第81話 父の面影

 最近の俺は集中できていないというか、いろんなことが上の空だ。


「おい、シロー!」


 グラスにラムを注いでいたんだけど、セシリーに注意されて初めて零れていることに気が付いた。

ショットグラスから溢れ出た酒が周囲を濡らしている。


「うわっ! ごめん、ごめん」


 慌てて拭いて、並々と注がれたグラスをそっと差し出した。


「どうした、悩み事なのか?」

「うーん……」


 実をいうとラメセーヌの杖、もっというと魔装甲エマンスロックが気になってしょうがないのだ。

それも、早く帝国に返したいとかじゃなくて、あの装備の性能を確かめたくてたまらない気持ちだった。

まるで妖刀に魅入られた感じだよね。

いや、人斬りがしたいわけじゃないよ。

純粋にエマンスロックを装備して、その力を開放してみたいだけなんだ。


「ちょっと西島へ行ってこようかなって思ってて……」


 西島なら誰もいないから、エマンスロックを装着しても見咎められることはない。

向こうに置いてきたゴーレムたちの様子も気になるから久しぶりに行ってこようかなと考えていた。


「西島か。モンスターはいないけど護衛についていこうか?」

「セシリーには探索があるだろう?」

「ここのところハードなスケジュールだったからな、そろそろ休みをいれようと思っていたんだ」


 シエラが抜けてからセシリーたちの戦力は大幅に落ちていた。

それでも新しく発見された第五フロアで頑張って大量の魔石やアイテムを獲得しているようだ。

ルージュやミーナの腕前も格段に上がったと聞いている。


 それに相変わらずミーナはアイテムを見つけてくるのが上手い。

しかも戦闘で役立つようなものを高確率で拾ってくる。

先日は爆裂玉というのを6個も見つけてきたが、これはセシリーが使う爆裂魔法を封じた魔道具で、手榴弾みたいな道具だった。

今日もこの爆裂玉で大型のモンスターを仕留めたと自慢していたくらいだ。

先日拾った「必中の石」も、自作の矢に取り付けて「必中の矢」に改造している。

おかげで敵の急所に面白いように矢が当たるようになったそうだ。


 結界魔法やアイテムでモンスターを追い込み、セシリーの高火力魔法で敵を倒すというのがチームの必勝パターンになっている。


「連れていってもらえるのならルージュやミーナも喜ぶと思うのだが」

「うん……」


 どうしようかな。

ルージュやミーナはおろかセシリーにさえラメセーヌの杖のことは話していない。

この三人は島で一番信用が置ける人間ではあるけど、秘密をばらすことで迷惑をかけてしまう場合もあるのではないかと心配している。


「こんばんは!」


 俺の返事は女戦士六人衆の訪問によって先延ばしにされた。

今夜はこの人たちのお別れ会がシローの店で開かれることになっていたのだ。

彼女たちはマスター・エルザ立ち合いの元、ベブルス伯爵にラメセーヌの杖を引き渡し3億8千万レーメンという大金を手にした。

そうなると死と隣り合わせの冒険者稼業などいつまでもやっていられないという気持になったのは想像するに難くない。

いろいろと話し合いがあったようだけど、冒険者稼業を引退することとなり、明日出航する船で大陸へと戻ることになったのだ。


「お待ちしていましたよ。いつものお席へどうぞ」


 今夜は山海の幸を料理して16種類の料理でもてなすことになっている。

マスター・エルザや彼女たちと仲の良かった冒険者たちも招待されていた。

セシリーたちも招待客の一員だった。


 宴席はつつがなく進み、全員が飲みかつ食べ、六人との別れを惜しんだ。

筋肉美に目覚めてしまった俺としても彼女たちに会えなくなるのは非常に寂しい。

全員が陽気で朗らかな性格だから、話していても楽しかった。

明日の朝は船の出航を見送ることを誓った。



 六人衆が島を去って何日か過ぎたけど、俺はまだ西島にもいかず、毎日エマンスロックのことを気にしながら、それでも普段と変わらずに毎日を過ごしていた。

それでも深夜に部屋に鍵をかけては、変身ゴッコをして楽しんではいたんだけどね。

思いっきり収束魔導ビームを撃てたら気持ちいいだろうなぁ、なんて想像しながら鏡の前でポーズをとる毎日だった。


 でも、ある夜、ついに耐えられなくなって、エマンスロックを装着した状態でインビジブルリングを作動させて夜の森を駆け抜けたんだ。

目指したのは島の真ん中にそびえたつ山の頂上だ。


 密林の中は漆黒の闇に閉ざされていたけど、魔装甲を装備していると暗視ゴーグルでもつけているかのように周囲の状況はよく見えた。

身軽になった俺は木から木へと飛び移り、瞬く間に山の斜面へととりつく。

普通だったらそれだけで息が上がって動けなくなっていただろうけど、何の問題もなく斜面を駆け上がっていくことができた。


 5分もかからず山の頂上に到達した俺は周囲を眺めて一息ついた。

当たり前の話だが360度すべてが海の景色だった。

島のほとんどが真っ暗で商業区とダンジョンの入り口付近にわずかな灯りが見える。

夜風に吹かれながらやけに清々しい気分になり、すっかり満足もしてしまった俺は、岩屋に帰ってゆっくりと眠った。

それ以来、憑き物が落ちたようにラメセーヌの杖のことは気にならなくなり、ベッドの下に隠してそのままになってしまった。

そしていつもの平穏な日々が戻ってきた。

そう思っていた。


   ♢


 女はダンジョンの中をさ迷っていた。

どうして自分がここにいるのかを彼女はすでに忘れている。

ただ、生きるために日々を過ごす、ひたすら生に執着するだけの毎日だった。

女はかつて白蛆というあだ名で呼ばれていたが、もうその名前を自分でも憶えてもいない。

本当の名前すら彼女の記憶からは消えていた。

捕食のためにモンスターや冒険者を狩り、それを食らうだけの毎日だった。


「ひぃっ!」


 仲間を殺された冒険者が、背中を向けて逃げ出した途端、白蛆は本能的にその背中にナイフを放った。

背中を見せて逃げる生物があれば殺さずにはいられなかった。

それは白蛆の意識の深いところから湧き上がってくる衝動だった。


 殺した死体を裸にして、六つ並べて白蛆はよく観察した。

どれが一番うまそうかを吟味していたのだ。

やがて、一番柔らかそうな肉を切り取って、魔法で焼いて食った。

白蛆はそんな生活をもう何カ月も続けていたのだ。


 腹が満たされると白蛆は冒険者たちの持ち物を調べた。

自分の剣やナイフより切れそうなものがあれば交換してしまおうと考えたのだ。

それに荷物の中にはたいていの場合は食べ物が入っている。

ダンジョンの中では手に入らない塩や、甘いものが入っていることさえあった。


 生きるということ以外には目的を持たない白蛆は、ひたすらダンジョンをさ迷っていた。

生来備わった彼女の能力がそれを可能にしていたのは皮肉なことだ。

もしも白蛆が犯罪者ではなく冒険者として生を全うしていたら、彼女はとてつもない英雄として称えられたことだろう。

現に白蛆は単身でダンジョンの第六層の手前まで到達していた。


 どの階層でもそうであったがフロアを仕切る大きな扉がそこには存在している。

扉の向こうには大抵フロアボスと呼ばれる強力なモンスターがこれを守っていた。

ここも例外ではない。

フロアボスを倒せば巨大な魔石と、モンスターが守る秘宝が手に入ると言われているが、白蛆にとってはフロアボスも秘宝も興味はなかった。

白蛆の興味は生きることであり、そのほとんどは捕食に費やされる。

普段の白蛆だったら自分が負傷するかもしれないリスクを負ってまで強力なボスモンスターに挑むことはなかったはずだった。


 だが、白蛆は巨大な扉に描かれたレリーフを見てしまった。

たいていフロアを仕切る扉には、そのフロアを守るボスモンスターが描かれている。

ここでは1000体の強力な鬼が待ち構えていた。

だが、白蛆が注目したのはそのような鬼たちではなかった。


 白蛆が見つけたのは一人の美しい少年の姿だった。

全裸に首輪をつけられ鬼たちに鎖でつながれていた。

白蛆は心の底から思った。


こいつが欲しい。


 本来ならば単身で狩れるようなモンスターではない。

鬼たちの正体は千老鬼せんろうきと呼ばれ、一気に倒さなければ次々と増殖を繰り返す恐ろしい相手だった。

それなりの作戦と戦力を要する相手なのだ。

だが、白蛆にまともな判断はできなかった。

白蛆はただ、己の乾いた心を満たす何かを少年のレリーフに見出していた。

その少年は微かな記憶に残っている白蛆の父親の面影に似ていた。


 そして、白蛆は剣を構えて扉に手を触れた。

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