第71話 借りを作らない男
俺は宿屋業に精をだし、冒険者たちはダンジョンを探索する通常通りの日々が戻ってきた。
数多くの人がダンジョンに倒れたが、新しい冒険者を乗せた船も断続的にやってくる。
時が経つにつれて白蛆の話題は人々の口の
俺に関係することで一つだけ変化があった。
シエラがダンジョンへ潜りだしたのだ。
老後の資金を稼ぐためなんて言ってたけど、本当は白蛆のことが気になっているのかもしれない。
セシリーたちと組んで地下四階の先を調べているようだ。
セシリーたちもシエラがチームに加入したことによって勢いづき、かなり羽振りがよくなっている。
今では全員がシローの宿に移ってきて、ゲストルームの一角に住み続けているくらいだ。
セシリーは稼ぎを均等に山分けにするから、ミーナの収入もこれまでの五倍以上になったらしい。
まるで東北地方のマタギみたいだと思った。
「マタギ勘定」という言葉を何かの本で読んだことがある。
地域によって違うみたいだけど、熊狩りをするマタギたちは役割にかかわらず均等に肉や皮が分配されるそうだ。
セシリーのチームもそれに似ていると思った。
セシリーにそのことを尋ねたら「全員が平等に命を懸けている、見返りも同じだ」と言っていた。
このチームではセシリーが前衛を、シエラが高火力攻撃を、ルージュが防御を、ミーナがトラップ解除とナビゲートを担当している。
ミーナにはもう一つ仕事があって、俺たちはそれを「ゴミ拾い」と呼んでいた。
「男将さん、今日も拾ってきたっす!」
ミーナは目がいいのでダンジョンに落ちている物を回収してくることが多い。
それを俺が「修理」を使って鑑定の真似事をするのだ。
一見するとこれらの物は不用品であり、遺棄されたゴミにしか見えない。
実際にほとんどが役に立たないものなのだが、中にはお宝がひそんでいたりもするのだ。
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修理対象:光玉(ひかりだま)
消費MP:16
修理時間:18秒
説明:起動すると3秒後に110万カンデラの閃光を放ち、目の眩みを起こさせる。
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本日、ミーナが拾ってきたウズラの卵くらいの玉はスタングレネードみたいなアイテムだった。
「ダンジョンのモンスターは光に弱いやつが多いから役に立ちそうだよね。全部で何個あるの?」
「七個っす。最初はモンスターの糞かと思ったけど、拾ってきてよかったっす」
たしかに見た目は泥団子だ。
ミーナもよく気が付いたものだ。
「どうする、換金する?」
「ギルドで換金より、ダンジョン探索で役立てた方がいいと思います。セシリーさんに相談するっすよ」
他にも、
まるで小型の優勝トロフィーみたいに古ぼけた木の台座が付いている。
こっちは何だろう?
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修理対象:ソーダカップ
消費MP:33
修理時間:14秒
説明:真水をカップに入れて起動すると、瞬時に炭酸水になる。 最大700㏄。
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へぇ、これは面白い。
「セシリー、これは俺に売ってくれないかな? 飲み物や料理に使えそうなんだ」
「シローが欲しいんなら私は構わないよ。私がプレゼントしても……」
「いいよ、お金はいっぱいあるもん」
本当に使わないのにあるんだよね。
何か使い道を考えておこうかな。
それともシエラと同じで老後に備えるべきか。
ソーダカップはチーム全員の善意で俺にプレゼントされた。
だけど俺は借りを作るのは好きじゃない。
「後でハイボールというものを飲ませてあげるね。いや、それよりも……」
「それよりも?」
ルージュとミーナがワクテカ顔で俺を見つめている。
セシリーとシエラはクールを装っているけど、本当は期待に胸を高まらせているようだ。
「炭酸洗髪をしてあげよう!」
炭酸洗髪とは文字通り炭酸水で髪の毛を洗うことだ。
「洗髪? 髪の毛を洗ってくれるのですか!?」
そうだよルージュ、俺は借りを作らない男だからね。
ずっと聞かされ続けた君の隠れ巨乳に今夜こそ挨拶するとしよう。
「私もしてもらっていいんすか?」
「うん。だってこれはミーナが見つけてくれたんだから」
ミーナには念入りにしてあげなきゃ。
「か、髪を洗うときはお兄様モードで頼む」
「あいよー」
シエラはいつもどおりだ。
問題は固まってしまっているセシリーだな。
「セシリーはいらない?」
「そ、そ、そ、そんなことはない‼」
叫ばなくても大丈夫だから。
「俺がやるのは単なるヘッドスパだからね。変なサービスはしないよ」
「と、と、と、当然だ。そんなことは望んでいない」
本当のことを言えば俺は望んでいるんだけどね……。
「あと、これは他の人たちには絶対に内緒だよ! もうこの前みたいな騒ぎはごめんだから」
先日、白蛆騒ぎで疲れ果てていたマスター・エルザにマッサージをしてひどい目に遭ったのだ。
マスターは70超えのお祖母ちゃんだから色気とかはなかったんだけど、俺のしてあげたマッサージがよほど嬉しかったらしく、あちらこちらでそのことを吹聴してしまったのだ。
おかげで俺にマッサージをしてほしいと言ってくる人が後を絶たなくて非常に困った。
今回の洗髪だってばれたら大騒ぎになってしまうだろう。
だけど、そんな逆境に挫けるもんか!
俺は皆にお礼がしたいんだ!
俺のピュアな心がそう叫んでいた。
洗髪の順番はくじで決めたようだ。
ミーナ、ルージュ、シエラ、セシリーの順となった。
みんなが寝静まった夜に全ゴーレムを風呂の周りに配置して、厳戒態勢をしいた。
何人たりとも今夜は風呂に近づかせない。
俺はハーフパンツにTシャツ姿、この世界の基準ではあられもない恰好らしい。
「し、失礼するっす」
準備が整うと、ゴクウに連れられて最初にミーナがやってきた。
「遠慮しないでこっちにおいでよ」
声をかけるとミーナは俺の座っているマットのところに少しだけ近づく。
もちろん全裸だ。
恥ずかしがっている様子だけど、自分の体を隠そうとはしていない。
冒険者らしい均整の取れたプロポーションだった。
久しぶりに俺をこの世界に連れてきたヒラメに感謝したよ。
「緊張しなくてもいいよ。髪を洗うだけなんだから」
「でも、男将さんの太ももが……」
たかがハーフパンツでもこの世界では刺激の強いもののようだ。
「はいはい、でもそうしていたらいつまでたっても始められないだろう?」
手を引いてやるとようやくミーナはぺたんとマットの上にお尻をついた。
「ど、どうすればいいすか?」
上ずったミーナの声についつい年上の優しいお姉さん的な男を演じてしまう。
「じゃあ、頭を俺の太ももの上に乗せて」
「ええっ! ひ、膝枕?」
「うん、だって髪をあらうんだろう?」
「わ、わかったっす……」
おずおずと頭を乗せるミーナが可愛くてならない。
「それじゃあ、炭酸水をかけていくよ」
シュワシュワと弾ける炭酸をゆっくりとミーナの頭にかけて頭皮のマッサージをしてやった。
「どう? 気持ちいい?」
「きもちーっす……蕩けて流れていきそうっす……」
空になったソーダカップにゴクウが水を注いでいる。
こうして新しい炭酸水を作るのだ。
炭酸には埃や油が吸着しやすいそうだ。
きっとこれで綺麗な頭皮と髪になることだろう。
炭酸をよくなじませた後にシャンプーで髪を洗い流して洗髪は終了した。
「頭がスカ~~~ってなってるっす。フワフワなのに爽快っす」
「それはよかった。じゃあ、次の人を呼んできてね」
その後、ルージュの隠れ巨乳を確かめたり(ちょっぴり揉んだ)、いつも通りシエラと遊んだり、コチコチのセシリーをからかったりして密度の濃い夜を過ごした。
しっかり借りは返せたと思う。
うん…………またやろう!
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