第60話 泣き上戸

 シルバーたちの引く馬車で来ていたので、マスター・エルザにも御者台へ乗ってもらった。


「他の方の到着を待たなくても大丈夫ですか?」

「あいつらが桟橋へ着くには後1時間はかかるよ。その前に島のあらましだけ見せておくれ」


 地図は頭の中に入っていても、実際に現地を見ないと詳しいことはわからない。

細々とした指示を出すためにも先に現地を視察したいというマスターの意向だ。

海岸から岩屋へと続く道の途中には兵士たちが使った宿営地がある。

まずはそこから見てもらうことになった。


 しばらく進むとイワオたちが隊列を組んで歩いている場面に出くわした。


「あれが報告にあった土木作業を手伝ってくれるゴーレムだね」

「そうです。私はイワオと呼んでいます」

「今はなにをやっているんだい? ただ歩いているようにしか見えないけど」


 マスターの見立て通りで、イワオは歩いているだけなのだ。


「私が頼んで道を歩いてもらっているのです」

「ああ、そういうことかい」


 マスターは俺の言いたいことをすぐに理解した。

気も短そうだけど頭の回転も速い人のようだ。

モンテ・クリス島の住人は俺だけだ。

たとえ道を作っても、人の往来がなければすぐに草が生え、踏み固められないまま崩れてしまう。

道というのは定期的に人が使ってこそ、その姿を維持できるのだ。

だからこれといった仕事のない時には、なるべくイワオを歩かせていた。


「調査隊が去って1か月になります。宿営地も少し荒れてきていますよ」

「それくらいなら問題ないさ。今日から人が住めばすぐに元通りになる」


 調査隊が宿営地にしていた広場にはギルドが経営する簡易宿泊所が建ち、商人などが店を出すそうだ。


「アンタにとっては商売敵になっちまうが……」

「気にすることはないですよ。どうせうちの客室は6部屋だけですから」


 もとから熱心に商売する気はないのだ。

それに駆け出しの冒険者は金を持っていない。

。一泊5000レーメンという金額は良心的ではあるが、それすらも払えない人はいっぱいいるとのことだった。


「簡易宿泊所の料金っておいくらなんですか?」

「大部屋の雑魚寝で500レーメンだよ。飯代は別だがね」


 ギルドの直営店が大衆店、俺の店は高級店として住み分けはできそうだな。

高級店というほどの値段ではないんだけどね。


 宿営地を見回った後はシローの宿も見てもらうことになった。

マスターエルザは好奇心にあふれた目で岩屋の周りを眺めまわしていた。


「へぇ! 風呂に酒に綺麗な個室か! こんな秘境で大したもんだよ」


 お褒めの言葉として受け取っておこう。


「ところで男将のところは宿泊と食事だけかい?」

「そうですが?」

「わかった。だったら他の者にはよく釘を刺しておかないとね」


 ああ、俺が体を売っていないかという意味か。


「そうしてください。好きでもない女に抱かれるのは嫌ですから」

「うん。手を出してくるような奴がいたらアタシがキッチリ型にはめてやるからね」


 心強いお言葉だ。


「まあ、腕の立ちそうな用心棒もいるようだから心配はなさそうだけどね」


 マスターはちらりとシエラを見る。


「シローに手を出すものは私が許さん。場合によっては焼き尽くす」

「原則私闘は禁止だよ」

「相手が引かぬ場合は?」


 マスターエルザはボリボリと頭をかいた。


「まったく血の気の多い奴ばかりで困っちまうよ。もう少しエレガントに生きられないもんかね?」


 俺に同意を求められても困るぞ。

だけど、このお婆ちゃんは嫌いじゃない。


「ホントですね。マスター・エルザを見習ってほしいものです」

「まったくだよ!」


 マスターは大まじめに頷いていた。


 アルバイト代が出るということで、その日は浜辺で荷物の積み下ろしを手伝った。

もちろん働くのはイワオとシルバーたちだ。

報酬は全て魔石にしてもらった。

ゴーレムが増えた分、エネルギー源である魔力を俺が直接送り込むのは非常に大変になってきている。

創造魔法で作りたいものだってたくさんあるので魔石はいくらあっても困るということはなかった。



 島についた船団の内二隻はギルドの船だったが、残りの一隻は商人の船だった。

海賊に襲われることを恐れて一足先にギルドの船と一緒にやってきたそうだ。

夕方になって、商人の何人かが挨拶にやってきた。

マダム・ダマスと名乗ったでっぷりと太った商人が島の商いの元締めだそうだ。


「うちは武器、道具、食料など何でも扱いましてね、宿屋や娼館もやるのでご挨拶にと伺ったのですよ」


 男の俺が相手でも丁寧な口調なのは、俺が中級臣民であると知っているからだ。


「それはご丁寧にありがとうございます。島でわからないことがあったらお気軽に聞いて下さいね」


 値踏みをするようなマダム・ダマスの視線を受けながら社交辞令の挨拶を交わした。


「ありがとうございます。こちらはウチの店の男たちですよ。ほらっ、お前たちもさっさと男将さんに挨拶しなっ!」


 そう言われて俺は絶句してしまった。

マダム・ダマスが連れてきた人たちの中に男が5人混じっているのは最初から気が付いていた。

この世界に来てから始めてみる男だ。

年齢は二十代後半から四十代くらいだと思う。

そんな……このバーコード頭のおじさんも男娼なのか? 

髭が濃いめで、少しお腹も出ている。

赤いテラテラのシャツが痛々しく見えた。


「まったく、むさくるしいのばかりで済みませんね。辺境に出稼ぎにくるのは薹(とう)の立ったこんなのばかりでして」


 稼げる人は街で客を取るということなのだろう。

悲しい現実を突きつけられてしまったよ。


「よろしくね」


 酒とタバコでつぶれた声でバーコードおじさんが挨拶してくる。

どことなく総務の吉田課長に似ている気がした。

シャツの胸元に見える胸毛が哀愁をさそっている……。


「こちらこそ……」


 男たち五人は総じて元気がなく、気怠そうにしていた。


「なんか、顔色が悪いけど大丈夫?」

「まあ、死にそうになったからね……」

「死にそうに?」


 詳しい話を聞いてびっくりした。

なんと、男五人は家畜と同じ部屋で運ばれてきたらしい。

一般にこの世界では船に男を乗せるのは禁忌とされている。

男が船に乗ると嵐に会うとか、座礁するとかいう差別的な迷信が実しやかにまかり通っているのだ。

実際のところは男を巡って船員同士が争うのを避けるためなのだろう。

だから普通は男を船に乗せることはない。

唯一の例外は奴隷などの商品として男を乗せる場合だ。

その時だけは男を家畜扱いすることで船に災いの及ぶことを防ごうとするそうだ。

同じ男として同情を禁じえなかった。


「すぐにこれを飲んで。体が楽になるから」


 俺は肌身離さず持っている収納袋から自分用にストックしておいたライフポーションを取り出した。

ライフポーションと言っても劇的に聞くような代物じゃない。

だけど、飲めば多少の体調不良なら軽減される効果はある。


「男将さん……」

「男同士、困っているときは助け合わないとね」


 俺がそう言うと五人の男娼の目に涙が浮かんだ。

そういえば吉田課長も飲むと泣き上戸になる人だったな……。

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