第72話 夏休みみたいな

 モンテ・クリス島では唐揚げとハイボールが静かなブームを迎えていた。

ミーナが見つけてきたソーダカップで炭酸を簡単に作れるようになったので、試しにハイボールをお客さんに出したら大好評だったのだ。


「男将さん、ハイボールお替り! 濃い目でね!」


 ちなみにシローの宿では濃いめは料金が高い。

ワンフィンガーよりツーフィンガーの方が値段は高いのは当然である。

客もそのことはよく理解していた。


 そのうちにティラミスやナタデココ、タピオカなんかも用意してみようか? 

日本で流行したスイーツの歴史をそのままここで再現してくれるかもしれない。

タピオカの原料となるキャッサバイモは島でも栽培できそうだもんね。


 もっとも原料を知っていたところで加工方法は知らないんだよな。

魔法じゃ大量生産は無理だしね。

それで言えばミルクはあってもマスカルポーネチーズの作り方は知らないからティラミスも無理か。

ナタデココに至っては原料がなんであるかさえわからなかった。


 ある日のこと、周囲の海を探索させていたポッポー4号が口に何かを咥えて帰ってきた。


「オリーブの枝だな」


 シエラは植物にも詳しい。

枝には丸みを帯びた葉っぱと小さな青い実が付いていた。


「どうやらポッポーが島を見つけてきたようだ」


 ポッポーは無補給で往復しているから、半径50キロメートル以内の島だと思う。

前から何かあった時に緊急避難できそうな島を探していたところだ。

是非ともこの目で確かめてみたくなった。


「どうする兄上?」

「どうするって、そりゃあ見に行くよ」

「店は?」

「それは……」


『シローの宿 臨時休業のお知らせ。所用のため一週間ほど休業いたします。ご迷惑をおかけしてごめんなさい』 


 この看板があれば大丈夫だろう。


「シエラたちは探索があるだろうけど、俺の留守中でもゲストルームは使っていいからね」

「待て、私も行くぞ」


 ゴーレムたちを連れていくから大丈夫だと思うけど、シエラがいてくれるのなら心強い。


「わ、私も護衛についていこう!」

「探索はいいの? セシリー」

「構わない。緊張の日々が続いていたから、ここいらで休息をいれようと思っていたところだ」

「それなら私も同行ですね」


 セシリーだけじゃなくてルージュもついてきてくれるみたいだ。


「お弁当は卵焼きがいいっす!」


 ミーナも行くのね。

なんだかピクニックへ行くような雰囲気になってきたな。

これはこれで楽しいからオールオッケーだ。


 夜に来た常連さんたちに明日からの臨時休業を伝えたらすごく残念がっていた。

悪いけど唐揚げ&ハイボールはしばらく我慢してね。

働くのはゴクウばかりで俺はたいして疲れていないのだけど、たまには自由な時間を満喫したい。

少しくらい羽を伸ばしてもバチは当たらないだろう。


 翌朝は早朝から積み込み作業を開始した。

持っていくのは寝具や食料くらいのものだ。

実は内緒でお金の袋も持ってきている。

いざという時のために手持ちの現金や魔石の一部を隠しておくことにしたのだ。


 戦闘用のワンダーやハリーだけではなく、お手伝いもできるゴクウ、荷物を運ぶシルバーも連れていくことにした。

案内役のポッポーはマストの上に陣取っている。

こうしてみるとミニチュア版ノアの箱舟だな。

小さな船はゴーレムたちでいっぱいになってしまった。


 出発前にニョロたちのメンテナンスをして限界まで魔石を食べさせた。


「留守の間に畑を守ってね。予備の魔石は藪の中に隠してあるから、体内魔力が25%を切ったら食べるんだよ」


 声を出せないニョロたちは小さく首を振って分かったと合図していた。

イワオたちは岩屋の前に待機させた。

これで侵入しようとする輩も出てこないだろう。


 係留ロープを外すとシーマたちが船を牽引しだした。

今回は船の専門家であるセシリーがいるので安心だ。

セシリーの航海術は確かな知識と経験に裏打ちされている。

シーマにはセシリーの命令に従うようにと伝えてあった。


「セシリー、素敵!」


 その一言で固まってしまうセシリーが可愛い。

入り江を出るとポッポーはマストから飛び上がり、進むべき方向を教えてくれた。


「西南西に進路を取るぞ!」


 再起動したセシリーが高らかに告げて船は高速で動き出した。



 シーマの牽引する船は巡航速度17ノット(およそ31㎞/h)で海上を進んだ。

ここまで速度を上げたのは初めてのことだが、今のところ問題はなさそうだ。


「これほどの快速艇なら海賊稼業も楽だろうな」


 セシリーは気持ちよさそうに風を受けながら舵を操っている。


「海賊に戻りたい?」


 そう聞くと、苦笑しながら首を振った。


「もう裏稼業はうんざりさ。冒険者の方がずっといい。今度はいい仲間にも恵まれたしね」


 セシリーの視線の先ではルージュとミーナが日陰に置いたロッキングチェアで惰眠を貪っている。

シエラは船室で読書をしているようだ。

船は揺れるのだが、宙に浮いていられるヴァンパイアには関係がないらしい。


 突然ポッポーが俺の側まで降りてきて、そのまま船の先へと飛び出した。


「ん? 向こうに島が見えたぞ」


 セシリーはそう言ったけど、俺にはなんにも見えない。


「起きろ二人とも! どうやら着いたようだ」


 モンテ・クリス島から1時間強の距離か。

隠れ家にするには丁度良いかもしれない。

船室からシエラも呼んで上陸の準備を始めた。


 その島は三日月海岸のような長くて白い砂浜を持っていた。

島の外周は8キロくらいでモンテ・クリス島よりはずっと小さい。

哺乳類などは住んでいないようでもあった。


「ここも無人島だね」

「うむ。上空から確認したが人工物はどこにもなかった」


 安全確保のためにシエラが先行調査してくれたのだ。


「この島に名前を付けなければな。シロー、どうする?」


 そうだな……。


「モンテ・クリス島の西にあるから西島でいいんじゃない?」


 反対するものはいなかった。

ネーミングには関心のない一団なのだ。


「お昼はバーベキューにしようか」

「バーベキューってなんすか?」

「単に魚、肉、野菜を炭火で焼いた料理だよ。その代わり特製バーベキューソースを三種類用意してきたけどね」


 飲み物もたくさん持ってきたから皆で楽しくやればいいと思う。


「それだったら私が魚を突いてこよう」

「セシリーが? できるの?」

「私は海沿いの街で育ったのだ。これで銛の扱いには慣れている」


 言いながらセシリーはシャツを脱いだ。

おお、ありがたやダブルマウンテン! 至宝の山。


「自分もやるっす! お金がないときはよく魚や貝を捕って食べたっす」

「じゃあ、私も結界魔法で追い込み漁をしてみようかしら」


 ミーナやルージュも次々と脱ぎだす。

暑いから水に入りたいだけじゃないのか。


「つめたーい」

「うわあ、転ぶっす!」

「こらミーナ、胸に掴まるな」


 なんだか楽しそうだ……。

そういえば以前はよく海で泳いでいたよな。

最近は全然入っていない。

だって、俺が海水浴をすると冒険者たちが集まってきて大騒ぎになりそうなんだもん。

楽しそうだな、セシリーたち……。

よしっ!


「シ、シロー‼」


 驚くシエラを無視して、次々と服を脱いでマッパになった。

そう、最後の一枚も脱いじゃったもんね!


「シエラも行く?」

「お、おう……」


 勢いにつられたのかシエラもおずおずと服を脱ぎだした。

灼熱の太陽の下で全裸になるヴァンパイアを俺は初めて見たぞ。

これまでヌーディストビーチの良さって今一つ分からなかったんだけど、今この瞬間に理解した! 

いや、悟りを開いたぞ!

なにこの解放感!? 

最高じゃないか‼


「おーい! みんなぁー! 俺も行くぞぉ!」


 プラプラ揺れているのはわかっていたけど構わずに砂浜をかけて海へダイブした。


「シ、シ、シ。シロー!?」

「これは夢⁉」

「最高っす‼」


 南国はやっぱりビーチだよね! 

いろいろなことを忘れてお腹がすくまで子どものようにひたすら遊びまくった。

全員が全裸になって、頭の中は気持ちがいいほどに空っぽだった。

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