第48話 星の下、海風の中

 無言になってしまったグラム様と一緒に岩屋まで戻ってきた。


「それでは夕食の時に……」


 グラム様はそのまま部屋へと戻っていく。

会話は途切れてしまったけど別段怒っている様子はなかった。

なんとなくだけど普段のグラム様と変わらない気がする。


「私に……抱かれてもいいと思ったの?」


 そう聞いてきたとき少しだけ声が震えていたけど、あれは怒りのせいではなかったと思う。

考えたいことはいろいろあったが夕食の時間が迫っていた。


「ゴクウ、下準備はできてる?」


 手を洗い、エプロンをつけて調理場へと駆けこんだ。


 今日の前菜はキュウリとヨーグルトの冷製スープを作った。

これはトルコでジャジュクと呼ばれる料理だ。

作り方はとても簡単で、ヨーグルト、水、すりおろしたニンニク、ハーブ、キュウリのみじん切りを混ぜて塩で味を調えるだけ。

さっぱりしているので暑くて食欲のないような日でも美味しく食べられる。

厳密に言うとスープではないそうだが、水っぽいのでスプーンを使う方が食べやすい。

メインディッシュはヨーグルトに漬け込んでおいたコカトリアスの肉を使ったタンドリーチキンにした。

一晩漬けておいたので肉も柔らかくジューシーに仕上がっている。

野菜と一緒にパンに挟んでソースマヨネーズをつけたら絶品だった。


「あと数日で男将の料理も食べられなくなってしまうんだなぁ」


 士官の一人がしみじみと声を上げた。


「ああ。本国への帰還は嬉しいけど、男将に会えなくなるのは寂しいよ」


 治癒士のシェリルさんは決然と言い放つ。


「第二次調査隊が派遣されるようなことがあったら、アタシは絶対に志願するよ。こんなところに来たがる治癒士は少ないから絶対に採用さ!」

「おお、そこまで男将に惚れたか!?」


 他の者たちはどっと囃し立てたが、ライラという士官がポツリと呟いた。


「そうだよな……派遣先がここの方がずっと幸せだよ……」


 その言葉に全員が黙り込んだ。

帝国はいま各国と戦争中なのだ。

この人たちはいつ最前線に送られてもおかしくない。

戦争に比べればダンジョンの調査の方がずっといいのだろう。


 突然レインさんが立ち上がり、テーブルの上に残っていた白ワインを皆のグラスに少しずつ注いだ。


「全員杯をとれ」


 副長の命令に士官たちはグラスを上げる。


「今この瞬間、ここにいる幸福を喜ぼう」


 その言葉に一同は頷いた。


「この南の楽園に!」

「この南の楽園に!」


 一斉にグラスが傾けられ、流し込まれたワインは南国の思い出と共に彼女らの血肉となっていった。


   


 夕飯の後片付けが終わる頃には丸太小屋の明かりも一つ残らず消え、誰もが眠りについたようだった。

明日も夜明けとともに活動を開始するのだから、貴重な睡眠時間を削るような人はいない。

連日の探索で疲労も蓄積しているだろうから、もう夢の中なのだろう。

俺はといえば、必要なことはほとんどゴーレムたちがやってくれるので全くと言っていいほど疲れていないんだよね。


「後片付けが終わったらみんなでお風呂に入るからな。イワオたちはお湯を沸かしておいてね」


 作業現場で働くイワオたちは土で汚れていたし、調理場も担当しているゴクウたちは常に清潔にしておかなければならない。

一日の終わりにゴーレムたちをお風呂に入れるのは毎日の日課になっていた。

道具作製で作ったタワシも10個を超えていて、これを使ってゴーレムたちをキレイにしてやっているのだ。

亀の子タワシってヤシの実の繊維を利用して作られるんだね。

ここには素材がたくさんあるから作るのは楽で助かっている。

お風呂へ至る道には街灯も取り付けた。

消費魔力の小さい構造にしたので魔石が一つあれば3か月は点灯が可能だ。

俺のレベルも上がったぞ。


####


創造魔法 Lv.11 全カテゴリの製作時間が7%減少

MP 1024/1024

食料作製Lv.8 食料作製時間15%減少

道具作製Lv.8 道具作成時間15%減少

武器作製Lv.2 武器作成時間3%減少

素材作製Lv.7 素材作製時間13%減少

ゴーレム作製Lv.5ゴーレム作製時間9%減少

薬品作製Lv.3

修理Lv.2

その他――


####


 ゴーレムに関していうとあれからシーマを2体追加した。

今はさらにもう一体作製中で最終的に四体のシーマにボートを引かせる予定だ。

実験はまだなんだけど、これで高速艇が実現できると思う。

しかもシーマ4号が完成すればゴーレム作製のレベルが上がる予定だ。

次はどんなゴーレムができるのか楽しみだ。


 ゴクウたちがタワシを持ってイワオたちのボディーをこすっている。

俺もワンダー1号のお腹をこすってやった。

ワンダーは風呂場の床にお腹を出して寝転がり、好きなようにされている。

メタルボディーなのでもふもふではないのだけど、仕草だけを見ていれば犬のようで可愛かった。

そういえば昔、アイボってあったよな。


 お腹を出していたワンダーが突然起き上がった。


「どうした?」


 風呂場の入口を見つめて警戒するように身を低くしている。


「誰かいるんですか?」


 見えない誰かに声をかけると躊躇いがちな声が返ってきた。


「シロー……」


 俺を呼ぶ声はグラム様のものだった。


「グラム様? どうぞ入ってきてください。服は着ていますから」


 現れたのは部屋着姿のグラム様だ。


「どうしたのですか、こんな夜更けに?」

「眠れないまま散歩をしていたら、風呂から音がして……。シローが出てくるのを待っていたのだ」

「なにか用事ですか?」


 グラム様は困ったような顔をして小さく頭を振った。


「そうではなく……シローと話がしたかった」

「わかりました。でもここでは何ですね。少し待っていてください」


 後のことをゴーレムたちに言いつけて風呂場をでた。

空には満天の星が輝いている。

光害なんてものとは無縁の世界だから、星の数が多すぎて星座なんてわからないくらいだ。

もっともこの世界の星座なんてどれ一つ知らないのだけど。

 俺たちはダンジョンの方へと森の小道を歩き出した。


「いつ見ても凄い星ですよね。俺のいたところではこんなにたくさんの星は見えなかったんですよ」

「シローは……あの星のどれかからやってきたのか?」


 地球とこの星って同じ宇宙の中に存在しているのかな? 

ひょっとしたら同じ宇宙で違う銀河にいるのかもしれないけど、俺には知る術がない。


「わかりません。でも、俺が違う世界からこの世界にやってきたという話……信じてくれるんですか?」


 グラム様は苦笑しながら頷いた。


「どういう訳かな、その方がシローという存在がしっくりくるような気がするのだ」


 あるがままの自分を認めてくれる人がいるというのは嬉しいものだ。

自分の中にあった解消されえない孤独が少しだけ軽減した気がした。


「グラム様にとって、俺はすごく変な存在に見えるんでしょうね?」

「うん。でも、おかげでこんな風に話すことができる。私は……これまでまともに男性としゃべったことなどなかったのだよ。今みたいに並んで歩いたことも」

「グラム様は恥ずかしがり屋ですもんね。もっと自信を持っていいと思うけど」


 俺の言葉にグラム様はふさぎ込んでしまう。


「シローは私のことをどう思う? その……背が低いだろう、私は?」

「俺のいた世界だと、小さい女の子は可愛いらしいって感じでしたけど、ここではちがうのでしょうね……」

「うん。背の低い女はとにかくモテない」


 自虐的に笑うしか他にやりようがないといった風にグラム様は肩をすくめた。


「それに私は……うまく人と馴染めないのだ。何を言っているのだろうな私は……」

「そういうこともあると思います」

「うん。……シローなら私の孤独をわかってくれるような気がして」


 無理をして生きてきたんだろうなこの人は。


「他の人はとにかく、俺にとってグラム様はとても魅力的に見えるんですよ。外見も内面も両方ともね」

「そうか……」


 それだけ言ってグラム様はまた口をつぐんでしまった。

突然だが、例えばすごく怠け者の人がいるとする。

とっても怠け者で会社ではサボることばっかり考えているような人だ。

ところがその部署の働き者の上司が離職して、今度は職務怠慢な上司が移動してくる。

その上司は彼以上の怠け者だったらどうなるだろうか? 

回らない仕事に業を煮やし、渋々ながら怠け者の男が働きだすなんてことがあるのではないだろうか。

それと同じ現象が今ここに起きようとしていた。

普段はヘタレな俺だが、自分以上に行動力の無いグラム様を前にして訳の分からないパワーが心に湧き上がってきたのだ。

俺は歩きながらグラム様の手を握りしめた。


「っ!」


 驚く様子を見せたが、グラム様は手を引っ込めない。

だから手を繋いだまま俺たちは歩き続けた。


「グラム様、もし嫌でなかったら俺と思い出を作りませんか?」

「思い出……それは?」

「セックス」

「っ!」


 グラム様の体がピクリと震えた。


「気に障ったら忘れてください。ただ、俺がしたいから誘っています」

「し、しかし……」

「ダンジョンからの帰り道でグラム様は俺に聞きましたよね。私に抱かれてもいいと思うかって。俺はハイと答えました。あれは俺の偽らざる気持ちです。むしろ抱きたいんですよ」

「……」

「これは俺の主観ですけど、した後とする前で当人の何かが劇的に変わることなんてないんだと思います。ただ俺とグラム様の関係が変化するくらいです。処女じゃなくなる、童貞じゃなくなるということに大した意味はないです。しいて言うなら異性に対する幻想が消えるって感じかな? 俺はそうでした」

「幻想?」

「ほら、異性を知らないから複雑に考えてしまうこともあるんだと思います。肌を重ねることで男と女の関係をもっとシンプルに捉えることができるって感じかな?」

「……」


 グラム様は無言のままだったけど、俺の手を振りほどくようなことはなかった。


「俺は童貞じゃないし、グラム様にとっては理想の相手じゃないかもしれない。でも、こんな俺でよかったら……どうでしょう?」


 いつしか森が切れてダンジョン前の広場に出ていた。

海からの風が心地よく肌を吹き抜けていく。

自分で自分が不思議だった。

地球では女の子を口説いた経験なんてない。

なんでこんなに気軽に誘っているんだろう?

この世界の女は地球の女とは精神構造が違う。

この世界の女は地球の男のメンタルに少し似ているから話しやすいのかな?


「シロー……いいのか?」

「はい。あっ、言っておきますけど、どんな女とでも寝るような男じゃないですからね」

「そ、そんなことはわかっている!」


 グラム様がムキになって言うのがおもしろかった。


「グラム様のはじめてですから、大抵のリクエストは叶えて差し上げますから何でも言ってください。でも、痛いのだけは本当に無理ですから。鞭とか暴力とかはやめてくださいね」

「そ、そんな趣味はない。私はむしろ責められる方が……」

「えっ?」

「何でもない!」

 俺たちは基礎工事が終わったばかりの土台へと入った。

そして魔導カンテラの灯りを絞って僅かな光源だけを残す。


「ど、どうすれば……」


 ガチガチになって、テンパるグラム様の頭を俺は優しくなでた。

グラム様の髪の毛ってこんなにサラサラだったんだ。


「まずはキスからじゃないですか?」

「そ、そうか……」


 目を閉じると海風に混じってグラム様が唾を飲みこむ音が聞こえた。

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