第80話 成り行きまかせ

 岩屋に戻ると既に店じまいをしてくれたらしく、ミーナとルージュが待っていてくれた。


「おかえりなさいって……ああ……」

「男将さん……」


 裸カーテンの俺を見て二人が涙ぐむ。


「いやいや、危ないところだったけどギリギリセーフだったから」

「本当ですか?」

「うん。アイツ自分で用意した睡眠薬入りのワインを飲んじゃったんだよ」


 俺は事の顛末を二人に説明した。


「そ、それじゃあ、おっぱいは吸われちゃったってことじゃないですか!」

「悔しいっす! 口惜しいっす!」


 二人は地団太を踏んでいたが吸われた当人はそれほど気にしていない。


「まあまあ、過ぎたことを気にしてもしょうがないよ」

「男将さんサバサバしすぎっす……」

「だったら私も吸わせてください!」


 ルージュの頼みは無視して俺は皆に聞いた。


「三人ともご飯は食べたの?」


 ほとんど入れ違いくらいで出かけたけどゴクウたちが宿泊客たちの分と一緒に作ってくれていたそうだ。

ゴーレムたちは日々学習してどんどん賢くなっているぞ。


「だったらお酒でも飲もうか? つまみをつくるよ」

「その前に着替えてきた方が……」


 ルージュとミーナはガン見だけど、さっきからセシリーは目のやり場に困っているようだ。



 自室に入って何を着ようかとクローゼットを開けた。

今夜は皆がいてくれて助かったな。

セシリーは俺を心配してきてくれたし、ルージュとミーナは店の方を守ってくれていた。

少しだけお礼をしちゃおうかな? 

そう決めて俺は身につけるモノを手に取る。

そして扉を開けた。


「シ、シロー!」

「シローさん!」

「なんすか、それは!?」


 裸エプロンだよ~ん。

大丈夫、下はちゃんと履いているからね。

お、今度はセシリーも見ているな。

これぞ、見せたがりの本懐なり。


 その夜は少し遅くまでみんなと飲んだ。



 セシリーたちがそれぞれの部屋に引き上げると俺は扉にカギをかけ、イワオたちを扉の前に配置する。

そして隠しておいたラメセーヌの杖を取り出して鏡の前でポーズを決めた。


「装着! ΓΦΛΔΔΛΦΓ」


 全長40センチの杖から飛び出した闇の帯が俺を包み、瞬時に甲冑の騎士ができ上る。

う~ん、カッコいい! 

魔装甲エマンスロックは黒を基調とした全身甲冑でところどころに紫の宝玉と赤いラインが入っていてとってもシブい。

しかもフルプレートなのに全然重くないんだ。

むしろ自分の体が嘘のように軽く感じる。

今ならイメージしたどんな動きでも再現できそうな気がする。

身体まで柔らかくなっているぞ。

試しにバック宙返りをしてみたけど、余裕で出来た。

普段の俺なら前転だって綺麗にはできないのに。


 武器だってあって、ガントレット部分からは収束ビームと拡散ビームの二種類の光魔法攻撃が撃てるみたいだ。

さらにライトブレードを発生させることができる、剣の柄が左右の太ももの部分に装備されている。

ただ、魔装甲は装備しているだけで魔力を1秒につき1MP消費することがわかった。

俺の保有MPは3994だから余裕と言えば余裕だけど、魔力切れには気をつけなくてはならないだろう。

コイツの性能を外で確かめたかったけど誰かに見られたら大変だ。

どうせ返すものだから、これくらいにして寝ようと思った。




 翌日は朝からソワソワと落ち着かない気分だった。

考えてみたら部外者で伯爵の部屋に入ったのは俺だけだと思う。

何も身につけずに部屋を出てきたけど杖がなくなれば真っ先に疑われるのは俺だろう。

もっとも奴らが来たら「修理」で隠してしまうからどこを探しても見つからないだろうけどね。

念のために10円傷をつけておいたぜ。

いや、正確には銅貨を使ったんだけどさ。


 でも、アイツらは無体なことを平気でやる権力者だもんな……。

いきなり俺をとっ捕まえて拷問ということも考えられる。

それは怖いので、そうなりそうな時はとっとと逃げ出そうとポッポーを飛ばしてシーマに船の準備をさせておいた。


「ミーナ、悪いけどインビジブルリングを売ってくれないかな? もしかしたら使ってこのまま返せないかもしれないんだ」


 インビジブルリングも逃げるのに必要だもんな。


「そんなのいいっすよ。男将さんが使ってください」


 遠慮するミーナの手に100万レーメン分の金貨10枚を押し付けておいた。

これさえあれば、どこへでも逃げられるだろう。

しかも普通の人なら3回しか使えないんだけど、俺には「修理」があるので7秒のタイムラグを除けば無限に使えると言っていいのだ。

ついでに魔装甲エマンスロックを装着して走れば無事に逃げ切れること間違いなしだ。


 と、気を張っていたのだが伯爵たちが俺のことを探しに来る様子は全くなかった。

どうしたというのだろう? 

ひょっとして、ラメセーヌの杖を盗られたことに気が付いてないとか? 

その可能性はあるかも。

俺が「修理」で外した鍵はかなり頑丈なマジックアイテムだった。

表面についている細かい傷を修理するということで消したのだが、実際にあれを外そうと思ったらすごく大変だと思う。

鍵がかかったまんまだから中身も当然あると考えているのかもしれない。



 落ち着かない気持ちのまま午前中が過ぎていき、そろそろお昼ご飯の準備をしなければならないな、そう考えていた頃だった。


「じゃまするよ」


 ふらりと現れたのは疲れた顔のマスター・エルザだった。


「おや、いらっしゃい。こんな時間にどうしたんですか?」


 うちは昼の営業はしていない。

店を開くのは夕暮れ時なので、この時間の訪問は珍しいことだった。


「はぁ、営業時間外なのはわかっているんだが、ようやく厄介な仕事が終わってね。一杯だけでいいからビールを飲ませてもらえないかい?」

「お安い御用ですよ。ゴクウ……」


 俺が命令する前に1号と2号が争うように貯蔵室へ向かっている。

つくづく、最近のゴクウの成長には驚かされる。


「なんかお疲れみたいですね?」

「ああ。男将は知っているかい、ルルサンジオンから貴族が派遣されてきていたのを」


 いやというほど知ってますがな。


「ええ、まあ……」

「例の秘宝の護送で来ていたのだけどね、いけ好かない嫌な奴だったよ」


 マスター・エルザも秘宝の受け渡しとかでベブルス伯爵と会っていたのだな。


「大変だったのですね」


 昼ご飯に食べようと思っていたイカを焼き、フレッシュトマト、オニオン、オリーブオイル等を使った冷製ソースをかけてちょっとしたつまみを作った。

その間にゴクウが冷えたビールを出して、マスター・エルザは美味そうに咽喉を鳴らしている。


「ふぅ……。それもこれでおしまいだ。奴も帰ってしまったからな」

「それはよかったです……ん? ……帰った!?」

「あ、ああ、朝一番で出港したぞ。どうかしたのか?」


 帰っちゃったの? 

あら~、ラメセーヌの杖はベッドの下に隠したまんまだよ。


「なんだ、ベブルス伯爵を見てみたかったのか? よせよせ、あれはスケベで陰険な女だ。男将に懸想して、よからぬことをたくらむに決まっているぞ」

「もうタクラマカン砂漠」

「はっ?」


 日本のダジャレは通じないな。

頭が真っ白になっていてまともな思考ができないよ。

どうしようかな? 

わざわざ船で追いかけていったら、俺が犯人だと言っているようなものだし……。


 うん、今はどうしたらいいかわからないから問題は先送りだ。

その内いい考えが浮かぶかもしれないし、そうとは知られずに、杖を帝国にかえすチャンスが訪れることだってある……なんてことも。

とりあえずは成り行きに任せよう。

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