第61話 ニュー ムーブメント

 月日は進み、モンテ・クリスはすっかりダンジョン島の様相を呈してきた。

ギルドの建物をはじめとした各種商店も増えている。

もっとも、まともな建造物はギルド支部だけで、他の商店などは強い風が吹く度にギイギイ揺れるあばら家だ。

ここの気候は亜熱帯みたいだから壁板などを厚くする必要はなく、簡便な建物でも十分事足りた。

そしてギルド職員がやってきてから21日が経過した日、冒険者を乗せた最初の船がやってきた。


 やってきた冒険者の数は618人だった。

7隻の船に分乗して、食料などと一緒に運ばれてきている。

今後も追加の冒険者は運ばれ、魔石や素材が積まれた船が帝都へ戻っていくそうだ。


「一攫千金を夢見て集まった馬鹿どもさ。男将、初見のダンジョンに潜った時の生還率を知っているかい?」


 コーヒーを飲みに来たマスター・エルザに問われたが、知識の欠片もない俺に答えられるはずもない。


「88パーセントだよ。100人が潜っても12人が戻ってこない。そういう世界さ」


 618人がダンジョンに挑んでも74人くらいはすぐに死んでしまうというわけか……。


「それでもダンジョンに挑むんですね」

「それくらいにしか人生逆転のチャンスを見いだせない奴らなのさ」


 マスターも元は冒険者なのに辛辣しんらつだった。


「まあ、このダンジョンの地下一階なら死亡率は下がるとは思うけどね」

「そうなんですか?」


 かなり手ごわいダンジョンと聞いているんだけど?


「ロッテ・グラムのおかげだよ。地下一階のトラップはすべて解除されているし、各所に安全地帯も用意してある。傾向と対策もよくまとめられているからね。実際のところ大した女だよ、あれは出世するね」


 褒められているのはグラム様だけど、俺は自分のことのように嬉しかった。


「さてと、そろそろ仕事に戻らないとね。あの馬鹿どもに訓示とやらを垂れなきゃならんのだよ」


 銅貨をテーブルの上に置いたマスターが立ち上がった。

マスターはすっかりここの常連さんになってくれている。

マスターだけじゃなくてギルドの職員さんたちが来ることもけっこうある。


「いってらっしゃい。また寄ってくださいね」


 マスター・エルザを見送りながら考える。

訓示か……、俺も一つやっておいた方がいいだろう。


 集まったゴーレムたちの前で俺は小さく咳ばらいをした。

シエラもその様子を見ている。


「あ~、諸君、毎日の労働ご苦労さん。いよいよこのモンテ・クリス島にも冒険者が大勢やってきた。そこでいくつか皆にも注意しておいてもらいたいことがある」


 最初に頭に浮かんだのは火の始末だった。


「人が増えるとそれだけ火事の危険度が上がる。不審な火をみたり、火事のおそれがあるときはすぐに消火活動をしてくれよ」


 先日も商業区で火事が起こったばかりなのだ。

マスター・エルザとシエラの水魔法ですぐに消し止められたけど、二人が駆けつける前にかなりの備蓄が燃えてしまっていた。


「それから、先日のような事件がまた起こるかもしれない。みんなも十分気をつけてくれ」


 実は四日ほど前に俺はまたレイプされかけた。

犯人は商業施設の建築に来ていた大工の一人だ。

こいつは俺専用トイレの中に予め潜んでいたのだ。

個人用といってもトイレの中は広く、清掃用具入れの棚も並んでいて、やつはその中に隠れていた。

尋問によると最初はレイプするつもりはなく、単にトイレをのぞき見しようとしただけらしい。

だけど俺が小をしている姿をみてムラムラを抑えきれなくなったようだ。

さすがにトイレの中にまでワンダーを連れて入ることはなかったので、このような事態に陥ってしまった。

商売道具のノミを首筋に突き付けられて声も出せない状況だった。


「し、し、し、静かにしてろ」


 震える声と手で大工のレッカも緊張していることはわかった。

抵抗すればよかった?

無理、無理。

なにかのはずみで首筋に当てられたノミが皮膚を突き破ってくるかもしれないだろう?

そう考えると、恐ろしくてとても動くことはできなかったよ。


「す、すぐに済ますから……。だいたい、あんたが悪いんだぞ……そんな恰好で興奮させるから……」


 なんでやねん! 

服着たまんまでオシッコできるかーい!? 

って今ならつっこめるんだけど、その時にはそんな余裕はなかったね。

背後から伸びたレッカの手で体をまさぐられながら身を固くすることしかできなかった……。

ちなみにマイサンは固くならなかったけど。


「……ΞΞ〇Θ§Δ」


 扉の向こうから微かに詠唱が聞こえたと思ったら、レッカはもう凍り付いていた。

大きな音を立ててドアが外されシエラが助けに来てくれたのだ。

トイレを済ませておいて本当に良かったと思う。

そうじゃなかったらちびっていたはずだ。


「シエラ……」


 泣きそうになっている俺を見てシエラは頬を染めていた。


「早く服を着ろ。恥ずかしいではないか」


 そう言われて気が付いたけど俺は下半身が丸出しだった。


「そう思うんならガン見はやめろ……」

「す、すまん……」


 謝るだけで見続けてるし……。


「この人、死んだの?」


 氷漬けのようになっているレッカをつついてみると、冷たいだけでコチコチにはなっていなかった。


「寒さで気を失っているだけだ。フンっ、あそこは軽い凍傷にしてやったがな」


 なにそれ怖い。

あとで、すごーく痒くなりそうだ。

ようやく俺にも余裕が戻っていた。


 あれからトイレに入るにもワンダーやハリーを連れていくようになった。

まったく住みにくい世の中になったもんですよ。

用を足すだけなのに気を使わなくてはならないなんてひどい話だ。

冒険者の数が増えたら、またよからぬことを企む輩が出てくるかもしれない。

シエラだって年がら年中俺のそばにいるわけじゃないから気をつけないといけないな。


 そういえば、シローの宿は宿泊料金と食事料金を値上げした。

マスター・エルザやマダム・ダマスに懇願されたからだ。

うちのサービス内容で500レーメンとか5000レーメンだと誰がここに泊まるかで争いが起こりかねないと言われてしまったのだ。

ゴーレムたちがいるから労働力はかからないし、食費の原価だって創造魔法で作ったものなら0レーメンだ。

まともな商売をしていたらとても太刀打ちできないだろうと考えて、値上げの案を受け入れた。

食事は1500レーメンから、宿泊料金も12000レーメンからになった。

物価の高い帝都ルルサンジオンだったとしても高級ホテル並みの料金だそうだけど、こんなのでお客さんが来るのだろうか? 

だけど、そんな心配は杞憂だったようだ。


「ごめんよ!」


 シエラと長椅子でくつろいでいたら六人組のパーティーが入り口に現れた。

大柄な女戦士の集団だった。


「酒と食い物を頼みたいんだけど、やってるかい?」

「いらっしゃいませ! 今日は大きなカニが入っているから、焼きガニにしてアイヨリソースをつけて食べると美味しいですよ」


 アイヨリソースは卵黄、オリーブオイル、ニンニクなどで作るマヨネーズ系のソースだ。

魚介や肉、野菜につけても美味しい。


「そいつはうまそうだ! ビールと一緒に貰おうか」

「ビールは普通のにします? それともシローの宿特製の冷えたビールっていうのもありますけど」

「冷えたビール? 珍しいな。それじゃあ私はそいつを貰おうか」

「私は普通の奴で」


 次から次へと注文が入り、別のお客さんもやってきた。


「ワインを一本ちょうだい。それからフィッシュアンドチップスも」


 ゴクウと俺がフル稼働で働くけど手が足りない。


「シエラ、シーマに魚を取ってこさせて」

「な、なんで私が」

「俺はここを離れるわけにはいかないだろう。シエラならゴーレムたちも言うことを聞くようにしてあるし」

「それは、私が戦闘指導をするためであって……」

「優しい妹はお兄ちゃんの言うことを聞いてくれるもんだろ?」

「そんな言い方、ずるいぞ」

「あとでシエラのいうことを何でも聞いてあげるからお願い!」


 手を合わせて頼むとシエラは視線を逸らせてボソリと呟いた。


「それじゃあ、今夜は久しぶりに一緒にお風呂に入ってもらうからな……」


 店にいた客たちが急に黙ってじっとこちらを見ていた。


「あっ、この子は妹なんです。気にしないでください」

「お、おう……」


 苦しい言い訳だったかな?

地球でも25歳のお姉ちゃんと14歳の弟が一緒にお風呂に入るのは一般的ではない。


「おい、私も急にお兄ちゃんが欲しくなってきたぞ」

「私もだ」

「いいよなぁ、お兄ちゃん……」


 マッチョな女戦士たちの間にいきなり訪れたお兄ちゃんブーム。

この世界の戦士たちは案外甘えん坊なようだ。

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