畑だけでは賄いきれなかったのだ。


「今後はどうなるのでしょうか?」

「私はこのダンジョンを一般に開放するように上申するつもりだ」

「一般開放?」

「ああ。国だけが管理するのではなく冒険者ギルドに委託して、冒険者たちに探索をさせるのがいいと考えている」


 予想以上にモンスターの数が多いから冒険者を使って間引きをさせようという腹かな?

戦争を生業とする兵士よりも、ダンジョンの専門家である冒険者たちに探索させた方が効率はいいという思惑もあるだろう。

それに、モンスターから出てくる魔石は兵器のエネルギー源として使われるそうだ。


「グラム様は財宝よりも魔石の安定供給の方が大事とお考えですか?」

「ふっ、シローは頭がいいな」


 褒められても別に嬉しくない。

子供の頃から学校の成績は普通だったし、大学だって2流と呼ばれるところだった。

自分の程度は自覚しているつもりだ。


 この世界の男はろくに学校すら行かせてもらえないそうだ。

ただでさえ低い識字率も男だとその割合はさらに下がる。

算術なども教えてもらえないためか苦手な者が多く、男には金勘定をさせるなとまで言われているようだ。

一般的に男子は何をやらせても女には及ばないという社会的風潮がある。

社会がそんな状況なら俺なんかでも頭のいい部類に入るのだろう。

だけど、それは悲しかった。


 俺が黙っていたのでグラム様は慌てた様子で言葉をつないだ。


「別にシローのことをバカにして言ったわけではないのだ。シローは本当に頭がいいと思ったからそう言っただけで……」


 嘘ではないと思うけど、生まれた環境は人を規定するからな……。

でも、それは俺にだって同じことがいえるか。

この世界では女であることの意味合いが地球とは大いに異なる。

それでも俺はグラム様を地球の価値観にそって女として見てしまうもんな。

しかも時にはエッチな目で……。

どっちもどっちということか。

いや、罪深さでいえば俺の方が……。


「別に賢くなんてないですよ」


 俺は笑顔でこたえた。


「私の頭の中は空っぽで……」


 そこまで言って少し声を潜める。


「それで、かなりスケベなんです」

「なっ!?」


 素直で優しいグラム様には本当の俺を知ってもらいたかったのかもしれない。

もうすぐこの島を去るグラム様に、俺は自分の罪を告白することにした。


「たぶん、俺はグラム様の知っている男とはちょっと違うのだと思います」


 具体的に何が違うのかはよくわからないけどね。

だって、この世界に来てからまだ一人も男を見ていないんだもん。


「それは私も感じていたが……」

「俺ね、異世界からこの世界に転移してきたんです」

「へっ?」


 グラム様は何とも不思議そうな顔をして俺を見つめた。

そういえばこの話をするのはクリス様に続いて二人目だったな。

クリス様は全然信じてくれなくて、俺を痛い子扱いだったけど……。


「とても信じられないと思うけど、事実なんです」

「うん……」


 グラム様は曖昧に頷いた。

信じてくれていないみたいだけど、別に構わない。

俺が言っておきたかっただけだから。


「俺はこの世界の男と違ってとてもスケベ。だからグラム様のことを嫌らしい目で見ることもあるんです」

「……」


 どうしてこんなことをカミングアウトしているんだろう? 

たぶん純真なグラム様を見ていたら、反対に自分の汚い部分が浮き彫りになってしまったんだと思う。

朱に交われば赤くなるなんて言うけど、その逆もあるのかもしれない。

このままグラム様をだまして、性的欲求を満足させることがどうしようもなく後ろめたくなってしまったんだ。


「だから、マッサージのサービスはもうしません……。俺はイヤらしい目でグラム様たちを見ていました。それどころか肌に触れさえもしていたのです。ごめんなさい」


 心の中で血の涙が流れているよ。

もう……あのぷにぷにボディーを金輪際みることはできないんだ。

でも、これでよかったと思う……。

グラム様達は俺がホスピタリティからマッサージをしていると信じてくれていた。

それなのに俺は自分の欲望だけで……。

これ以上汚い人間になっちゃダメなんだ。

人間には失ってはいけない真心というものがあるはずだ。


「シロー……」


 ああ、嫌われてしまったな。


「はい」

「シローは、私に欲情していたの?」


ん?


「は、はい……」

「私を見て、その……興奮した?」

「とても……」


 なにこれ?


「私に……抱かれてもいいと思ったの?」

「はい」

「そっか……」


 えーと……怒ってない? 

てか、顔を赤らめていらっしゃる。

……これはあれだ。

巷でよく批判されているやつですな。

いわゆる一つの……ご都合展開? 

的な? 

いや、ここは異世界なのだ。

とうぜん男女の在り方だって変わってくる。

えーと、結果オーライ?

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