第34話 宿の食事

 作業は順調に進み夕方前に堀は完成してしまった。

今は水魔法を使った注水が行われている最中だ。

他にも棘のついた防御柵や、上から魔法攻撃をするための櫓(やぐら)などを設置したりもしている。

俺もイワオを使役してお手伝いをした。


「グラム様、丸太はどこに置きますか?」

「あそこに頼む」


 少し広くなった作業スペースで櫓を組んでいる兵士たちが手を振っていた。


「了解です。イワオこっちだよ!」


 イワオたちは主に丸太の運搬を担当していた。

動きは鈍いけど一体で500㎏までを持ち上げられるから作業はどんどんとはかどるのだ。


「男将がいて助かりましたな。しかしあのゴーレムたちはどうして男将の言うことを聞くのかが不思議です」

「うん。まあいいじゃないか……」


 グラム様とレインさんの会話が聞こえてきた。

そうそう、グラム様みたいに深く追求しないでよ。

こうして手伝っているんだから。

もっとも、親切心ばかりで手伝っているわけじゃないぞ。

一番の理由は自分の安全のためだ。

しっかり防備を固めておかないと不安だからね。

島にモンスターが溢れるなんて事態にならないようにしてもらわないと。

報酬もちゃんと約束してくれていて、お代は魔石でもらうことになっている。

ゴーレムが増えた分だけ補給してやらないといけないMPも増大しているのだ。

全てのゴーレムに補給していると創造魔法の作製に支障をきたすほどになっている。

魔石があればゴーレムたちのエネルギー源はそれで済むからとてもありがたかった。


 指定された丸太は全て運びきった。

これで俺の任務は終了だ。


「そろそろ晩御飯の仕込みがあるので宿へ戻りますね」

「うん。ご苦労だった。……今晩の食事はなに?」


 こんな風にグラム様が話しかけてくるのは初めてだ。


「今日のメインディッシュは鯛の天婦羅ですよ」

「テンプラ?」

「衣をつけて揚げたフリットです。ナスや他の野菜も一緒に揚げてみましょう。美味しいですよ」


 天婦羅は外国人も好きだからルルゴア帝国の人にも喜んでもらえると思う。

鯛は兵隊たちの食料調達班が分けてくれたものだった。


「皆さんも、今夜は揚げたてを食べさせてあげますからね。楽しみにしていてください」


 愛想よく士官たちにも手を振ってから岩屋へ戻った。

天婦羅は揚げたてじゃないと美味しくない。

岩屋の外に特設の竈を作って提供しようかな? 

ああ、ガスコンロが欲しいぜ。


   ♢


 にこやかに宿へ帰っていくシローを見送りながら士官の一人が呟いた。


「あの男将(おかみ)を本国へ連れて帰りたい……」

「だよな。料理はうまいしエロいし、最高だよな!」


 それを聞いてロッテはため息をつく。

考えることは誰もが一緒らしい。


「だけどな、あんな婿さんを貰ったら、浮気をしないか心配で気が気じゃないぞ」


 副官の言葉に一同は深く納得していた。


「副官のおっしゃるとおりだ。でもなぁ……出張先の現地夫としてなら……」


 ロッテは無言でいたが、内心ではかなり焦っている。

だって彼女はもうシローに恋していたから。


「だったら男将を口説いてみるか? 実は国土管理調査院のミラノ殿に聞いたのだが……、彼女の部下のリーアン某(なにがし)かが男将を口説いて手ひどくフラれたそうだぞ」

「それ、本当ですか⁉ リーアンなら私も知っていますが、けっこう男慣れしたヤリマンですよ!」

「事実だそうだよ。本人はまだ第一ラウンドが終わっただけと息巻いていたみたいだがな」


 レインの話を聞いてロッテの心は幾分か落ち着いた。

シローは見かけこそエロいが、身持ちは堅い男のようだ。

先ほどの士官ではないが、何とかシローを本国へ連れて帰る手段はないだろうかとロッテも考えてしまう。

自分が調査隊の隊長ではなくアリッサ・ミラノのようなドラゴンライダーであれば……。

南国の青空に自分とシローを乗せたワイバーンの幻影をみて、ロッテは苦笑した。

我ながら埒もない空想をすると呆れてしまったのだ。

まさかシローが敵国の王族と関係があったなんて誰も思い至ることはできなかった。

それもレガルタの戦姫と恐れられたクリスティアナ王女が愛した男だなんて、誰が想像できたというのだ。


   ♢


 下準備を終えた天婦羅の材料を地下貯蔵庫へと運んだ。

素材は冷やしておいた方がカラッと美味しく揚がるのだ。

鰹節はないから天つゆは作らずにお塩で食べてもらうことにしよう。

鰹節か……。

そういえば久しくお味噌汁を飲んでいないな……。

日本を懐かしく思ったけど、それ以上にクリス様やセシリーのことを懐かしく思った。

クリス様は元気に戦っているのだろうか? 

セシリーは復讐を終わらせた? 

突然だったけど急に人恋しくなってしまったよ……。

たまには故郷の味を堪能するのも悪くない。

時間はかかるけど食品作製で鰹節をセットした。


 プツプツと沸騰する油を士官たちが見つめている。


「そろそろかな?」


 鯛の天婦羅はいい感じに揚がっていた。

油を切った天婦羅を皿に盛りつけて出していく。


「熱いから気をつけて食べて下さいね。順次揚げていきますので食べ始めて下さい」


 ルルゴア帝国の人たちにとっては初めて食べる未知の食べ物だったが、一口食べると皆の顔から笑みがこぼれていった。


「うまい!」

「外はサクサクで中はふっくらと……」

「鯛のテンプラ……この世で一番美味しいかも」


 君は徳川家康か! 思わず心の中でつっこんだ。

よく見ると狸顔だしね。


 天婦羅は大好評でみんなハフハフ言いながらがっついていた。

女の人が薄っすらと汗をかいて、がっつきながらご飯を食べている光景は俺にとっては珍しい。

でも、俺の作ったものを美味しい、美味しいと言いながら食べてくれる様子はいつ見てもいいものだ。

機会があったらまた作ろうかな。

今度は海老やイカが釣れたらやってみよう。


 食後はいつものようにミーティングになった。

邪魔をしないようにハーブティーを出して退出しようとしたら、俺にもミーティングに出席するようにとのお声がかかってしまったぞ。

なんだというのだろう?


「男将に頼みがあるのだ。明日のダンジョン突入時にストーンゴーレムを貸してもらえないだろうか?」


 レインさんはちらりと外を見ながらそういった。

ということはここに居るゴクウやワンダーたちではなくて……。


「ストーンゴーレムというと、イワオですか?」

「そうだ。外の小屋に立てかけてある鉄の大盾はイワオのものなのだろう?」


 イワオの装備品は専用の小屋にしまってある。

大盾も表面に油を塗って立てかけてあるから、それを見たのだろう。


「イワオに前衛をやらせるつもりですか?」

「そうだ。なるべく人的被害は出したくない。男将にとってはゴーレムを失うリスクはあると思うが頼めないだろうか?」


 そうだよな。

イワオはまた作り出せるけど人命はそうはいかないもんな……。


「ゴーレムを動かすための魔石はいただきますよ。それから別途報酬も欲しいのですが……」


 やっぱりただ働きはしたくない。


「それは私が確約しよう」


 グラム様がそう言ってくれれば大丈夫だろう。

 俺は遠慮したんだけど、前金として10万レーメンの現金と5万レーメン分の魔石、さらに冷凍の牛肉を3キロももらえた。

船には魔法で凍らせた肉や魚が結構積んであるらしい。

まさに冷凍庫要らずだね。

実を言えば現金よりも魔石よりも牛肉が嬉しかったりする。

鰹節は今作っているし、醤油や砂糖はすでにある。卵もニワトリがいるから手に入るし、玉ネギもご飯もある。

日本酒はないけど赤ワインはリーアンが持ってきた残りがあるから、これらの材料で牛丼が作れてしまうではないか! 

牛丼……久しぶりだよなぁ! 

残業終わりに食べたきりだから、およそ一カ月ぶりくらいかな? 

絶対に特盛食べちゃうもんね! 

やけに気合を入れて牛肉を受け取る俺をグラム様が不思議そうに見ていた。

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