第79話 タイミング

 真面目に対応策を考えた。

1.腹筋の力を使って伯爵を跳ねのける。

 身体強化魔法により力の差は歴然だ。腕力の格差はここまで不条理か……。


2.とにかく隙を伺って逃げ出すチャンスを待つ。

 チャンスが訪れる前に犯されるだろう。ジャニスの時に味わった、あのざらりとした感情が鎌首をもたげる。


3.魔法が使えることがばれてしまいそうだが、食料作製でパンを作って、伯爵の口内を出現場所に選ぶ。

 握りこぶし大のパンだから、驚いて体を離すと思う。

そうしたら光玉とインビジブルリングを使って脱出だな。

もうこの島にはいられないかもしれないけど、無理やりってところが気に食わない。

どうせなら普通に口説いてみろってんだ。

たぶん靡かなかったけどな。

まあ、この奥の手があったから今まで余裕をかませていたんだけどね。

部屋の隅に置いてある重そうな壺を伯爵の頭上に出現させるのも手だな。


 ようやくシャツのボタンをすべて外し終えた伯爵が俺の胸を大きくはだけた。

そしていきなりグラスのワインを俺の胸にぶちまける。

胸全体に赤ワインが滴(したた)るのを驚きのまま呆然と見ていた。

な、なんなの? 

パンを作ることも忘れて伯爵が何をするのかを注視してしまった。


 俺の疑問はすぐに氷解した。

伯爵はワインに濡れる俺の胸に口をつけて、音を立てて飲みはじめたのだ。

……アホだ。

こいつは正真正銘の阿呆である。

だって、そのワインは俺に出された睡眠薬入りのワインだよ。


「ズズズズズ~。ハア、ハア、ハア、ハァ、ハ……」


 効いてきた?


「ズズッ」


 まだか。


「ズビ………………スー、スー」


 まあ、この子ったらおっぱい吸いながら寝ちゃったよ、って、洒落にもならない。

まあ、危ないところだったよな。

コイツが真正のバカで助かったけど、こんな奴が秘宝の護送をすると言うんだから情けない話だ。

そうはいっても貴族なんて世襲制だから優秀な人も愚かな人もいるのだろう。


 犯されかけた腹いせに、伯爵の顔に落書きでもしてやりたかったけど、そんな稚拙な復讐では気が収まりそうになかった。

そこで何かないかなと部屋を見回したけど目に付くものはなにもない。

だけどこのリビングには廊下とは反対側にもドアがあり、奥の方は寝室になっているようだ。

貴重品ならこっちかなと、ササっと忍び込んで調べまわすとやっぱりあった。

伯爵が護送する予定の『ラメセーヌの杖』だ。


 立派な宝箱に紫色の絹布に包まれて慎重に納められているではないか。 

鍵もかかっていたけど「修理」を使ったら簡単に外すことができた。

こいつを盗み出してやるもんね。

といっても一晩だけね。

大事な宝物がなくなったと思って慌てふためくがいいんだ。

俺のおっぱいを吸った代償を払わせてやる! 

で、しょんぼりして帰るときに船の上にでも出現させてやるとしよう。


 自分の嫌がらせにワクワクしながら杖を取り出した。

だけど、このままでは見つかってしまうな。

当然「修理」を使って隠さなくてはならない。


####


修理対象:ラメセーヌの杖

説明:魔族の大侯爵ラメセーヌ二世が所持していた宝杖。

力を開放すれば魔装甲エマンスロックを装備できる。

消費MP:62

修理時間:1分


####


 魔装甲エマンスロック? 

よくわからないけど呪文が書いてあるから試してみるか。

俺に使えるのかな?


「ΓΦΛΔΔΛΦΓ」


 呪文を唱えた瞬間に杖から帯状の黒い光がほとばしり俺の身体を包み込んだ。

そして気が付けば俺の身体はジャストフィットの服に包まれている。

包まれていると言っても、体の37%くらいは露出しているぞ。

これはまるであれだ……、レボレボが着ていたホットリミットのあの衣装!


「すげえ……」


 もうね、何でもできそうな気分だよ。

身体の奥底から力がどんどん溢れてくる感じなのだ。

試しに何か重そうなものを持ち上げてみようかな。

周囲を見回したら気持ちよさそうに寝息を立てている伯爵が目に入った。

こうしてみると美人なのにな……。

背中に手を入れて持ち上げると、まるで風船でも持ち上げているかのように軽々とリフトアップできた。

こんなにスケスケの服なのに防御力も高いみたい。

やべぇ……こいつはやべぇ代物だわ。

伯爵をベッドの上に置いてから呪文を唱えて武装を解除した。


「ΔΛΦΓΓΦΛΔ」


 よし、さっさとここから逃げ出そう。



 ラメセーヌの杖を持ち出すに際して俺は一計を案じた。

このまま修理で消して持ち出すのはいいのだが、俺が盗んだのではないということをより印象付けた方がいいだろう。

そこで俺はワインに濡れたシャツを脱ぎ捨てた。

それからズボンもその場で下ろしてパンツ一丁の姿になる。

どこからどう見ても、何も持っていないだろ?

で、泣きまねをしながら扉を開けた。


 扉の外の廊下には例の執事や兵士が椅子に座って待機していた。

俺の姿を見てギョッとなったが何があったかは察したらしい。

傍から見れば犯されて茫然自失となった男の子だ。


「……終わったのか?」

「うぇ、うぇ……」


 泣きまねをしながら質問に答えることもなく出口へ向かったが、引き止める者はいなかった。

半分くらいの人が好色な目で俺を見ていたけど、半分くらいの者は哀れみの眼差しを向けていた。

一人の兵隊さんが窓にかかっていたカーテンを引きちぎって俺にかけてくれた。


「可哀想に、気をつけて帰るんだよ」


 こういう人も中にはいる。

世の中すべての人が悪人ではないのだ。

とにかくこれで俺が杖を盗み出した犯人とは気が付かないだろう。

さて、家に帰ってラメセーヌの杖で遊ぼうっと!



 商業区の裏道を駆け抜けていると、ワンダーやハリーたちがついてきた。

最終手段として窓から叫べば突入してくるように、こいつらを待機させておいたのだ。

その場合は帝国と全面対立になるだろうから即座に西島へ逃げる予定だった。


「シロー」


 闇の中から声がして、現れたのはセシリーだった。


「シロー、その姿は……」


 裸にカーテンを纏った俺をみてセシリーが驚愕の表情をする。


「安心して、うまいこと逃げ出してきたから」


 おっぱいは吸われちゃったけどね。

俺が笑顔を見せるとセシリーも安心した表情になった。


「心配してきてくれたんだね」

「うん。いざとなったら突入しようとワンダーたちと一緒にいた」

「ありがとう」


 セシリーの気持ちは嬉しかったけど、それ故に申し訳ない気持ちにもなる。

セシリーが俺に好意を寄せてくれていることはわかっていた。

それからジャニスのことで負い目を感じていることも……。

だけど俺はまだシエラのことが忘れられなかった。


 だから人肌が恋しいと思っていても実行に移せたためしがない。

もともとヘタレというのもあるけど、いざとなるとシエラの顔が脳裏をよぎるんだ。

女をみればエロい気持ちにはなるし、もうこの人とエッチしようと思っても、シエラと結ばれた西島の岩場の風景が心に甦ってしまうんだ。

今は……。


「セシリー、ごめんね……」

「いいんだ。私がこうしたかっただけだから」


 そんな言い方するなよ……。

セシリーはいつだって俺になにも求めて来ないんだよ。

前からそうだった。

遠慮深くて、生真面目で、自分からは指一本触れてこない。

こんなに美人でスタイルがよくて、性格だっていいんだぜ。

どうして俺たちは結ばれなかったんだろうな? 

クリス様の次に古い知り合いだっていうのに。

やっぱり、タイミングが悪かったとしか言えないのかな……。

そういうことなんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る