第62話 島にも人が増えまして
商業地区にトン テン カン、と鍛冶屋が鉄を打つ音が響いている。
新しい武器を作っているのではなく、すべて修繕のための鍛冶作業だ。
武器という物は、一度戦えばその都度ごとに洗浄や研ぎといったメンテナンスが必要になるそうだ。
微妙な切れ味の差が勝敗の行方を、もっと言えば装備者の生き死にをも左右することがある。
ダンジョン島の鍛冶師たちが忙しく働くのも無理はなかった。
鍛冶師の一打ちごとに飛び散る火花は美しく、見ていて飽きない。
俺はしばらく立ち止まってクレイモアの修繕を眺めていた。
熱せられた大剣が水につけられるとジュワッっと大きな音がして、水蒸気が壁のない小屋の中に広がる。
仕事に一段落したらしく大柄の鍛冶師がこちらを向いた。
「よお、兄ちゃんに見られていると気が散っていけねぇや」
「ごめんなさい」
悪気はなかったのだが仕事の邪魔をしてしまったようだ。
鍛冶師はがっちりとした体つきのお姉さんで20代後半くらいの人だった。
長い髪を後ろでまとめていて、ノースリーブから伸びる腕は筋肉の塊のようにごつごつしている。
「何か用?」
仕事中は厳めしい顔つきで怖そうだったけど、笑うと愛嬌のある人だった。
「そうじゃないんだけど、火花が凄くキレイで見とれてたんだ」
お姉さんは困った顔をしながら持っていた槌を置いた。
「おいおい、人前でそんなことを言うもんじゃないよ、それともアンタ……」
「えっ、なに?」
何を言っているのか意味の分からない俺を鍛冶屋さんは穴のあくほど見つめてきた。
「本当にわからずに言っているみたいだね……」
「俺、島育ちだから、常識とかあんまりないんだよね、変なことを言ってしまったんならごめんね」
本当は島育ちじゃなくて、日本育ちだけど。
「そういうことかい。いいか兄ちゃん、覚えときな。火が好きな男って言うのは……淫乱と言われているんだよ」
そうなの!?
「だから、普通の男は火事が好きとか、炉が好きとかは言わないもんだよ。そんなことを言えば自分はとんでもない好きものです、これからどこかへしけこみませんか、と言ってるようなものだからね」
ところ変われば風俗も変わるんだね。
「うわぁ……本当に知らなかった」
「だからよぉ、さっきだって、てっきり兄ちゃんが私のことを誘っているのかと思っちまって……」
ものすごい迷信と偏見だけど淫乱であることは外れてないかも……。
目の前のガテン系お姉さんだって、一晩限りのお相手なら全然ありだと思うし……。
腹筋とか触ってみたいかも。
でも、よく知らない人といきなりベッドインは怖すぎる。
「あはは、ごめんだけど、そのつもりはないです」
「やっぱりな!」
鍛冶屋さんは豪快に笑って、その場はお開きになった。
たくさんの異世界人と触れ合い、書物を読んで、この世界のことも少しはわかってきたつもりになっていたけど、まだまだ知らないことはたくさんある。
毎日がカルチャーショックの連続だった。
鍛冶屋のお姉さんと別れて目的の商店へと向かった。
もともと商業地区に小麦粉を買うために出向いてきたのだ。
創造魔法で作ってもよかったんだけど、今は道路に設置するための街灯を十本まとめて制作中だから余裕がない。
これは防犯対策という意味合いもあるんだけど、夜に店へやってくるお客さんへのサービスへの一環だ。
シローの宿は商業区から少し離れている。
お客さんは暗い夜道をわざわざやってきてくれるので、少しでも足元を明るく照らしてあげようと考えたのだ。
「いらっしゃい男将さん! 今日は何を差し上げましょうか?」
顔なじみになった店のお姉さんがニコニコと接客してくれた。
島の男は男娼たちと合わせても六人しかいないので、みんな俺の顔をすぐに覚えてくれる。
「小麦粉を二袋ください」
小麦粉の出番は多い。
肉や魚をソテーする時も塩をした後に表面に振りかけて使う。
こうやって焼くと小麦粉がうま味を閉じ込めてくれるのだ。
切り身の表面に振りかけるだけだから少ない量で済むと思うかもしれないが、毎日使っていればこれでなかなかの量になる。
フライや天婦羅などをする時も使うので1キロくらいならあっという間になくなってしまった。
最近ではシエラにクレープやパンケーキをせがまれることも多い。
「ここのところ泥棒も多いみたいだから気をつけてくださいね。金だけじゃなくて食料品も結構盗まれるんですよ」
稼げない冒険者も出てきて、食べ物が盗まれているようだ。
そういえば木からマンゴーやバナナを盗んでいく冒険者の姿をよく見かける。
きっと食事代にも事欠いているのだろう。
最近では道路脇の果物は取りつくされて、すっかり目にしなくなってしまったほどだ。
「うちは用心棒やゴーレムがいるから大丈夫ですよ」
先日も畑で盗みを働こうとした冒険者がワンダーに捕まった。
聞けば飢えに耐え切れずに盗みを犯そうとしたそうだ。
仕方がないのでお腹いっぱいご飯を食べさせた後にトイレ掃除と風呂掃除をしてもらったよ。
さすがに腹を減らした人を犯罪者だといってギルドに突き出すのは忍びなかった。
飢えの苦しみって相当なものだと思うもん。
何軒かの店先を覗いて、新しい布を追加で購入してから帰ることにした。
今日は健康のために歩いてきている。
護衛にはワンダーとハリーを連れてきた。
以前は通行人なんかいない道だったけど、今ではすれ違う人もチラホラいる。
しかも七割以上の確率でエッチな視線を送ってくるから困ってしまうのだ。
まあ、人口は700人くらいになったけど男は6人しかいないから仕方がないのかもしれない。
異性に飢えてしまう気持ちはよくわかる。
ここではスマホでエッチな動画を見るというわけにはいかないのだ。
「男将さん!」
前方から手を振って駆け寄ってくる冒険者がいた。
その姿は記憶に新しい。
「おっ、ミーナじゃないか」
彼女はミーナと言って、先日うちの畑から野菜を盗もうとした女の子だった。
「どう、ちゃんと稼げている?」
「はい! おかげさまで最近は順調なんです。今度は客として男将さんの店でご飯を食べられそうです」
ミーナはまだあどけなさの残る顔で満面の笑みを作っていた。
ボーイッシュな雰囲気が可愛らしい子だった。
「今日は潜らないの?」
時間はまだ昼前だ。
ほとんどの冒険者はダンジョンを探索中だろう。
「今日は午前中に大物とぶつかりまして、かなりの実入りになったから解散になったんです」
ミーナは特定のチームには所属しておらず、その日ごとにパーティーを組む、流れの冒険者だった。
もともとは三人組でモンテ・クリス島にやってきたのだが、仲間たちはダンジョンで帰らぬ人となってしまったそうだ。
「それからこれ、この前ご飯を食べさせてくれたお礼です」
おずおずと金属の指輪を手渡された。
鳩のような鳥が数羽連なった意匠が彫られている。
「ダンジョンで拾ったんですよ。ところどころ錆びていたけど、一生懸命擦ったから少しは綺麗になりました!」
そう言って鼻の頭をこすっている姿は気のいいイタズラ坊主だ。
「掃除を手伝ってもらったから食事の代金はあれでチャラだよ」
「いや~、それじゃあ悪いっす! これは私からのプレゼントなんで」
まだ財布に余裕はないだろうに、こうして借りを返そうとする姿がいじらしかった。
「ありがとう」
あまりに可愛かったので思わずそのほっぺにキスしてしまった。
「わわわっ! シ、シローさん!」
ビバ 異世界!
日本だったら通報されてしまうけど、ここなら喜んでもらえるから不思議だよね。
「でもさあ、これをギルドの買取所に持っていけば少しはお金になるんじゃないの?」
「そうなんですけど、貰えて200レーメンがいいところですよ。それだったら男将さんにプレゼントした方がいいかなって」
「ん~、どうなんだろう」
一見したところ、特に不審な点もない鉄の塊のような太い指輪だ。
あちらこちらで変色を起こしていて装飾品的価値は低いように見える。
指輪の内側には小さな記号が書かれていて、豆粒よりも小さな魔石が嵌められていた。
俺は鑑定魔法の代わりに修理魔法を発動してみた。
####
修理対象:インビジブルリング
説明:3分間だけ姿を消せるリング(使用回数は3回のみ。3/3)
消費MP:5
修理時間:4秒
####
これは普通の指輪じゃなくてマジックアイテムじゃないか。
しかもマジック効果は修理の必要はないようだ。
4秒かければピカピカになるみたいだけどわざわざやる必要もない。
「ミーナ、これはマジックアイテムだよ」
「えっ!? マジっすか!?」
ミーナにこのリングの効用を教えてあげた。
「ふわぁ……わからないものですね。それにしても男将さんって鑑定もできるなんてすごくないですか!?」
「そうじゃないけど……ちょっとは詳しいかな」
俺はインビジブルリングをミーナの手に戻してやった。
「やっぱりこれはミーナが持っていた方がいいよ。売ればいい金になると思うし、万が一のために身につけておいてもいい」
「でも……一回あげたものを返してもらうなんて、女がすたるというか……」
「いいから、いいから。その代わり俺が困った時には力を貸してくれると嬉しいな」
「ん~わかったっす! その時はミーナが男将さんの力になるっす! とりあえずその籠を私が持ちます!」
小麦粉や布の入った重い籠をミーナが持ってくれた。
遠くの方で雷の音が聞こえた気がする。
どうやらスコールがきそうな雰囲気になってきたので、俺たちは足早に岩屋へ戻った。
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